翌日、俺達は朝の五時に目が覚めた。いつも通りの時間だ。
「さて、異世界だとて訓練は欠かす訳にはいかないだろう」
「ああ、その通りだよ兄さん」
そして近くにある広場で俺達は『七ツ夜』を構えて対峙していた。
「今日も良い天気だ」
「まったくだよ」
互いに軽口を言いながらお互いの眼を見て言う。
「「さあ、殺し合おう」」
そこで始まるのは鍛錬という名の殺し合い。俺達にとってコレが普通なのだ。ある程度手加減して、でも本気で殺そうとする。
「斬刑に処す」
志貴が『閃鞘・八点衝』で斬撃を飛ばし、桜鬼は『閃走・水月』で回避。
「蹴り穿つ……!」
桜鬼は志貴の懐に潜り込み、『閃走・六兎』で蹴り上げる。志貴はそれをバックステップで回避。
「蹴り砕く……!」
志貴は反撃に水平に、真っ直ぐな蹴りを放つ『閃走・一鹿』で襲撃。
志貴はそれを紙一重で躱し、七ツ夜を走らせる。俺も同じように七ツ夜で迎撃。
そんな殺し合いが数十分間続いた。そして時を止めたように俺達は動きをを止めた。
「ここまでだ」
「そうだな。勿体ないくらい惜しいが……ま、メリハリは付けないとな?」
別にお互いがどちらか死ぬまで続けるつもりは無い。これはあくまでも鍛錬なのだから。
そして俺達は部屋へ戻り、汗を流した。
朝食を取り終え、買い物に出掛ける。食料と衛生道具、衣服類等を買った。
「必要な物はこれで全部か?」
「ああ、買い忘れは無いよ、兄さん」
そして買い物からの帰り道……俺達は奇妙な出会いをした。
「ん? ……猫?」
「兄さん? ……って、猫が倒れているな」
道ばたに猫が二匹倒れていたのだ。しかも血を流して。
―――ドクン
「血を流して真っ赤だが……白猫のようだ。それと黒猫も」
「裂傷……か。こんなか弱い白猫に随分酷い事をするもんだ。……ところで兄さんも感じたかい?」
「ああ……普通じゃないな、この猫達」
退魔衝動が起きたのだ。ならば、ただの猫で無いことは明白だ。さてどうするか……。
「どうするんだい、兄さん?」
とりあえずしばらくは様子見でもするか。もしかすると使えるかもしれないしな。
「治療する」
「使えるようであるなら手懐け、ダメなら殺す……って事か」
「……」
俺は志貴の言葉に無言で返答した。
「ま、兄さんがいいなら俺は構わないよ」
「なら連れて行こう」
そして俺が白猫、志貴が黒猫を抱えて部屋に戻った。
「ようきたの、桜鬼君に志貴君」
俺達は猫を治療し、約束の場所まで赴いた。そこには数十人の教師や生徒と思われる人達が居た。学園長曰く、全員でないらしい。
細かい意味では違うが、俺達のように退魔師を生業とする人もいるらしい。髪が長くメガネを掛けた女性教師がそうだと学園長が言っていた。もう一人退魔師がいるようだが今日は来てないそうだ。ま、どうでもいい話だったな。
「紹介しよう。彼等が新しく我々の仲間になる七夜桜鬼君とその弟の志貴君じゃ」
「七夜桜鬼だ」
「同じく弟の志貴でございます。どうか一つよろしくお願いします」
俺は素っ気なく、志貴は仰らしく言い放った。
もとより俺達は一匹狼。仲間など必要も無いしいるだけで邪魔になると思うから馴れ合いはしない。そもそも俺は依頼を受けるとは言ったが、仲間になるとは言っていない。そこの所を学園長は理解しているのだろうか?
ま、別にどうでもいいか。
「学園長、その……彼等の実力は確かなのでしょうか?」
すると、若い教師が心配そうに言った。かなり若いな。
「なに、心配せんでもよかろう。なにせ彼等はあのエヴァンジェリンを倒したのじゃからな」
「「「「「「なっ!?」」」」」」
学園長の言葉にここにいる全員が驚愕する。
そんなに驚く事なのか?
「し、しかし! まぐれという事はないのですか!?」
そして俺達と同い年ぐらいの金髪を腰まで伸ばした少女が食い下がる。
ふむ……少し見せてやろうか?
「志貴」
「了解」
俺は志貴に合図すると、肩を竦めて我が弟は答えた。そして俺の視界から一瞬で、音も無く志貴が消えた。
「なっ!?」
そしてさらに言おうとした少女の真後ろに現れ、首筋に七ツ夜を当て微笑みながらこう言った。
「お嬢さん、ご心配して頂けるのは大変嬉しく思いますが、私めと我が兄の実力は本物でございます。ので、その綺麗なお口を少々閉じていただけませんか? いえ、別に続けてもらっても私めは一向に構わないのですが……そうなるとその美しいお体に紅い華が飾られることになりますが?」
「ひっ!?」
その言葉で少女は黙り、同時に恐怖を感じた。さらに周りも驚愕する声が上がる。
いつ、どうやって自分の背後を取ったのか……そう思っているのが目に見えて分かる。 そして志貴の言葉からは冷たいモノを感じ、彼の顔に張り付いた笑顔に恐怖したのだろう。
「これこれ志貴君。そのくらいにしといてくれんかの? 高音君が怯えておる」
「これはこれは大変失礼致しました。あまり信用されていなかったようなので少しだけ実力というものを見せたかったのですが……怖がらせてしまったのならば申し訳ありません、美しいお嬢さん」
志貴はそう言うと七ツ夜をポケットに戻してまた俺の隣へ一瞬で移動した。
「これで皆も納得したじゃろう? 言い忘れておったが、彼等は退魔師じゃそうだ。一応夜の見回りや広域指導員でもしてもらおうかと思っとる」
……広域指導員? なんだそれは?
俺はその単語を学園長に聞いた。簡単にまとめると暴れている生徒を沈め……もとい、鎮める為の警備員のようなものらしい。さらにある程度の暴力すら認めているらしい。教育委員会やPTAが聞いたら卒倒するだろうな。この世界の学園は皆そうなのか?
「それでは本日はこれで解散とする」
どうやら今日は顔合わせが目的だったようだ。まったく……あまり人と関わるのは苦手なんだがなぁ。
「ああ、それと桜鬼君と志貴君。序でと言ってはなんじゃが、女子寮の管理人もやって貰いたいのじゃ。なに、管理人といっても大してやることは無いぞい。精々壊れた電球を取り替えるぐらいじゃ」
それでいいのかおい!? 管理人がそれでいいのか!?
「序で、とか言ってますが……最初っからやらせるつもりだったのでしょう?」
「細かい事を気にするでない」
細かいのか?
「……ま、構いませんが。で、指導員の時は適当に見回ればいいのですね?」
「うむ。それと見回るときはこの腕章を付けておいとくれ。それと服装は……その制服で構わんぞい」
「分かりました。ではこれで……」
俺と志貴が帰ろうとして歩き出した。が、俺は思い出したように足を止めて学園長に振り返った。
「ああそれと、退魔関係は俺達二人で十分ですから、あまり俺達に人を同伴させないでください」
俺はそう言うと今度こそ部屋に戻った。
猫達は目が覚めたかな……?
「ふむ……想像以上の子達じゃな」
わしが彼ら兄弟を紹介するために呼んだのじゃ。兄の桜鬼君は相変わらず無愛想な感じで、弟の志貴君は……なんというか大袈裟な感じで挨拶した。
ま、それはいいのじゃ。問題は高音君が彼の実力を疑った事が始まりじゃ。
桜鬼君が志貴君の名前を呼ぶと、志貴君は何かを察したのか、答えると姿を消したのじゃ。
気がつくと高音君の背後におり、首筋にナイフを当てていたのじゃ。
驚いた。まさかその歳で瞬動術をマスターしていたとは……。そして彼が高音君に囁くように呟いた言葉。その言葉とは裏腹に冷たい瞳が高音君を射殺さんとしていた。
冷たく、そして慈悲に満ちたかの様な瞳で震え上がるような殺気を出す……一体どんな体験をしたらああいう事ができるのだろうかわしには判らなんだ。
いや、そもそも本当に殺気を出していたのだろうか? ただ、あの瞳に本能的に恐怖を感じた様な気がするのじゃが……。
「もしかすると、わしはとんでもない人物を引き込んでしまったのではないだろうか……?」
わしは二人が去って行った道を見てそう呟いた。