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名前を呼ばれた。
梅とは別の、お香のような匂いがする。お線香の匂いかもしれない。
周りは真っ暗だ。
もう一度名前を呼ばれ、私は目を閉じていたことにようやく気付いた。
目を開けると、男の人が私の顔をのぞいていた。
私は倒れているようで、その男の人に抱えられている。
ずいぶんと子どもっぽい顔の人だ。おまけに易者みたいな変な恰好をしている。
「体を起こせますか?」
頷いて、男の手を借りて上半身を起こした。
私は咲き誇る梅花の中にいた。
そして梅とは違った匂いが、私の周りに立ちこめている。
原因は男の手に握られていた。
丸い陶器の皿の上で、お香が燃やされていた。
鼻につんとくる、梅の甘さには似つかわしくない香りだった。
「鈴原一美(かずみ)さんですね?」
「……だれ?」
声を出すのも酷く億劫だ。自分のあまりの疲労ぶりに驚く。
「あなたのご両親に頼まれて、探していたんですよ」
「探す……わたしを?」
「ええ、もう二日も行方不明だったんですよ」
「……そんなに?」
「信じられないかもしれませんが、今はそれより、帰ってご両親を安心させてあげましょう。歩けますか?」
立とうとしたが、足に力が入らない。
私が首を横に振ると、男はしゃがんだまま私に背を向けた。負ぶされということらしい。
私は男の好意に甘えて、あまり広くない背中に体をあずけた。
「あの……」
「何ですか?」
「どうして私、ずっと歩いていたんですか?」
男はじっと黙ったまま立ち上がって、「ああ、そういうことか」と一人納得して歩き出した。
「それはですね、きっと妖精にたぶらかされたんですよ」
神様でもなく妖怪でもなく、妖精か。
もう、なんだっていいや。
詳しいことは後で問いつめることにして、私は再び目を瞑ることにした。