さて、レンと契約してから五日が経った日の朝、俺達は今現在、広域指導員として巡回している。
「ここも異常無しっと……さて、次は何処に行くかね……」
「世界樹広場の方に行ってみようか?」
『そもそもこんな朝っぱらから騒ぐ奴なんているのかしら?』
『……(コクリ)』
俺の肩には白レン、志貴の肩には黒レンが子猫モードで乗っていた。
因みに、会話は念話というものでやっている。レンが前に教えてくれたものだ。かなり利便性は良い。
「その言葉には同感だな、レン。だがまあ、こちらも仕事だ。見回らない訳にはいかない。志貴、行くぞ」
「ああ」
そして俺達が中等部に向かった時、知り合いに会った。
「あれ? 管理人さん?」
「あ、ホンマや」
「あ、ホントだ。おーい! 管理人さーん!」
「ん? ……ああ、あの子達か」
「相変わらず元気な事だ」
知り合いの名前は神楽坂明日菜と近衛このか、そしてオコジョを肩に乗せた子供先生のネギ・スプリングフィールドだ。
いやはや、ネギに関しては初めて会った時はかなり驚いた。なにせ十歳前後の子供が教師をやっているのだからな。流石に日本の教育に関して不安を持ったが、正式に採用されている以上こちらからとやかくは言わない。
っていうか、さっきからレンがオコジョを睨んでいる。何かあったのか?
そうそう、オコジョはどうやらただのオコジョじゃないらしい。退魔衝動が起きたからな。あの様子だと、多分ネギの使い魔じゃないだろうか?
「おはようございます!」
「ああ……おはよう」
「今日も元気だね、明日菜ちゃんとこのかちゃんは。あとネギ君も」
俺はいつも通りぶっきらぼうに、志貴は笑顔で言う。
「もー……桜鬼さんって相っ変わらず無愛想ですねぇ」
明日菜が苦笑して言っているが、それは仕方ないことだ。
「悪かったな」
「ふふふ、ホンマやなぁ。ところで管理人さん達は何してはるん?」
「ん……巡回」
俺は腕章を見せた。
「え!? 管理人さんって広域指導員だったんですか!?」
「そうだよネギ君」
「大丈夫なんですか? 私達より少し年上なだけですよね? あたしらの学園って結構癖が強い人が多いから心配だなぁ……」
ネギが俺の腕章を見て驚き、明日菜が心配そうに見る……特に俺を。ま、この子達の前では実力を見せてないから仕方ないのだろうが……。
「大丈夫、大丈夫。こう見えても俺と兄さんは強いからねぇ。それよりも明日菜ちゃんとこのかちゃんの私服姿は可愛いね。制服も十分に可愛いが、私服も中々捨てがたい」
「えっ!? あ、あはははは! もー、志貴さんって本当に上手なんだからぁ!」
「うふふ、ありがとうな」
そして志貴が口説き文句を言う。いや、本人は口説いているつもりは無いらしい。「紳士として当然のことだよ」って笑みを浮かべながら言っているが……怪しいな。
「それで、今日は買い物かい?」
「あ、うん。修学旅行に必要な物を買いに行く途中なんです」
なるほど、そんな時期なんだな。
「なんなら送ってあげようか?」
……おい志貴、何でそんな面倒なことを申し出る?
「え? いいんですか!?」
こら明日菜、お前も断れ。
「ああ、勿論さ。こんなか弱い女性と子供を放っておく方が問題だよ」
「そ、そんな……か弱いだなんて……えへへ」
ああ……明日菜がニヤついている。これはもう諦めた方がいいかな?
「それじゃあ、お願いしますわ。桜鬼はんもそれでええ?」
「……仕方ない」
そして俺達は駅に向かった。
「それでな、明日菜が……」
「もう! このかったら変な事言わないでよ!」
……どうしてこうなった?
『さあ?』
俺達は途中まで送るだけの筈なのに…………何故俺は、
学 外 の デ パ ー ト に い る の だ ! ?
事の発端はこのかの一言から始まった。
「なあなあ明日菜。どうせなら管理人さん達にウチ等の洋服も選んでもらわへん?」
「あ、それいい! よーし、桜鬼さん達のセンスをちょっと確かめてみよう!」
「ん? 俺や兄さんなんかで良いのなら構わないが?」
「あ、あの……志貴さん? 見回りの方は……?」
「なに、今日は朝と夜だけだから別に問題は無いさ」
「そ、そうですか? それなら……」
回想終了。
『そもそも貴方が自己主張しないのが原因じゃないの?』
む? そう言われると耳が痛いのだが……。
「ねえねえ桜鬼さん! これなんかどうかな?」
「……いいんじゃないか?」
俺に女子の服を選ばせないで欲しい。正直どれも同じに見える。
「もう! さっきからソレばっかりだよ! ダメよ? そんなんじゃ彼女さんに愛想尽かされるわよ」
「別に構わないし、彼女はいない」
「え!?」
何故そこで驚く?
「桜鬼はんって彼女さんおらへんの?」
「ああ」
接点が無くて作れる訳がないだろうに……。
「ええー!? も、もしかして志貴さんも!?」
「いやはや、残念ながらそういう人はいないね」
「うそ……2人共こんなにルックスがいいのに?」
そうか? 俺はよく分からないし、気にしたこともないからなぁ……。
『なに言ってるのよ。貴方と志貴って結構カッコイイ部類に入るわよ。私のご主人様なら、もっと自覚しなさい…………ま、そこがいいのだけれど』
最後の方は聞き取れなかったが……そうなのだろうか? う〜ん、よく分からん。
「なんか勿体ないなぁ」
そう言われてもな……。
なんとかして此処から抜け出せないものか?
明日菜さんとこのかさんが管理人の志貴さんと桜鬼さんに服を見てもらっている。
その内に僕はさっさと自分の服を選ばないと……。でないと、またこのかさんに着せ替え人形にされちゃうよぉ……あぅ。
「兄貴、兄貴!」
「え? どうしたのカモ君?」
僕が試着室で着替えようとしているとカモ君が慌てた様子で声を掛けてきた。
「兄貴、アイツ等が肩に乗せている子猫は見やした?」
「え? あ、うん。何だか変わった猫だったね」
そう言えば桜鬼さんと志貴さんの肩に白と黒の子猫が乗ってたね。魔力をちょっと感じたけど、それ以外は普通の子猫だったし。
「なに呑気に言ってるんだ兄貴! めちゃくちゃ怪しいですぜ!」
え? 何処が?
「大体、普通の動物には魔力なんてものがありゃしやせんぜ! あれは絶対にアイツ等の使い魔だぜ!」
「え? でも桜鬼さんと志貴さんは普通の人だったよ? 魔力も感じられなかったし」
いくら何でも疑いすぎだと思うけどなぁ?
「いいや、兄貴。魔力を隠蔽する手段なんていくらでもありやす! それに、あの白猫は俺の事を睨んでやした!」
それってただ単に子猫が警戒しているだけじゃないのかな? ほら、猫って警戒心が強いって言うし……。
「そうかなぁ……?」
「もしかしたら学園長が言ってた関西からの刺客かもしれやせんぜ?」
「いやいやいや! いくらなんでもそれは考えすぎだよカモ君!?」
だってまだ修学旅行前だよ?
「判りやせんぜ? もしかしたらって事もあるじゃないッスか?」
う〜ん……でもなぁ?
「やっぱり考えすぎだと思うけどなぁ……」
「まあ、今は証拠が無いからアレですけど……でも注意するに越したことはねぇしな」
「う〜ん……まぁ、頭の隅に入れておくよ」
でも、やっぱり考えすぎだと思うなぁ。
「ん?」
俺達が明日菜とこのかの服選びをしていると突然携帯電話が鳴った。これは学園長からの支給品で、主に仕事の呼び出しで使われている。
「ちょっとすまない、電話だ」
俺は志貴達にそう言って電話に出る。
「……はい」
『おお、桜鬼君かの? 今は大丈夫かの?』
「ええ、構いません」
何だろう……また退魔関係の仕事か?
『ちょっとわしの所まで来てくれんかのぅ?』
「分かりました」
そして俺は通話を切り、志貴が聞いてきた。
「依頼かい?」
「いや、まだ分からんが、学園長が来て欲しいそうだ」
「それはそれは……」
志貴が笑みを浮かべる。また殺せると思って楽しみにしているのだろう。
「ありゃ? 桜鬼はん達、仕事なん?」
「ああ、学園長に呼び出された」
「お爺ちゃんに?」
「そっかぁ……残念だなぁ」
いや、俺は寧ろ助かったと思う。いつまでもレディスコーナーに居るのは結構キツイものだ。志貴はそうでも無いらしいが。
「それじゃ、俺達は行く」
「明日菜ちゃんに、このかちゃん、また会おうね。あと着替えに行っているネギ君にもよろしく言ってくれ」
「うん、分かった」
「お仕事頑張ってな〜」
「態々すまんのぅ」
「いえ……それで用件は?」
俺は学園長室に入り、用件を聞いた。
「実は中等部の2年生が修学旅行に京都へ行くことになったんじゃ。それは知っておるじゃろう?」
「ええ」
さっき明日菜達が買い物をしてたからな。
「実はのぅ、わしはネギ君に関西呪術協会に親書を渡してあるのじゃ。ネギ君はそれを呪術協会の総本山の長に渡すように頼んだのじゃよ。そこで、君等にはネギ君の護衛を頼みたいのじゃ」
「……」
このじじぃ、正気か? いくらネギが魔法使いだからといっても、まだ十歳に満たない子供だぞ? 何故ネギにそんなことをさせる?
それに、護衛を付けるということは敵対する奴等がいるということだろう? なら、尚更危険だろうに……。
「勿論、旅費はこちらで支払おう。それと、なにか必要なモノがあれば用意するぞい?」
ま、俺は報酬さえ貰えれば問題無い。志貴もそうだろう。
「いや、構いません」
「そうかの? なら修学旅行は二日後じゃ。一応影でネギ君を守ってくれると助かるのぅ」
一応……ね。つまるところ、バレても良いってことだろう。
「分かりました。では、俺達はこれで……」
俺達は学園長室を後にした。
『……それにしても桜鬼の言った通りね。アレ、どう見ても人間には見えないわ』
レンが肩に乗って言った。
因みに、レンの事は学園長に言ってあるので、問題無い。
さて、俺達は部屋に戻り、二日後の準備をする。必要な物をバッグに詰め、あとは装備を確認するだけだ。
押し入れの中に入っているトランクをいくつか取り出し、それを開ける。すると、中には七夜家に伝わる暗器が納められていた。
これはオーディンに貰った特典の一つで、七夜家の装備をこちらに送ってくれたのだ。因みに、送られたのは昨日だったりする。
「取りあえず、投げナイフと鋼糸ぐらいか?」
「そうだねぇ……敵の情報が少なすぎるし、その二つで良いんじゃないかね?」
俺が選んだのは投げナイフと鋼糸。鋼糸とは頑丈な合金を繊維状にしたものだ。肉眼での視認が難しく、切れ味が最高に良い。
鋼糸は手袋があり、その甲からそれぞれの指先に繋がっている。分かりやすく言うと、BLACKCATのジェノス=ハザードが使っている奴を
イメージすればいい。勿論オリハルコン程の強度はないが。
「ま、大抵の奴なら鋼糸でも十分だし、七ツ夜もあるしな」
本来なら七ツ夜一つで十分だ。魔眼や浄眼もあるし、問題は無い。
「それに、レンもいる」
『うふふ、勿論よ? この私の実力を見せてあげるわ』
『……(コクリ)』
使い魔であるレンの実力を計るには丁度良いかもしれない。
さて、思ったより準備が早く終わったな。取りあえず、今日はゆっくり休もう。