小説『バイカ』
作者:今田()

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  *


 薄暗く感じた道が、突然華やかに彩られた。

 いちめんが白と薄いピンクで埋め尽くされている。

 梅の木だ。

 何十本、いや、もしかしたら百本以上の梅の木が所狭しと植えられ、満開の花を咲かせている。

 枝は天に向かって長い長い指のように伸び、柔らかな花が、ほんのり緑を帯びた花を隠すほどについている。

 鼻孔をつんとくすぐる甘い香りが日差しに溶け込み、靄となって視界をくらまし、目眩を覚えさせる。

 どうしてこんな山奥に梅の木が植えられているのだろう。

 きっと人が梅の実を取るために植えたからだ。

 これが梅畑なら、世話をしている人が近くにいるかもしれない。それなら道を尋ねられる。

 不思議さと期待感をないまぜにして、木の合間を縫って歩く。



 梅はもう散りかけなのか、枝が肩に触れるたび、花びらがぱらぱらと落ちた。

 剪定ばさみを入れた籠があったけれど、どこにも人の姿はない。

 進むにつれ、梅のわずかな隙間から、建物が顔を覗かせていることに気がついた。

 そちらに向かって足を急がす。

 一歩踏み出すたびに、地面に落ちた枯れ葉や小枝がぱきぱきと音を立てる。


 ぱきぱき

 ぱきぱき

  ぱきぱき

 ぱきぱき

  ぱきぱき


 違和感を覚えて立ち止まった。


  ぱきぱき


 後ろから足音が聞こえる。

 自分の足音が響いているのではない。

 足を止めた今も、かなり後ろから小さく、そしてだんだんと音を大きくさせながら、足音が近づいてきている。

 今までずっと誰にも会わなかったというのに、どうして今さら。

 おじいちゃんが言っていた神様?

 それとも妖怪?

 それとも……

 振り返れば、その正体が分かる。

 だけど振り返ってしまえば、得体の知れない何かは、形をもった「何か」に変わってしまう。

 振り返ってみたそれが、ただの人であるとは限らない。

 足音はなおも近づいてくる。

 足音が一つ重なるごとに、心臓がトクンと締め付けられる。

 私はただ前を向き、向こうに見える建物に向かって足を速めた。

-5-
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