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「ことりちゃん、何してるの?」
名前を呼ばれて振り返ると、ことりの叔母が不思議そうに見つめていた。
「玄関にぼうっと立って、どうしたのよ」
「あ、琴子叔母さん」
頭をはたかれた。
「こ、琴子お姉さん」
頭をなでられた。
まだ二十代半ばの叔母は「おばさん」と呼ばれると言葉で修正する前に手が出る困った人だ。
見た目は小柄で優しそうな人だけに、真顔で叩かれると精神的にきつい。
「あれ、琴子さんがどうしてここにいるんですか?」
「どうしてって、ここはうちのアパートよ。ずいぶん遅かったけど、ことりちゃん、道に迷ってた?」
図星だ。
そうか、ここは目的地だったわけか。一応たどり着いたのだから、道に迷ったわけじゃないかも。
「あ、そういえば琴子さん、私と同じくらいの女の子、見ませんでしたか?」
「え? そんな子は住んでないわよ」
「さっきまで庭にいたと思うんですけど」
首を傾げることりに、「それってきっと私を見間違えたのよ」と琴子は笑った。
「ことりちゃんいつになってもこないから、庭の掃除をして待っていたの」
いくら小柄だといえ、琴子を小学六年生と間違えることはないと思うのだけれど……
「まぁ、いいか」
考えていても答えは出そうもないので、ことりは悩むのをやめた。幽霊か妖精を視たことにしておこう。
少し頭が疲れていて、追求するのが億劫だった。
「そうだことりちゃん」
琴子がぽんと手を合わせて、目を輝かせた。
「何ですか?」
「あなた、このアパートに住まない? 部屋が余っているからちょうど良いと思うんだけど」
「で、でも、おじいちゃんとおばあちゃんが……」
祖父の家に住むより、年齢の近い琴子と一緒にいるほうが魅力的ではある。
しかし、ことりが来ると聞いて大喜びしていた祖父母から離れるのは忍びない。
「急がなくていいから、考えておいて」
「う、うん」
「家賃は気にしなくていいから。ちょっと曰く付きの部屋だけど、大丈夫だから」
「曰く付きってなに?」
「気にしないで。ここならお父さんの所より駅には近いし……」
何事もなかったように琴子は話を続けていく。
駅前のお店のことを話し始めた琴子を見て、ことりがそっと心の中でため息をつくと、庭木の梅花がぱらぱらと散った。
『 三月 バイカ 』 完