小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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九十七話









今まで感じた事がないほど厳かな空気に、少女――――フリーシア・ナイチンゲールは身をすくませていた。
室内の人影は七人。毛皮を被せた木製の椅子に座るフリーシア、マリア、シャーロックの三人に、その対面に座る老齢の男性。その隣で従者のように佇む若い女性。そして部屋の扉の両脇に立つ屈強な体躯の男二人だった。

張り詰めた糸のような静けさの中、一番に口を開いたのは三人の前にいる男だった。

「ようこそ我が里へ、シャーロック・ホームズ殿。かの名探偵に会えるとは光栄だ」
「こうも広く語り継がれるというのは、本人としては気恥ずかしいばかりなのだがね。こちらとしても、難攻不落と言われた幻の里へ招かれたのは感激の至りだ。ウィルフレッド・ナイチンゲール」
「ほう・・・・」

にこやかに返礼してみせたシャーロックの言葉に、室内のピリッとした空気がより濃くなった。
ウィルフレッドの隣の女性はシャーロックに対して警戒を滲ませた視線を向け、扉を挟む男達はこころなしか身構えたように思える。

ギョッとしたのはフリーシアだけで、マリアは先程から顔を俯けて反応しない。

「さすがは稀代の天才にしてイ・ウーのトップといったところか・・・・。私は生まれも育ちもこの里の人間、()でも正体を知られるようなヘマは一度もした覚えはない」

己の目に映る者の全てを癒し救う。それがナイチンゲールの一族。
多くの人々に感謝され敬われる反面、それと同じかそれ以上の人間に疎まれ憎まれる事もある。故に、彼等はめったな事がない限り本当の身分を明かさない。個人が買ってしまった怒りや恨みの対象を、一族全体に伝播するのを防ぐためだ。

それが一族の長のものとなれば、なおさらだ。慎重に慎重を重ねて秘匿され、もちろん外で活動する人間がうっかり漏らすなんてお粗末な事にはならない。
特に彼の場合、生まれも育ちも里であるということはそもそも戸籍(・・・・・・)を持たない(・・・・・)ということ(・・・・・)なのだから(・・・・・)

そんな人間の素性を調べる手段は、おのずと限られてくる。

「ウチの里の人間が、どこかで世話になって(・・・・・・)いたかな(・・・・)?」

フリーシアにとって、ウィルフレッドという人間は優しいお爺さんという印象しかなかった。
暖かい陽気に身を任せ、世界中から仕入れられる茶という茶を飲み尽くし、ひがな一日中ほっこりとしているような、そんな人物。
決して今のような、猛禽類の如く目を細めて弩級の眼力を発する歴戦の猛者のごとき圧力を纏う人ではなかった。

里を抜け出した負い目を持つ彼女としては、それが少なからず自分にも向けられているかもしれないという可能性を考えただけでも、あっという間に気絶してしまいそうだった。
そんなとんでもない威圧を受けて、シャーロックは眉一つ動かさずに答えて見せた。

「質問に質問で返すのは失礼かもしれないが、ウィルフレッド、君は手品は好きかい?」
「・・・・? それがどうした」

好きかどうかと言われれば、好きと言える。
あまり高度な文明機器を持ち込めない辺境の里では、娯楽はとても貴重なものだ。

「ならば話は早いだろう。タネの知れた手品ほど、つまらない物はないとは思わないかな?」

要するに企業機密。話さないと言うのだ。
数秒、ウィルフレッドがシャーロックの目を見据えた。

その瞳が光を映していない事は、一目見ただけで分かった。だというのに、まるで見えているかのようにこちらに向けられている。
歩く時は元より、初めて訪れる場所に対する緊張など微塵も感じていない。

・・・・ましてや、こちらに隠すような後ろめたい事などまるでない・・・と、彼の全身がそれを主張していた。
やがて、

「ふ―――はっはっはっは。・・・・わかった、貴殿を信用するとしよう」

ウィルフレッドが笑うと同時に、部屋を満たしていた重圧が消えた。
長の決定に逆らうことなく、女性と男二人も雰囲気を和らげる。

「それで、さっそく本題に入ろうかシャーロック殿? 貴殿の活動に協力をして欲しいという話だったか」
「そうだ。僕らイ・ウーの存在意義は、貴方達にはよくお分かりだと思っている。そちらの理念と共通する部分が少なからずある筈だ」

無法者ばかりが集う集団とナイチンゲールの一族、本来ならば歩み寄る場などありはしないだろう。
だがイ・ウーという存在そのものが、メンバー達の自覚の有る無しに関わらず、大きな争いを幾つも防ぎ、牽制してきたのは紛れもない事実だった。

どの国にも属さず、それでいて世界屈指の戦力を誇る組織という知名度は、まさに世界の楔に等しい役割を担ってきた。
それは同時に、イ・ウーが無ければ起こり得ただろう争いによって失われる筈だった多くの命を救った事に繋がり、間接的に貢献した事と同義だ。

実際シャーロックはイ・ウーをそう言った影響も目的の一つとして設立したし、多くの結社の人間達はその事に感づいている。
この里もまた、その中の一つだった。

「なるほど、そこに我らの名を加えられれば、多少なりとも効果がある・・・・と?」
「いや、それはないだろうね」

不敵な笑みを浮かべるウィルフレッドに、シャーロックは即座に否定を返した。

「仮に僕が一族の協力を取り付けられたとしても、それは一族の活動に何の変化も及ぼさないだろう。そんな事をすれば、先祖代々の理念を覆してしまう」

ナイチンゲールは傷ついた全ての者を癒す。そこにはあらゆる国、組織、人種の壁はない。いかなる例外も存在しない。
故にイ・ウー同様、どこにも属さず、分け隔てない活動をし続ける。

「その通りだ。例えどうのような理由があろうとも、我らが一個人、一組織に加担することは絶対にない」

それこそ受け継がれた意思。揺るぎない覚悟。
世界中から付け狙われようとも、常に身を危険に晒されようとも――――呼吸をするように、瞬きをするように、自然の摂理と同次元のレベルで貫いてきた。

「理解しているとも。その崇高な精神はこれまでも、そしてこれからの世界にも必要となる尊いものだ」
「本心はさておいて、素直に褒め言葉として受け取っておこうか」

皮肉混じりな表情で笑いを漏らす。
話は逸れるが、先程から大人の会話についていけていないフリーシアは頭に幾つものクエッションマークを浮かべている。隣にいるマリアは理解できるのか、顎に手を当てて思考に没頭しているようだった。

そんな二人の様子を見て、ウィルフレッドは苦笑しながら雰囲気を和らげた。

「さて、子供に退屈な余興は終わりにしようか。先も言った通り、一族をもっての援助など出来はしない。が、個人としてイ・ウーに身を置きたいという者がいるのであれば、それを引き止める事もせんよ」
「充分だ。どれくらいの滞在を許してもらえるかな?」
「ふんっ、最初から(・・・・)検討などつ(・・・・・)いている(・・・・)だろうに(・・・・)・・・・・・・七日だ」
「・・・・はぅ」

こ難しい話が終わった空気を感じて、無意識に漏らしてしまった溜め息。
それを室内の全員が聞き取り、一斉に向けられた視線に顔を赤くするフリーシアだった。










「こちらで長がお待ちです。どうぞお入りください」
「・・・・うおぉぉぉ・・・・」

里の中でも異質な建造物へと足を踏み入れたマリア一行であったが、どうやら人を驚かすネタには尽きないらしい。
そんな感想を代弁したのが、理子の気圧され気味な声だった。

示された扉、その両脇に立つ二人の巨漢。衣服の上からでも丸分かりな鍛え抜かれた筋肉が、尋常ではない威圧感を放っていた。
思わず一歩引いてしまいそうだった中で、やはりというか、無頓着に動く者が一人だけ。

『あーはいはい。そんじゃまあ失礼しますよ〜』

声だけかけてノックもせず、あまつさえ返答も待たず扉を開けるフリッグ・・・・もとい、マリア。
門番のごとくそびえ立つ男二人がギロリと睨むが、まるで気づいてない。いや、気づいていて華麗に無視していた。

「あわわわわわ」

リシアが涙目になっているあたり、どれだけ予定外の行動ばかりしているのかが窺える。
里に出向く際、他でもないマリアが目立つ行動を慎むようにと言っていたにも関わらず。

「・・・・皆様も、どうぞ」
「あ、ああ・・・・」

僅かな間をおいて再起動した女性に促され、金一達もマリアの後を追った。
まず目についたのは、部屋中を覆う動物の毛皮。家具という家具にカバーのようにかけられ、そのせいか暖房器具もないのに外より暖かくなっているように感じる。

中央にテーブルと思わしき大きな切り株があり、その周囲に手作り感の漂う椅子が七つ置かれていた。
正面の窓の手前、上座に座る人物を見た瞬間、緩んでいた緊張の糸がピンと張った。

「もう言われたかもしれんが、ようこそ我が里へ。(わし)がこの里の、ひいては一族の長、ウィルフレッド・ナイチンゲールだ」

不敵な笑みを浮かべて名乗った男に、三人(・・)は誰がどう答えるべきかと一瞬悩んだ。
招かれて来たわけではない金一や理子が前に出るのもおかしな話だし、リシアは二人以上に恐縮していて任せられそうにない。

諸々の意味で、招かれた本人であるマリア―――フリッグが一行を代表して挨拶するのが相応しいはずなのだが・・・・・

『ああはいはい、どうも〜フリッグと申しますぅ』

と、一人だけ名乗った挙句に許可もなく手近な椅子にどっかり座るなどという暴挙に出ていた。
・・・・・悪い意味でキャラ徹底しすぎだろ!

三人の心の叫びは誰にも聞いてもらえず、当然というかフリッグの態度によってウィルフレッドは眉を吊り上げながら目を細めるという、色んな意味で不安を煽る反応を示した。
これは不味い、と即座に判断した金一が咄嗟に一歩踏み出した。

「飛び入りの訪問にも関わらず里へ踏み入る許可をいただき、感謝します。遠山金一です」

言葉を切ると同時に即座に目配せをする。

「峰理子です」
「フリーシア、ただいま帰りました。(おさ)

間を置かず挨拶を済まし、話が次に流れるよう持っていく。
嫌な沈黙が、数秒・・・・・。金一達の背中を冷や汗が伝い、のほほんと座っているマリアに恨めしい気持ちすら抱き始めた頃。

「・・・・ふむ。フリッグ殿は勿論のこと、お二人も歓迎しよう。フリーシアはほんの数日ぶりだが、無事に帰った事を喜ぼう」

胸をなでおろす三人。
後ろから入ってきた女性に着席をすすめられ、マリアの右に理子とリシア、左に金一という順で腰を下ろした。

「さて・・・・正直な話、あの(・・)フリッグ殿とこうして穏便に(・・・)話せる機会があるとは思ってもみなかったというのが本音なのだが、そちらはどうかな?」
『それは全く同感ですね〜。こちらもぶっちゃけると、里に入った瞬間にリンチされてもおかしくないと思ってましたから』

話をしている当人達以外の顔が引き攣ったのは、言うまでもない。ウィルフレッドの横に移動していた女性も、扉の外から中の両脇に動いた男二人でさえも、ほんの微かとは言え表情が強張っていた。
世間話のような空気で一触即発レベルの会話を始めた二人に、誰もが置いて行かれたのだった。

「それは心外というものだ。我らは何があっても命を奪う事はしない。・・・・ましてや、どこぞの犯罪者みたく、個人で数百数千人も、などという非人道的な行いは間違ってもしないさ」
『はっはっは、非人道っていっても、虐殺なんて人間しかしないですけどね〜』

人を殺すのが、人としてそこまで珍しいか? と、事もなげに言う。

「そうだな、少し訂正しよう。人道に反しているか否かが問題ではないのだ」
『そうですよねぇ。ただ単に、貴方達は絶対にやらないってだけの話ですよね』

益がない。意味がない。どうしてこんな話をしているのか、誰も理解できなかった。
或いは本当に、何の意図も含まれていないやり取りを交わしているだけなのかもしれない。むしろそうであって欲しい。

こういった雰囲気に一番慣れていないリシアなど、膝の上に置いた両手が小刻みに震えているくらいだ。
理子でさえ、表面上は必死に笑顔を浮かべているが、誰がどう見ても上手く表情筋を操作できていない。

「そう、であればこそ私は、一族の力がそのような(・・・・・)行為(・・)に直接的であれ間接的であれ利用されるのは許容し難いのだ。わかってもらえるかな?」
『ええ、それはもうばっちりと』
「っ―――!」

息を呑んだのは、果たしていったい誰だったのか。
初めからこういう流れに持っていこうとしていたのだと、遅まきながら理解する。

・・・リシアがマリアに―――フリッグに付いて行こうとした事は、大いに反対されている。そう、この里に来るまでに説明された。
しかしこうして話し合いの機会を設けたのだから、せめて当事者を見極めてからという譲歩が成されたのだと、自分達は思っていたのだ。

が、蓋を開けば全くの逆だった。
里は・・・・少なくとも長には、リシアをフリッグと同行させるつもりがない。だからこそ、個人の意思を尊ぶ里において尚、決定を強制させるだけの材料を引きずり出そうとした。

そしてそれは今、他でもない本人の口から吐き出されている。
人殺しに何の感慨も抱いていないような言動。命の生に、死に、何の価値も見出していない、その思想。

ナイチンゲールの矜持に、これほど反する人物がいるだろうか?
そんな人間に、大事な身内の安全を保証などできるだろうか?

答えはもちろん、否だ。任せられる訳がない。むしろ我らの能力を、技術を、さらなる惨劇の火種とするかもしれない。
そんなシナリオが、既に出来上がってしまっているのだ。

「理解があって何よりだ。未踏の叡智を持つ一族などと言われてはいても、我らは所詮、一部族でしかない。顔見知りでない者など一人もおらず、みなが等しく家族のようなもの。例え自らが選んだ業と分かっていても、破滅しか見えぬ道にむざむざ送るような真似はしたくはないのだ」
『とても家族思いで素晴らしいことですねぇ。感動してホロリときちゃいましたよ〜』

誰一人として、口を挟まない。・・・・・・いや、挟む事ができない。
もちろん、金一や理子などは口を出そうかとも思った。このままでは相手の思うつぼ、話が終わる頃にはここにきた目的が完全に潰えるだろう。

だが、それは叶わなかった。
口を開けようとした瞬間、腰を浮かせようとした瞬間、二人は気づいた。

――――自分達の体が、全くと言っていいほど動かない事に。
拳を握る事はできる。身じろぎ程度ならばできる。呼吸だって問題ない。だが、それ以外が不可能なのだ。

その理由が、いつの間にか室内に充満する圧倒的な重圧によるものだと知るのも、そう時間は要らなかった。
あけすけに話す二人が、誰にも気付かれる事無く、しかし誰もが完全に縛られるほどの威圧感を放っていたのだ。

よく見ればウィルフレッドの横にいる女性の顔色が、幾分か悪くなっているように思える。確認はできないが、恐らく背後にいる男二人も同様なのだろう。
この圧力の中で直立し続けている彼らの精神力を、不謹慎にも賞賛せずにはいられなかった。

他の誰にも話す事を許可しない、したければこれを破ってみせろと、言葉はなくとも語られていた。
そして、それが出来るものは存在しない。

文字通り息の詰まる空間で、金一達は二人の会話が終わるまで耐え続けたのだった。
・・・・ただ一人、表情が見て取れないほど俯いて拳を握るリシアには、誰も気づかなかった。










「滞在の間、ここをお使いください。何かご不明な点や必要な物があれば、私に声をかけてください。出来うる限りお応えします」
「ああ、了解した」

窒息しそうな話し合いは一時間と続き、一行は女性の家に厄介になる事となった。里の中でも数える程しかない二階建てで、その二階の部屋が宛てがわれた。
めったに客人など訪れない場所と言えど、身内が急に帰ってきた場合や、様々な理由で身内が増えた場合などのために用意されている部屋は幾つかあり、二階建ての家とはつまりそういう役割らしい。

家へと入る際、女性は自らをエミリアと名乗った。
案内された二階は、一階と似たような居間と、寝室らしき扉が四つ連なっていた。寝室を覗いてみると簡素な机と椅子が二脚ずつ、二段ベッドが一つのみの手狭な空間で、しかし手入れはしっかりと行き届いていうようだった。

「お持て成しの質よりも泊められる人数を優先した造りとなっていますので、どうかご容赦ください」
「いや、十分過ぎる。こちらとしては寝床を用意してもらえるだけでありがたい」

門前払いすら覚悟していた金一は、予想以上に良い待遇に安堵していた。
エミリアが最後に一礼して下へと降りていき、ようやく一息つける空気となる。その瞬間、居間に一つだけある大きなソファーに向かって理子が飛びこんだ。

「うぅ〜、つっかれたー! 体も心もくたくただよー」

気怠そうに息をはく姿を見て、金一もどっと力が抜けた。先入観故に無駄に力が入っていたのもあるが、それを抜きにしても精神が磨り減る時間だったのだから。
あまりに外界とかけ離れた風景のせいでどこか実感が湧かなかったが、ウィルフレッドとの会合はそんな気分を吹き飛ばすには十二分だった。・・・・自分達は今、世界の九分九厘の人間がその実情を知らない未開の地にいるのだと。

「正直、少し頭の整理が追いついていない。話は明日にして、今日はゆっくり休んだ方が良いと思うんだが」
「理子もそうおも――――」

どこかの黒づくめ少女は必要ないだろうがと思いながら、金一が提案し、理子もそれに賛成しようとした・・・・・・次の瞬間。

―――ぱんッ!

乾いた音が、室内に響いた。
ほとんど反射的に、二人は音の源を探って目を向けていた。

その先にあった光景を目にして・・・・ものの数秒以上、理解が及ばず固まっていた。
目の前の―――――リシアが怒りの表情を浮かべて、マリアの頬を張ったなんて状況を。

「え・・・・?」

理子の声に、誰も反応はしなかった。金一はただ目を大きく見開いて固まっており、とてもまともに動けそうには見えない。
いつの間に仮面を外していたのか、マリアはフードも取っており、完全に素顔をさらしていた。その見惚れるような白い肌に混じったほのかな赤を特に気にするでもなく、ましてや驚いた様子も見せずにリシアを見据えていた。

「―――どうして・・・・・」

普段からは絶対に想像できないほど厳しい視線をマリアに向けるリシアが、ようやく口を開く。みなまで言わずとも、心の底から批難しているのが感じ取れる。

「どうして、あんな事をいったんですか? あんな風に話したら、長はきっと私を送り出してなんてくれませんっ。マリアさんと一緒に行くなんて・・・・・許して貰えないじゃないですか!」

それは、金一や理子が一瞬だけ体を震わせてしまうほどの激しい怒気だった。
そんなリシアの怒りの声さえ、マリアは真正面から受けて動じない。いつもの通り、感情の窺えない表情で佇むだけだった。
悔しそうに歯を噛み締めたリシアは、目の端に涙を浮かべながらもう一度手を振り上げた。

「言い訳もしてくれないんですか?! 予定通りだって・・・・上手くいったって・・・・そうやっていつもみたいに終わらせるんですかッ!! 私の事でも!」

ドンッ、ドンッ、と。何度も拳を振り下ろし、マリアの胸を叩くリシア。
頭が追いつかなかった金一達の方も、リシアの態度と言動を聞いていくうち、段々と理解していく。

それは、むしろどうしてそこに思考が行かなかったのかと思うような・・・・・・・今の状況の、とてつもない不自然さ(・・・・)
先の会談、マリアとウィルフレッドのやり取りは、まんまとあちら側のシナリオに乗せられた形となった。このまま彼がリシアを里に留ませようと思えば、大した難もなくできてしまうくらいにだ。

・・・・そして、それこそおかしい(・・・・・・・・)
確かに金一達自身、あまりの重圧によってろくな思考も会話もできずに終わった以上、ウィルフレッドを相手にすれば同じような状況になってしまったかもしれない。

が、彼女は・・・・マリアは違うだろう。
駆け引きにしたって勝るとも劣らない。ましてや、こと単純な実力においては凌駕しているはずの彼女が――――
かのシャーロック・ホームズの推理力を受け継ぎ、他でもない本人によって研鑽を積まされた人間が――――

あんなにも一方的に掌の平の上で転がされるなど、ありえるか?
彼女を知っている人間からすれば、絶対にありえない。不可能だ。今は亡きシャーロックでさえ、出来るか怪しいというのに。

つまり、その意味するところは・・・・・。

「わざと・・・・」
「乗ったのか・・・?」

ほぼ同時に結論に至った金一と理子のセリフが、絶妙なまでに合わさった。
もしそうなら・・・・・いや、そうでなければリシアの怒りに説明がつかない

リシアがマリアと行動を共にする許可を得に来た先で、そうならないための筋書きが描かれ、それに乗ったということ。
それはつまり・・・・リシアが一緒にいられなくなるという結果を、マリア自ら誘導したということなのだから。

「なんでっ! どうしてですか!! 連れていってくださいと言った時に、頷いてくれたじゃないですかッ!!」

頬を伝う雫を拭おうともせず、マリアを責め続ける。それはまるで、力づくででも本心を引きずり出そうと必死になっているような、とても痛々しい姿だった。
しかし―――――

「・・・・・・」

それはまるで、人形のようだった。
喋る事はおろか、考える事すら放棄したような、完全な無情。

それを見た金一が、一瞬だけボストーク号で最後に垣間見たものを思い出して身を震わせてしまうほど、冷め切った顔だった。
そんな彼女を見て取ったリシアは・・・・・

「・・・・・・もう、いいです」

強く・・・・血が滲んで床に垂れ落ちてしまうほどに強く拳を握り締めて、リシアはキッと睨み上げた。

「そんなに――――そんなに私が邪魔ならっ、最初から言ってくれれば良かった!! 言ってくれれば・・・っ・・・・・こんなに苦しくっ・・・なったり、しなかったのに・・・・・!」

真っ赤に染まった手を振り上げて、リシアは躊躇なく振り下ろした。

―――ぱんッ!

先程よりも大きな音が響き、マリアが少しだけよろめいた。・・・・躱すそぶりは、僅かも見せなかった。

「一人でいたいなら勝手にしてくださいっ! もう知りませんっ!!――――マリアさんの、ばかぁッッ!!」

我慢の限界というように、リシアは部屋を飛び出した。
階段を駆け降りる音、扉を乱暴に閉めた音が屋内に強く響いた。

察しているのかどうかは分からないが、一階にいるはずのエミリアが上がってくる気配はない。
静まり返った室内。一番最初に動き出したのは金一だった。

「・・・・・マリア、どうしてこんな事を・・・」
「必要だからですよ」

こないだろうと思っていた返答に、金一の方が面をくらった。

「私は、必要なことしか考えていません。必要な行動しか起こしません。だから、私はいつも通りです」
「マリア・・・・」

まるで機械のような受け答えに、金一は何と言うべきか分からなかった。
ただ、むしろ今の状態こそ、彼女の心境を表している重要なヒントのように思えた。

「・・・・少し、外を見てくる。情報も欲しいし、この状況で離れるのは良くない。理子」
「うん、わかってるよー」

金一の呼びかけに答えた理子は、マリアの手を取ってソファーに引っ張っていく。特に抵抗はなかった。
二人を尻目に、金一は部屋を出る。こういう時は同性同士の方が話を聞きやすいだろう。それがマリアに適用されるかはイマイチ分からないが。

ともかく今は、リシアもマリアも一人にしておくのは不味い。取り返しのつかない危うさがあると感じたのだ。
多少のリスクは承知の上。金一はリシアを探しに外へと出向くのだった。

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