小説『ラスト×ラストthe chronicle of samsara』
作者:迷音ユウ(華雪‡マナのつぶやきごと)

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Chapter2 地下の砦 【1/AToCu】

 <H2>の暮らすのは主に地下だ。光届かぬ地面の下で生活している。それは<新人類(ハイブレイン)>から身を隠すためであり、また森に包まれた地上を猛獣たちが闊歩しているせいもある。そこは人類が滅亡する以前から築いてきた砦であるのだ。
 武装組織である<反抗の意思(ヴィレ)>に所属している者を除き、民間人のほとんどがその一生で太陽の光を見ることがない。しかし、地下施設ではそのための配慮がなされている。
 地上においての朝日の到来とともに、地下、新九州回帰地区の一日が始まる。


 †


 なんだか悪い夢を見ていた気がする。
 どんな夢を見ていたのかは覚えてないけれど。


 今回ばかりは自力で目を覚ますことができたようだ。窓から差し込むこの()()()のおかげだろう。
 昨夜、哀子さんが去ったあと、なんとか指示されたこの部屋を探し出すことができた。部屋に入ってからは何をするわけでもなくすぐに寝た。もとより、部屋の中にはベッドしかなく、何をすることもできないのだが。しかし、何もないとはいえ例の医務室よりは幾分かマシに思える。なにせ、あの部屋には全く生活感がなかった。そりゃあ生活のための部屋ではないだろうから、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。多分、窓の存在の差だろう。あの部屋には窓がなかったし、部屋の明かりも妙に暗かった。対して、この部屋には窓がある。高すぎず低すぎず、ちょうどいい位置にある窓は、光をとり込んでくれる。それだけで部屋は生気を帯びるようだ。
 ベッドから起き、背伸びをしてみる。大きく深呼吸をすると、部屋の中なのになんだか空気が美味しいようだ。
 しばらくその爽快さに浸っていると、ふと部屋の自動扉が開いた。
「おはよう、焉堂。よく眠れたか?」
 入ってきたのは哀子さんだった。昨晩と同じようなスーツ姿で、手にはなにやらバッグを。そして、またタバコを吸っている。新鮮な空気が紫煙に侵される。普通の場所は禁煙ではないようだ。
「ええ。おはようございます」
 言いながら、露骨に不快感を表情に表す。しかし、哀子さんは気にする様子もないようだ。単に慣れているのか、それとも本当に気していないだけか。いずれにしてもタバコを手放す気はないらしい。
 多分俺の力ではこの人にタバコをやめさせることはできそうにない。そんな気がしてならない。
 とりあえず気を取り直すことにする。
「何か用ですか?」
 ノックもせずに入ってくるあたり、哀子さんも用がないわけではあるまい。
「何か、って昨晩言ったろ。顔合わせ兼ねて訓練もすると」
「あ、あぁ」
 たしかにそんなことを言っていたような気がする。疲れもあってぐっすり寝たせいで、忘れかけていた。
「まったく、しっかりしてくれよ。早速行くぞ。ほら、これに着替えろ。同じ服をずっと着てるのも不清潔だろう」
 言ってぽいと持っていたバッグを投げよこす。
「哀子さんだって、昨日と同様な服じゃないですか」
 バッグの中身を確認しつつ、そう指摘する。正直言って、昨日と同じスーツにしか見えない。俺の指摘に哀子さんは顔をわずかにしかめた。
「ば、馬鹿を言うな。昨日とは違う。少なくとも十日ワンクール以上の替えのスーツは持っている」
 ……全部スーツですか。
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。私は一度部屋を出るから早く着替えろ。中にお前用のテレン……、腕時計型デバイスも入れてある。それもつけてな」
 そう言うと、哀子さんは部屋を出た。すっと自動扉が閉まる。
「さてと……」
 ベッドに腰掛け、バッグの中身を出した。替えの服と下着。それと、これが哀子さんの言っていたテレンだろうか。腕時計のようなものがバッグの底に入っていた。ディスプレイ部分は小さく、その横に小さな丸いボタンが二つついているだけのシンプルなものだ。画面は今は消えている。どう使うのかはわからないので、とりあえずいじることはせず、右手首あたりに巻きつけた。
 それから素早く新しい服に着替えた。着ていた服はとりあえず、バッグに詰め、ベッドの端へ寄せた。一応準備完了。
 早速扉を出ると、すぐ扉の横に哀子さんが待っていた。
「お、着替えたか。それじゃあ行こうか」


 哀子さんいわく、今向かっているAToCu課第一室とやらは俺のいた部屋から少し離れているらしい。
 歩いて行く通路は、昨晩とはうってかわり、結構たくさんの人とすれ違う。時間を気にしていなかったが、昨日は相当遅かったらしい。

「おはようございます、哀子さん」
「おう。おはよう」

 こうやって歩いていると、すれ違う人のほとんどが哀子さんに挨拶なり、声をかけていた。通り過ぎたあとも、たまに視線を感じる。
「哀子さんって、人気があるんですね」
「おう。私の美貌に惹かれているんだろう。私は完璧なスタイルの持ち主だからな、男はもちろん女も放っておかんさ」
 自画自賛もここまで堂々と言われてしまうと、なぜか気分悪くは感じない。逆に感服しそうなほどだ。とはいえ、実際に哀子さんのスタイルは抜群だ。メガネとタバコ、それとスーツも相まって、大人のクールさを醸し出している。
 それにしても、煙草の煙がもくもくと俺に直撃してるんですけど……! もう少しは人のことを考えてほしいものである。
「さ、着いたよ。ここだ」
 と、哀子さんが立ち止まったのは『第三作戦行動構成部』と刻まれている銀のプレートが提げてある部屋の前。
「あれ? なんだか部屋間違ってませんか?」
 たしか、哀子さんが言っていたのはAToCuなんとかという部屋のはず。
「ん、あぁ。そちらの部屋に行く前にこっち。この部屋突っ切っていったほうが早い。それに、ここが私たちの部隊の待機室でもあるからな。場所覚えてろ」
「はぁ……」
「多分他の隊員も、もう来てると思うから」
 さぁ、と俺に入るように促す。
 俺はドアの前に立ち、開閉ボタンらしきものを押した。

「え……?」
「は……?」

 俺と俺以外の誰かの声が重なった。
 まず目に入ってきたのはよく見知った顔。間違いない、たしかに新崎織だ。
 そこまでは良かったのに何気なしに下ろした視線の先が悪かった。キレイな肌の色。女性特有のやわらかなボディーライン。大きくはないまでも、その胸のふくらみは……。
「――――て、え…………」
「キャァァァァッ! 何であんたがっ!」
 つまるところ、織はほぼ裸だった。正確には下着姿……って、そんなことはどうでもいい何を冷静に分析してるんだ。
 えぇと、こういう場合はどうすればいいんだ?
 謝る? いやいや、ちがうちょっとまて。その前に。
 俺が視線を逸らせたのはだいぶ時間が経ってのことだった。しかしというかもちろんというか、少なくとも手遅れなのには相違ない。
「バカァァァ! 最低っ!」
 刹那、見えない力が俺の身体を吹き飛ばした。数メートル後ろ壁に激突する。
 いや、マジでこれ事故。
 でも今更何を考えようが意味は無いわけで。
 遠のく意識。最後に聞こえたのは、哀子さんの爆笑する声だった。


「ほんと、お前、気絶するの好きだな。趣味なのか? お前の」
 ……そんな自虐的で珍妙な趣味持ってるやつなんかいないと思う。声に出さずツッコミを入れながら目が覚めた。我ながら、このパターンに慣れてきているのが怖い。
 今度はベッドというわけではないらしく、普通に床に寝せられていた。
 起き上がり、ふと見ると織が背を向けて小さな椅子にうずくまっていた。やはりというか、さっきの事を怒っているに違いない。
「な、なぁ……」
 小声で話しかけたが、キッ、と鋭い視線を返された。
 横で相変わらず哀子さんがくすくすと笑っている。
「さてと、面子も揃ったことだし、そろそろ<測る>か」
「え、メンバーこれだけなんですか?」
「あぁ、そうだ。私のは部隊というのはあくまで名目上だからな」
 部隊というからにはもっと大人数がいると思っていた。しかし、哀子さんを含め二人とはいささか意表を突かれた。
「ちょっと待ってくださいです。私もいますよー!」
 そんなことを言いながら、バタバタと足音を立て女の子が一人部屋へ入ってきた。
 背は俺より低く、髪型は……セミロングというやつだろうか。その顔も、今の声もおっとりとした印象を受ける。そういえば、あのときB―49地区への道を教えてくれた子。
「遅いぞ一衣。何してたんだ」
「すみませんです……。すっかり寝過ごして」
 一衣と呼ばれた少女は哀子さんにペコリと頭を下げた。それから俺の存在に気づいたらしく、にこりと微笑んだ。
「あなたが焉堂さんですねー。話は聞いてますですよ。私は、一衣綾乃です。是非、下の名前で呼んでくださいですねー」
「あ、あぁ。俺は焉堂アラシ。……よろしく」
 ただ、自分の名前を言うだけなのに。それだけなのに実感が持てないことにイライラする。早く取り戻さなくては。
「あれー? ところで、織さんはなんでそんな、明後日の方向を向いてうずくまってるんですー?」
 綾乃は体を伸ばして、織の方を見る。織はあー、と声をあげ、天井を向いた。
「あさってかぁ。へぇ……、こっちってあさっての方なんだー。あー。もうあさってに行きたい。むしろ、過去に戻りたい」
 恐怖すら感じるほどの棒読みで、支離滅裂なことを……。これでは、何をしても許してもらえそうにない。
「なにかあったんですー?」
 事の深刻な俺とは真逆に、何も知らない綾乃は、可愛らしく首を傾げている。
「ほら、新崎。いつまでそんな風にしている気なんだ。まったく、それじゃあ先に進まんじゃないか」
 哀子さんの言葉に織はうー、と小さく唸りながら椅子をくるりと回転させこちらを向いた。しかし、俺と目が合いそうになるとぷいと顔を背ける。当然か。
「さて、こんどこそ本当にメンバーは揃った。早速始めよう。おい、修維。仕事の時間だ」
 哀子さんは誰もいない空間に向かって声をかけた。
「誰に呼びかけ……って…………うわっ」
 それは突然。なんの前触れもない出来事。哀子さんの横、何もない空間からにじみ出るようにして現れたのは白衣を着た人物。
 これには面食らった。冷静に考えれば、なんらかの<力>であることは分かっただろうが、一瞬純粋におどろいてしまった。
 現れた人物は、見た目から異様だった。
 男のようなのだが、ぼさぼさで伸ばしっぱなしの髪は目にかかるほどに長く、表情はうかがえない。白衣の下には茶色っぽい地味な服。つまり第一印象、地味で変な奴。地味で陰湿なのに目立つという謎の人物。
「なんだ……。僕の仕事場が騒がしいと思ったら、哀子、君か」
 彼はぼさぼさの髪をわしゃわしゃと掻きながら、あくびをしていた。
「なんだ、とはなんだ。今日はきちんと頼んでおいたじゃないか。焉堂、紹介しよう。この珍妙な男がAToCu課の主任研究員。榊修維だ」
 哀子さんの紹介に、修維というその男はぺこりと頭を下げた。
「やぁ、やぁ。君が噂の記憶喪失少年かな。ほら、そんな奇妙なものを見る目で僕を見ないでくれ」
「え、あぁ。すみません」
 どんな目で見ていたかは自分でもわからないが、たぶんは奇妙なものを見る目とやらで見ていた。なにせ奇妙だもの。
 空間からとつぜんすっと現れるさまはまるで幽霊だ。
 修維はまた髪を掻きながら、
「僕がこの研究室の室長をしている、修維というものだ。以後よろしく」
 ……ん、研究室?
 改めて周りを見ると、先ほど入った部屋ではないようだ。部屋の左の壁には大きなディスプレイがあり、そのそばにはたくさんのキーボードやらスライダーやらが並んでいる。
 どうやら気絶していた間に、哀子さんの言っていたAToCuなんとかという部屋に移動させられていたらしい。
「ところで、これから何を?」
 部屋に行って顔合わせと……それと訓練をすると言っていたような気がする。顔合わせは終わっただろうから、訓練となるだろうが、それならばこの幽霊じみた男はなんの関係があるのだろう。
 あぁ、と呟きながら、哀子さんはまた新しいタバコに火をつけていた。
「ん、今からな、訓練の前にお前の<力>を測定する」
「力?」
「あぁ、そうだ。世界依存性非現実特殊接続能力――AToCuとも呼ばれている。まぁ、簡単に言えば超能力か」
「超能力……」
 あぁ、そういえばたしかにここにいる人々は不思議な力を使えるらしい。いや、自分もそうだろう。あのとき――体が熱くなって気づくと自分は炎を操っていた。それもそのAToCuとやらなのだろう。
「さぁ、腕を出して拳を握って。ん、右はテレンをつけてるか。なら、左」
 修維がなにやら紫色の輪を取り出していた。透明で宝石のように光を乱反射している。大きさはちょうど親指の太さほどといったところで、指輪のようだった。
 俺は指示されたように左腕を突き出し、拳を握る。……あれ? 拳を握る必要って。
()にはめるから、動かないでくれよ」
 と修維はその紫色の輪を俺の拳にぴとっとあてた。
「ちょ、ちょっと待って下さいって。こんなのはいるわけないじゃないですか!」
 何をどう考えても入るはずがない。伸縮性があるようにも見えない。
 それでも修維はにやにやと変な笑みを浮かべ(目は隠れて見えないので分からないが口が……!)、力を込めた。
「無理ですって!」
「つべこべ言わず、試しなさいよ。ばか」
 織がぼそりという。ばかだけ余計だ。
 修維が更に力を込めると不思議な事が起きた。明らかに入るはずのないその輪は、瞬間大きくなったように思えた。拳を易易と通り抜け、手首まで到達するとぴたっと手首にちょうどいい大きさに収まった。
 驚き、俺はもう片方の手でその環を叩いてみた。しかし、こつこつと硬いものを叩く音がするだけで、やはり伸縮性があるようには考えられない。
「ははは、面白いだろ。それが何かは私も知らないよ。さて、それでは集中しろ。腕だ、腕にだ。そのブレスレットをはめてる場所だけに集中しろ」
「……それ、僕の台詞だよ」
 哀子さんと修維のやり取りを見ながら、俺は言われた通り腕に集中した。

 ――集中。

 意識を統一する。腕だけに意識を巡らせる。だんだん体の他の場所の輪郭がぼんやりとする錯覚が襲ってくる。
 右腕が熱を持ったように熱い。いつかと同じ感覚。意識が……飛びそうだ……。
「はい、ストップ。ストップ。そこまで。集中し過ぎだね、君」
 ぱんぱんと、修維が手を叩く音ではっとなった。体の感覚が戻ってくる。
 まだ今の余韻が感覚に残っている。
「データを読み取るから、それ外すよ」
 修維が俺の腕にはまっているブレスレットに手をあてた。すると、二箇所に亀裂が入り、真二つに割れた。それから、修維はキレイに割れたその二つの欠片をディスプレイの前へ持っていった。そこにはなにやら二重円状のくぼみがある。修維はそこにブレスレッドの欠片をはめ込み、なにやらキーボードを操作した。
 ブレスレッドが淡く発光をはじめる。同時に、ディスプレイにたくさんの文字列が現れた。滝のように文字の羅列が流れる。しばらくして画面には『Analysis(解析) completed(完了)』の文字が残った。
「さてと」
 修維がたん、とキーボードを叩いた。
 画面に表とレーダーチャートのようなものが表示される。
 俺は何が書いてあるのか見ようとディスプレイの前に行こうとしたが、その前に哀子さんが割ってはいった。
「ほほぉ……。三つもか。既存が二つに、オリジナルが一つ……。おぉ、こっちはランクSじゃないか。すごいな!」
 なんだか哀子さんが興奮している。哀子さんの指差すところを見てみると、金色のSという文字が輝いている。<絶対障壁(アブソーバー)>。どこかで聞いた名だな、と思い返してみる。あぁ、そうだ。あのときふと自分の口から漏れていた言葉だ。知らないはずなのに知っている言葉だ。
 視線をずらしてみる。
 Bのアルファベットの横には<発火現象(イグニション)>。またその下にはN.D.の文字。<操火能力(パイロキネシス)>系とだけ表示されていた。
 おぉー、と声を上げながら綾乃も隙間から画面を覗きこむ。
「焉堂くんは熱血少年ですねー。パイロ系が二つもありますです」
 織はというと……、ジトッとした目で何を話すわけでもなくこちらを見ている。
「うん、これならすぐ戦力になるな。新崎や一衣と違って、直接的な攻撃手段になりうる。さらに特級の防御能力もちときた」
 哀子さんの言葉に修維が不気味に笑った。
「ふふふ、そうだねぇ。久々だよ、こんなに気が高ぶったのは……。是非今すぐ、オリジナルの方のデータを取りたいな」
「ん、そうか。それはちょうどいい。いまから力を見るのも兼ねて、実戦形式の訓練をしようと思ってたんだ。早計かもしれんとは思っていたが、まぁいいだろう」
「さすがは、哀子。タイミングがいいね」
 哀子はこちらを向き、どこから出したのか一枚の銀色のカードを差し出した。
「今から模擬戦闘を行う。このカードは第一多目的訓練場の入場カードだ。裏に場所も書いてある。そこへ向かってくれ。相手は……」
 哀子は織の方を見て、うなずいた。
「新崎、お前がいいな。新崎も本気で戦ってもらって構わない。相手が倒れるまでだ。殺さなければ問題はない」
 はじめての訓練にしては物騒なことを平気で言っている。
 それを聞いた織は織で、
「へぇ……それはラッキー」
 などと、殺意のこもった目をこちらに向けてくる。これでは、殺されかねない気がするのだが。とはいえ、断ることもできないだろう。ここに入ると決めたのだから。
「さ、早速だ。早速、訓練場へ向かってくれ。我々は訓練場傍のモニタリングルームでデータを取る」
「はい……」
 あまりに気乗りしないが、仕方がない。
 俺は気を取り直し、部屋を出た。

 †

「新崎」
 焉堂が部屋を出ていくと、哀子は部屋を出ようとした織を呼び止めた。
「はい?」
 織は足を止め振り返る。
「本気でやってもらって構わないといったが、本当に本気でやれよ。お前、そうしないと負けるぞ?」
 その言葉に織はむすっとする。
「負ける? 哀子さん、何言ってるんですか。いくら向こうの方の<力>が強いといっても、素人ですよ? ……まぁ私も所詮ドジですけどー」
 自嘲じみたことを言いながら、織は踵を返した。
「いや……、それもあるんだが、新崎。ちょっと焉堂に細工しておいたんでな」
 ぴたっと織の動きが止まる。
「……まさか、また……ですか?」
 哀子は満面の笑みを返す。
「許せ、新崎。こちらとしてもデータはきちんと取りたいんだ。それに、お前もたまには対人戦を経験しなければならんだろう。知能あるものと、本能で動く獣じゃ戦い方が違う」
 それは織も理解していることであった。しかし織はため息をつく。そして、振り返り、ニヤニヤしている哀子と修維の方を見て、この隊にいるものならだれでも分かるような結論を言った。
「そんなこといっても、哀子さんの暗示、強すぎるから結局獣と同じようなものじゃないですか」

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