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薄暗く感じた道が、突然華やかに彩られた。
いちめんが白と薄いピンクで埋め尽くされている。
梅の木だ。
何十本、いや、もしかしたら百本以上の梅の木が所狭しと植えられ、満開の花を咲かせている。
枝は天に向かって長い長い指のように伸び、柔らかな花が、ほんのり緑を帯びた花を隠すほどについている。
鼻孔をつんとくすぐる甘い香りが日差しに溶け込み、靄となって視界をくらまし、目眩を覚えさせる。
どうしてこんな山奥に梅の木が植えられているのだろう。
きっと人が梅の実を取るために植えたからだ。
これが梅畑なら、世話をしている人が近くにいるかもしれない。それなら道を尋ねられる。
不思議さと期待感をないまぜにして、木の合間を縫って歩く。
梅はもう散りかけなのか、枝が肩に触れるたび、花びらがぱらぱらと落ちた。
剪定ばさみを入れた籠があったけれど、どこにも人の姿はない。
進むにつれ、梅のわずかな隙間から、建物が顔を覗かせていることに気がついた。
そちらに向かって足を急がす。
一歩踏み出すたびに、地面に落ちた枯れ葉や小枝がぱきぱきと音を立てる。
ぱきぱき
ぱきぱき
ぱきぱき
ぱきぱき
ぱきぱき
違和感を覚えて立ち止まった。
ぱきぱき
後ろから足音が聞こえる。
自分の足音が響いているのではない。
足を止めた今も、かなり後ろから小さく、そしてだんだんと音を大きくさせながら、足音が近づいてきている。
今までずっと誰にも会わなかったというのに、どうして今さら。
おじいちゃんが言っていた神様?
それとも妖怪?
それとも……
振り返れば、その正体が分かる。
だけど振り返ってしまえば、得体の知れない何かは、形をもった「何か」に変わってしまう。
振り返ってみたそれが、ただの人であるとは限らない。
足音はなおも近づいてくる。
足音が一つ重なるごとに、心臓がトクンと締め付けられる。
私はただ前を向き、向こうに見える建物に向かって足を速めた。