小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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九十六話









「あ、あの・・・・えと・・・」

しどろもどろになりながら、少女は二人の前へと出ていった。
視線を泳がせ、口を開けたり閉めたりしながら言葉を探し・・・・そしてふと、男の隣に経つ金髪の女の子と目が合った。

(うわぁ、きれい・・・・)

そう思ってしまうほど、その容姿は優れていた。
見たことがないほど艷やかで、ときおり流れる風に靡いてさらさらと揺れる金髪は、木々の間から降り注ぎ始めた陽光が反射して輝いている。

深く澄み渡った瞳が、頭の奥に焼き付きそうなほど印象的な碧色。
月並みな言い回しをするならば、ドレスを着れば何処かのお姫様に見えるのではないか、と評せる。

少女が見惚れて立ち尽くしていると、その視線に耐えかねた女の子が逃げるように男の背に隠れてしまった。

「マリア、ちゃんと挨拶をしなければ失礼だろう?」
「で、でも曾お爺様・・・・あの子、なにか変な目で見てきますよぉ・・・・」

緊張・・・・というより、若干の怯えが混じった声を出した女の子―――マリアは男の手をギュッと両手で握り締めた。
そんな彼女の様子に男は微笑ましげに笑い、少女の方へと視線を向ける。

その目は、不気味な程に光を映していない。しかしまるで全てを見通してしまいそうな、見通されてしまうような、そんな錯覚を抱いてしまう。そんな目だった。
一歩だけ後ろに下がってしまった少女は、男が浮かべるどこまでも優しい笑みを見てなんとか思い直した。

子供ながらに、危険なことはないと感じ取ったのかもしれない。

「初めまして。君はこの先にある里の子で間違いないかな?」
「は、はい、そうです」

里までの道を知っているような男の発言に、少女は安堵にホッと息をついた。

「そうか。たしかあの里では外への出入りは厳しく管理されていたはずだね、察するに君は・・・抜け出してしまったのかな」
「・・・・はい」

問いかけるようでいて、絶対の確信を抱いている。
誤魔化しなんて無駄だと、幼い子供にさえ悟らせてしまうほどに。

「ならば今頃、親が心配していることだろう。時間も押している。マリア、さあ・・・・」

背後に隠れたままのマリアの背中をそっと押して、何かを促していた。
男の視線を受けてコクコクと頷いたマリアは、一度だけ少女に目を向け、だがすぐに逸らして森の方へ・・・・少女の後ろへと小走りに通り過ぎていく。

「あ・・・・あの・・」

消え入るような声で手を伸ばした少女の肩に、ポンと男の手が置かれた。

「すまない。あの子は少しばかり人見知りでね、話せるようになるまで少しだけ時間をあげて欲しいんだ」
「そう・・・ですか」

避けられる事にショックを受けつつ、少女はマリアの背中をじっと見続けた。
二人から離れたマリアは5メートルほど先で立ち止まり、周囲を見ているようだった。その横顔は何かを執拗に観察していて、なおかつ必死に考え込んでいるようだった。

「あれがこうで・・・・・ここが・・・・・でも太陽は向こうに・・・・けどそれだと・・・・・」

背後でその様子を見ていた少女が、自分と同じ子供とは思えない空気を醸し出すマリアに開いた口が塞がらなかった。
尋常じゃないくらいに真剣で、とても声をかけられる雰囲気ではない。

「だとしたらこっちが偽り(フェイク)で・・・・・こっちが・・・・うん」

長いようで、おそらく五分と経っていない時間が過ぎた後、マリアが一つ頷いて振り返った。
ずっと成り行きを見守っていた男の方へ、僅かに緊張の混じった表情で視線を向けた。

「曾お爺様、わかりました」
「そうか。では行ってみよう、君には悪いのだけれど、少し僕らに付き合ってくれるかな?」
「えっ・・・あ、はい!」

不意に話を振られて妙な声を出してしまい、少女は頬を赤らめた。
くすっ、と笑う声に反射的に目を向けると、意外にもそれは男ではなくマリアの出したものだった。

交差したのは一瞬。すぐにハッとしたマリアが顔ごと目を逸らした。

「そ、それじゃあ行きましょう、曾お爺様」

慌てたような声で急かすマリアに、男は微笑で応えた。
歩き出す二人に少女も続いて、そしてふと疑問が湧いて出た。

むしろ今の今まで何故そこを追求しなかったのか、本気で分からない。

「あ、あのっ」
「ん、なにかな?」

横に並んだ男の目は、相変わらず奇妙な気分を抱かせる。
確かに自分に向けられ、視線が交差している。なのに自分を見ている気がしない。さりとて無関心でいられているのとも全く違う。

まだまだ幼い少女は、自分の抱く曖昧な感想を的確に表す言葉を持てずにいた。
しかし今はそれを頭の隅に追いやり、一番聞きたい事を聞く。

「あなた達は、誰ですか?」
「・・・・ふむ。そう言えば、まだ名乗っていなかったね。僕としたことがとんだ失礼をしてしまった、許してほしい」
「い、いえいえそんなっ」

軽く頭まで下げてくる男に、少女は慌てる。マリアまで一緒になっていたから余計だった。

「では改めて。もう何度も聞いてると思うが、この子はマリア。僕の曾孫にあたる子だよ」

普通ならここで「曾孫なんてできるほど老けてないだろう」と突っ込みを入れるべきなのだろうが、あいにく少女は曾孫の意味を正しく理解できず、せいぜい家族のカテゴリに入る何かという程度の認識しか出来なかった。

「そして、僕はシャーロック・ホームズ。しがない名探偵さ」

軽くウィンクまでして言い放った男―――シャーロックの自己紹介に、少女の頭はしばし空白の時間を作る事になった。
歴史に名だたる偉人の話くらいは、辺鄙な里にさえ響き渡っている。それほどまでにホームズの名はありとあらゆる物語や文献に記されているのだから。

正直、この時の少女の頭の中では、世界一の名探偵を名乗る男の発言をどう捉えればいいのか分からなかった。

「・・・・は、はじめまして。フリーシア・ナイチンゲール・・・・です」

なんとかそう返すだけで、精一杯だった。









見渡すかぎりの木、それは空を覆い尽くさんばかりに枝を広げる大森林だ。
木々の間を吹き抜ける風に髪が靡いて、思わず何人かが手でおさえた。

「噂には聞いていたが・・・・本当に奇怪だな」

感嘆の入り交じった声音でそう呟いたのは金一だった。手に持った携帯端末と前方に広がる森を交互に見て、眉をひそめながら考え込んでいる。

「こうして実際に体験すると不気味なレベルだねぇ。どうなってるんだか・・・」

少し離れた場所で同じような顔をしている理子。しきりに端末を操作をしながら口をへの字に曲げていた。
そんな二人の様子を、背後からマリアとリシアが隣り合わせに立って眺めていた。

三人が各々の平服で来ているのに対し、マリアだけが黒づくめのフルセット。フードと仮面を外したフリッグの恰好だった。

「まるで八年前の自分を見ているようです。・・・結局は見つけられませんでしたが」
「えぇっと・・・・し、仕方ないですよ。あの里に自力で辿り着いたのは、教授(プロフェシオン)ただ一人ですから」

昔を懐かしむように目を細めたマリアに対し、リシアは苦笑混じりのフォローを返した。
ナイチンゲールの里に入ったとされる人間の表向きの記録(・・・・・・)は僅か二人とされているが、実際にはもう少し多い。

正式に、或いは内密に招かれた者。突発的な事故か偶然で迷い込んだ者。もしくは最終的に身内(・・・・・・)になった者(・・・・・)など、上げればそれなりの数になるだろう。
招かれる者にしても迎えがよこされるため、里の秘密は長い間守り続けられてきた。

そんな里の不思議を打ち破り、招かれつつも自身の力で出向いてみせた、たった一人の人物、それがシャーロック・ホームズその人であった。
・・・・・その際、招かれざる人間もついでとばかりに連れ込んだ逸話は、一族の間で語られているとリシアは言う。

「しかしそれも、今日で終わらせてもらいます」

静かに、だが力強く言い放ったマリアが歩き出す。
端末と睨めっこを続けている金一と理子の間を通り抜けて、迷いなく歩を進めていく。

「お二人とも、そろそろ参りますよ」
「む・・・もう少しだけ時間をくれないか? できれば自分で解き明かしてみたいのだが」
「理子もちょっと気になるなー。ゲーマーの血が騒いでしょうがない」
「待ちません。それに――――」

立ち止まって顔だけ振り返るマリアが、いつも通りの無表情で・・・・

「下手に知ると、死にますよ」

さもなんてことのない事であるかのように告げ、再び歩きだした。
フードを被り、仮面を付けて、身に纏う雰囲気すら変質させ、完全な別人へと変わる。

「・・・・・」
「・・・・・」
「あああの、その・・・・お、お先に失礼します・・・・」

黙り込んだ二人の間を、今度はバツの悪そうな顔でリシアが通り過ぎる。
何故・・・とか、どうして・・・だとか、問うまでもなく理解する。

それだけ、当の一族は自分達の秘術を危険視しているのだ。そうするに足る力が、それだけの可能性が、今から行く場所に眠っているのだ。
そんな場所に招かれるでもなく出向こうとしているのが、どれだけの意味を持つのか。想像した二人が冷や汗を流す。

「・・・今更だが、思った以上に危険な旅路になりそうだ」
「そうだねぇ・・・。ま、退くつもりもないけど」

役に立ちそうにない端末をしまって、金一と理子は前方の二人を追いかける。
しかし、どうしてかマリアとリシアは真っ直ぐにではなく、小刻みに方向を変えてぐねぐねと歩いていく。

木と木の間を交互に抜けたり、弧を描くように、かと思えば突然に斜め方向に変えたりと、後ろから見ていて奇妙と言わざるを得ない進み方をしていた。
規則性も見られず、次にどう変えるか分からず、追い付くのに僅かばかりの時間を要する二人だった。













「ようこそ、我らが里へ」

森へと入ってから数時間、全く景色の変わらない空間を延々と蛇行して進んでいた一行に、不意にかけられた声。
欠片を気配も感じず、慌てて見回しても声の主の姿はない。音源を辿る事もできなかった。

マリアとリシアは勝手知ったる様子で、歩みを止めもせず進んでいる。

「フリッグ殿、遠路はるばるご足労いただきありがとうございます。一族一同、心より歓迎申し上げます」
『それはどうも。二人ばかり付き添いがいるんですが、入れてもらっていいですかねぇ?』

ポケットに手を入れて、さも庭を散策しているかの如き気安さで言葉を交わす。
久しぶりのフリッグスタイルに内心ヒヤヒヤする他三名。リシアでさえ目が泳いでいた。

「構いません。遠山金一様、峰理子様、謹んで歓待させていただきます」
「世話になる」「どーも〜」

安堵しつつも表面は平静に応える。ここまで来て入れませんなどと言われたら、脱力なんて次元ではない。

「それでは、さっそくではありますが―――」

そこで突然、視界の光が強くなった。
手で顔をかばい、薄目を開けて前方を確認し――――驚愕に目を見開いた。

降り注ぐ光量が異なる開けた空間。先程までの静けさが幻覚だったのではないかと思う程の人気と活気。
点在する木造の家々がその屋根や壁から木を生やしており、完全に一体化していた。それらが例外なく家の真上に枝を広げ、上空から見れば目視は非常に困難だろう。

無邪気に遊ぶ子供や、日の当たりやすい場所にある干場に洗濯物を運ぶ女性、薪を割る筋肉質の男性と、まるでファンタジー世界に迷い込んでしまったような気分になる。
帯状に差し込む日光が彼等の生活を幻想的に照らしていることが、そんな印象を強くしていた。

(おさ)がお待ちです。どうぞこちらへ」

そして、さも当然のようにマリア達の横で会釈する一人の女性がいた。
栗色の長い髪を一つに結んで前に垂らし、目は濃いめの青。190はあるかもしれないスラリとした長身痩躯。白いワンピースに似た民族衣装のようなものを着た麗人だった。

背を向けて里の中へと進む女性の後をついて行く。
仕事をしていた大人も、遊んでいた子供も、マリア達一行の姿を見てその手を止めていた。

物珍しげな、それでいて興味深そうな目を向けてくる。中には不安そうであったり、怪しむような視線をした者もいた。
・・・もっとも、後者二つに限っては、その大部分がフリッグに集中していたが。

「これがナイチンゲールの里・・・・。想像より活気があるな」

不審がられない程度に周囲を見ながら、金一が呟いた。
世界中から求められ、狙われて、何十年も隠れ続けていたという先入観からか、もっと閑散としたイメージを抱いていた。

そんな金一に答えたのが、幾分か緊張した様子のリシアだった。

「わわ、私達の場合は、里の場所そのものはかなり前から知られているので、厳密には隠れているというより侵入を拒んでいるだけなのです。だから里の人間に気を遣わせるような生活はしていません。日常生活のフラストレーションは、体に悪影響しか及ぼさないので」
「なるほどな」

隠れ里ではなく、鎖国のような状態というわけだ。

「しかし、それだと物資の調達が難しいんじゃないか? 各国の監視も厳しいと聞いているが」

天然の資源には事欠かないだろうが、この里はそれだけでまかなえる範囲外の生活水準が見て取れる。
着ている衣服は勿論のこと、窓ガラスや煙突の煉瓦、斧や包丁といった金属類。他にもたくさんあるだろう。

少しばかり込み入った質問だとは理解しているが、どうしても気になって尋ねてしまったのだ。

「それは、その・・・・・そう言った役目を負う人達が頑張ってくれているとしか言えません」
「ああいや、すまない。軽率だった」

申し訳なさそうな顔をしたリシアに、金一は慌てて謝罪した。
一方、理子もまた目をキラキラさせながら、こちらは一切の遠慮もなく存分に里の風景を見回していた。

「うおおぉぉお〜〜! まるでRPGの世界に入ったみたい! これで耳が尖ってたりしたら完っ璧にエルフの里だよっ!」
『この場所を見た感想がそれとは、さすが理子』

ハイテンションな言動に苦笑を漏らすフリッグ。一行を先導する女性も、微かな笑みを浮かべていた。

「あのさ、さっきからずいぶんと色んな言語が聞こえてくるけど、ここって決まった言葉は使われてないの? その割に会話が成り立ってるっぽいけど・・・・」
『ああ、それはとっても簡単な話ですよ』

理子の言う通り、周囲から聞こえてくる喧騒からは幾つもの言語が飛び交っていた。
イタリア語や英語ならまだしも、中国、スペイン、ロシア、ヒンディー、アラビア、ベンガルといったポピュラーなものから実に多岐に渡り、ちらほらと日本語も使用されているようだった。

その上で彼等は何の問題も無いとばかりに意思疎通を果たし、生活しているのだ。

『一族といっても当然外の人間の血を取り入れますし、世界中で医療行為をするなら言語の習得は必須ですからね。文化と知識を吸収していく内に、この里は非常に多くの血統、人種、風習を混ぜ合わせた特殊な集団になっているのですよ』
「へぇー。あ、じゃあリシアの名前もその影響?」
『そうですねぇ、ここでは本当に国という縛りが消し飛んでると考えた方がいいですよ』

英国出身でフリーシアという名前に僅かな違和感を持っていたのが、意外な所で氷解したのだった。
ここでは国ごとの習慣だの特徴だのは固定ではないというのだろう。それを証明するかのように、里の人間達は白人と黒人、黄色に赤色に褐色と、見事なまでに多様な人種が揃っていた。

世界中で起きている人種差別など知ったことかとでも言うように、自然な共生関係がそこにはあった。

「ナイチンゲールの名前は、今では一家の血筋を表す記号ではありません。源流となった先祖達の考えに賛同して、集まって、叡智を授かり振るう事を許された人達。その意思と、磨きあげられた技術を受け継ぐ者達の象徴なんです」

誇らしげに語るリシアも、まさにその一人だという事だろう。その腕前は、ここにいる三人全員が身をもって知っている。

『つまるところ、ここの人間は幼い頃から多種多様な言語に触れ、結果として全員が二桁に届こうかという言葉を喋れるのが普通になっているのですよ』
「なぁるほどね〜。旅行とかするのに困らなそうでいいなー」
『そうですねぇ』

あははー・・・・と、呑気に会話するフリッグと理子を見ていた金一が溜め息をつき、リシアは苦笑いをしていた。

「・・・・とても里の事にお詳しい様子ですが、それはフリーシア様からお聞きになられたのですか?」

そんな時、前を歩いていた女性が、背を向けたまま声をかけてきた。
特に他意が含まれているようには聞こえなかったが、リシアがビクリと体を震わせたのは反射だったのだろう。

『さあ、それはどうですかねぇ? 教授(プロフェシオン)・・・・シャーロック・ホームズに聞いた事だったかもしれません。どうも最近、物忘れがひどくて困ったものですよ』

いや〜まいったまいった。
頭に手を置いて朗らかに言ったフリッグは、とぼける気満々といった感じで笑う。

普通であれば青筋の一つでも浮かべそうな答え方にも、女性は大した反応もせず「そうですか」と話を終わらせる
のだった。
―――そして、里の中を突き進んでそろそろ二十分は経とうかという頃・・・。

雑草を綺麗に取り払われた広場のような空間の中心に・・・・それは、あった。

「これは・・・・・」
「すっご・・・」

森に入った時から驚きの連続でお腹いっぱいの金一と理子が、思わず口を開けて呆然としていた。
それは、首を真上にまで傾けて見上げねばならないほどの、異様な高さを誇る大樹だった。

幹の太さなど数メートル程度では済まされない、もはや完全に空想世界の産物が迷い込んで来たとしか思えないような巨大さ。ここまでくると何かのギャグかと考えたくなってくる二人。
そしてその根元には、他のものより二周りほど大きい家が存在している。木と一体というより、木からせり出しているように感じる融合ぶりだ。

立ち止まった一行を振り返り、女性が先程より深く頭を下げた。

「こちらが長の居宅になります。どうぞお入りください」















マリア達一行がイギリスへと旅立った頃、東京武偵の女子寮の一室にて騒ぎが起こった。

「ジャァァンヌゥゥゥゥゥッッ!!」

ズドォォンッッ! と派手な轟音を立てながら扉が吹き飛び、雄叫びにも似た声が響きわたった。
吹き飛ばされた扉が廊下を突っ切り、そのままリビングへと飛来したのを、見事な反応で切り伏せてみせたジャンヌ。デュランダルによってまっ二つに両断された扉が、重々しい音と共に床へと落ちた。

「ひ、ひえぇえええぇ!!」
「くっ! いきなり何の真似だ、アリアっ!」

同室の中空知が悲鳴を上げ、突然の襲撃に冷や汗を浮かべたジャンヌが叫ぶ。
よほどの剛力で蹴られたらしく、扉の一部が小さい足型に凹んでいた。頑強さと優れた防弾性能が売りであるはずの扉の悲惨な末路に、それを見た二人は戦慄を禁じ得ない。

ズンッ、ズンッ、と踏み鳴らされる足音が、まるでゲームのラスボスとエンカウントする時のような緊張感を抱かせた。

「ジャンヌぅぅぅ・・・」

さっきの咆哮とは違う、奈落の底から這い出でるような声。
警戒心よりも恐怖心を引っ張り起こされ、デュランダルの剣先がプルプルと揺れていた。

両手と頭をダラリと下げ、幽鬼のようなオーラを纏わせて入ってきたのは―――アリア。
垂れ下がった髪と髪の間から覗く双眸からは光が消え失せ、見ているだけで冥府に連れて行かれそうだ。

「ななっ、何があったというのだ!? こんな事をされる謂れはないはずだぞ!」

勇ましき騎士としての姿は微塵もなく、ただ恐怖に身を震わせるか弱い少女でしかなかった。
そんなジャンヌをアリアは虚ろな瞳で見据え、上体を左右にユラユラと揺らしながら一歩、また一歩と近づいていく。

「ひやあぁあぁぁぁ・・・・」

中空知に至っては完全に腰を抜かし、床にペタンと崩れて涙を流していた。

「ぃぃ・・・・かぁぁ・・・」

口から瘴気でも噴出しそうな雰囲気の中、ゆっくりと言語を発するアリアの動きを注視すると・・・・・

「里香はぁぁ・・・・どこにいるのよぉぉ」
「・・・・は? なに・・・里香、だと?」

思わぬ返答に困惑するが、確かにと考えを改める。
アリアがこんな尋常じゃない状態に陥るのに、里香が・・・・いや、マリアが関わっているのは納得できる流れだった。

いったい何が起こればこんな風になるのかと問われれば皆目検討もつかないが、それくらいの影響力を持っているという理屈ならば筋は通る。
問題は、

「里香がいったいどうしたというのだ? ここにはいないぞ」
「いない・・・・・いない・・・・・どこにもいない、のよぉぉ・・・・」
「落ち着けアリア。このままではまるでホラーだ」

とりあえずデュランダルを下ろし、慎重にアリアへと歩み寄る。そっと肩に手を置いて、まずは座るように促した。
禍々しいオーラはそのままに、アリアはそっと座り込んだ。

「それで・・・・里香の行方がわからないのか?」
「・・・・ちがう。依頼(クエスト)を受けて出張してる事までは分かった・・・・けど、連絡しても繋がらないし、メールも返ってこないし・・・・・・・・それにっ――――」

ギリッ! と、アリアが奥歯を噛む音が鳴った。
今にも爆発しそうな怒気に、中空知とジャンヌは座ったまま1メートルほど後退った。

「・・・・ないのよ」
「ない・・・? なにがだ?」
「いないのよ! 理子も一緒にいなくなってるのよっ! ついでにきんい・・・カナもよ!」
「なっ!?」

中空知がいる事を考慮して若干の修正が加わっていたが、ジャンヌにとってはどうでもよかった。
マリアが依頼で外出している、それはいい。来るべき時まで僅かばかりの時間を持て余している彼女が、武偵校の生徒として学業をこなしているのは何の問題もないだろう。

が、それと同時期に理子と金一がいなくなるというのは、どう考えてもおかしい。というか絶対に一緒に行動していると思った方がいいだろう。
夏休みの間あれだけマリアにベッタリと張り付いていた金一が別行動を取るとは思えないし、マリアが姉からの電話に全く応じないというのも妙だ。

それに・・・・・・

(なぜ理子まで・・・・?)

近くに修学旅行?(キャラバン・ワン)を控えた状態で、理子の同行を許すのも不思議だった。
普通ならそれだけ期間が短いからなのかもしれない。だが、或いは――――

それだけ、急を要する何かが起こっているか・・・・・。
そうなると、一刻も早く連絡を取らねばならない。それが今後に影響を及ぼすような事であれば、無関係でいるなんて選択肢はないはずだ。

・・・・・そう・・・・・なのだが・・・・

「・・・なぜ、私に何も言ってくれなかったのだ・・・・・」

床に両手をついて、ジャンヌはガックリと項垂れた。
理子と金一は一緒に言った。つまり事情を知っている。つまりちゃんと話をしてもらっている。

それに引き替え――――
自分は置いてけぼり。というかアリアが来るまでマリアの不在すら知らなかった。つまりなーんにも知らない。話なんてこれっぽっちも聞いてない。

「なぜなんだ・・・・・この扱いの差はどういうことだ・・・? 私が何かしたのか? 知らぬ間に機嫌を損ねるようなことをしていたのか・・・・?」
「あ、あの、ジャンヌさん? お気を確かに・・・・」

ルームメイトが背中をさすって言葉をかけてくるが、気休め以上の効果はなかった。
一方・・・・

「なんでよ、なんでよあたしに一言もないの・・・? またどっかに行っちゃうの? このまま帰ってこないの? なんで理子が一緒なのよ・・・・・あたしじゃ駄目なの・・・? う、うぅぅ〜・・・・」

グス、グスッ・・・・と、まるで友達にドタキャンされた小学生のようにすすり泣きまで始めたアリア。
中空知がギョッとしているのも目に入っていないようで、涙が次々と頬を伝っていく。

・・・・話は少し逸れるが。
アリアの強烈な訪問によって、女子寮内は軽いパニックに陥っていた。

防弾・防刃に優れた耐力扉をたった一人の脚力によって破壊したのだから、それによって起こる音と、付近の部屋に伝わる衝撃は計り知れない。
よって、何事かと集まってきた多くの女子生徒が、おずおずと室内を覗き始めていたりする。

そんな彼女達が見た光景とは?

「何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ」

床に突っ伏すような状態で延々と呟き続ける、最近人気急上昇中のテニス部期待のルーキーだったり・・・・

「うわあぁぁぁぁん! 里香のばかばかばかばかばかぁぁぁぁぁッ! あんたのために買ってきた桃まん、全部食べてやるんだからぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜ッッ!!!」

子供のような泣きじゃくりながら、お気に入りの後輩を可愛らしく罵倒する知名度抜群のSランクだったり・・・

「だだ、誰か、助けてください〜〜!」

それら両名に挟まれて途方に暮れる、根暗系グラマー女子だったりした。
なんともキャラの濃すぎる面々による、解析の非常に困難な空間が形成されていた。

この時、女生徒達の心は間違いなく一つとなっていた。

―――・・・・・・なにこれ?

と。

-97-
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