小説『戦国御伽草子』
作者:50まい()

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「前田瑠螺蔚(まえだるらい)。前田喜六郎俊成(まえだきろくろうとしなり)。面を上げよ」



あたしが頭を上げると、ざわめきが人の上を走る。



「おお・・・」



「すばらしい。蕾(らい)殿によく似ておられる」



「まさに生き写し」



「蕾殿は真に美しい女性であられた」



「気高く、聡明でもあった」



「蕾殿を娶られた忠宗(ただむね)殿はほんに幸せ者よのう」



「御歳は確か16。家の息子も19でお似合いではないか?」



「いやいや何を言う。ここはやはり、家の息子と」



そんなものを聞きながら、あたしは内心ケッ、ふざけんじゃないわよと悪態をついていた。



そもそも老いぼれたくせに蕾殿、蕾殿、ってバカのひとつ覚えみたいに全く。からかうのもいい加減にして欲しい。



兄上ならまだしも、才色兼備といわれていた母上が、あたしと似つくわけないじゃんか。



美辞麗句ばっか並べ立てやがって。口だけのくせに。



勢い余ってふん、と鼻を鳴らしたら兄上に肘で小突かれた。



いけないいけない。今はあたしの活躍を若様直々にお誉めいただく、って言う、ありがた〜い席なんだったわ。誉めるのが鷹男(たかお)だから、ありがたみも何もあったもんじゃないけど。



「よって柴田の領地は全て召し上げる。残りの沙汰(さた)は、後に。前田、瑠螺蔚」



「はい」



「大儀であった。誉めてつかわす」



「過分なお言葉、ありがたき幸せにございます」



たったこれだけのために、朝からおっもい正装してずっと待ってたのよ。



ホント、あたし城仕えみたいな堅っ苦しいのってキライ。



つくづく、男じゃなくて良かったって思うわ。こんなのが毎日続くって考えたらノイローゼになるわよ!



















全て終わってから、あたしは鷹男に個人的に呼び出されて、こってりお説教を食らった。兄上には、先に帰ってもらっている。



「いいですか、姫。もうあんな危ないことをしてはなりません。怪我ならまだしも、命を落としていたら一体どうなさるおつもりだったんですか」



「そのときはそのときよ」



「姫。わたしは冗談で言っているのではありません」



「・・・わかったわ。もう二度とそんな危ないことしないから」



鷹男は溜息をついた。



「姫には口約束だけでは心もとないですね…」



「説教は高彬(たかあきら)と父上と兄上でお腹いっぱい。もう耳タコ」



「その高彬に今日は姫を送らせます」



「え?いいわよ別に」



「姫」



「…わかったわよ。気をつければいいんでしょ、気をつければ」



「本当にわかっていてくださるのならよろしいのですが…。高彬」



「は」



板戸の向こうから、声がした。



いつの間にいたのか。



「姫を送ってさし上げろ」



「は」




















「若殿も言われていたけれど、本当にもう危ないことはしないでくれよ。僕があの時偶然いたからよかったけれど、そうでなければ…考えたくもないよ」



「わかってるって!悪いと思ってるし感謝もしてる。何度も聞かされたわよ、それ!」



あたしは耳を押さえていった。



高彬のほうを向いて話していたから、どん、と人にぶつかった。



「あ、申し訳ござ…」



「姫?」



げ。



見覚えのある顔。



「亦柾(やくまさ)…」



「私の名を、覚えていてくださいましたか、北殿。愛息子の高彬殿と、こちらへは何をしに?」



「やめてよ。もうわかってるんでしょ?」



亦柾は笑った。



「前田の、瑠螺蔚姫でしたとは。これからも、末永いお付き合いを期待していますよ」



あたしに伸ばされた手を、高彬がさりげなくよけさせた。



あら?



「お久しぶりです、亦柾殿」



「これはこれは、高彬殿。貴殿はこんなところで一体何をしておられるのかな?退出するにはまだ早いと思うのだが」



…。



あたしは何か不穏な空気を感じて、そっと後ずさった。



ニコニコと無邪気に笑う高彬。



大人びた笑みを浮かべる亦柾。



「若殿から、許可をいただいたのですよ。瑠螺蔚さんを送っていって欲しいと言われましてね。なにしろ、僕と瑠螺蔚さんは、幼少の頃からの付き合いですからね。あっはっは」



「幼少、ね・・・。と、いうことはお二人はもう姉弟も同然ですか。螺蔚姫にとって高彬殿はきっと弟のようなものなのでしょうね。いや、そこまで仲がよくなられるとはお羨ましい。私など、螺蔚姫の夫とはなれても弟には到底なれませんからね。はははははは」



「あっはっはっはっは」



「ははははははははは」



「あーはははははは!!!」



「はっはっはっはっは!!!」



「ちょっと!高彬!」



あたしは高笑いしてる高彬の頭をぺしりとたたいた。



「あんた、なにをノンキに亦征と遊んでんのよ。帰るわよ」



「いやあ、ははは、残念ですね亦柾殿。もう少しお話したかったのですが」



「ははは、全くですよ。あ、螺蔚姫」



「瑠螺蔚よ!!」



怒鳴り返しながら振り返ったら、不意に亦柾に強く腕を引かれた。



「私の正室の座は、いつでも螺蔚姫のために空けてありますから」



耳元でそう囁かれる。



「結構です!」



あたしが繰り出した平手をひょいっとよけて、亦柾は笑いながら去っていった。



「では、また会いましょう、螺蔚姫」



「瑠螺蔚だってば!」



亦柾の背に、べーっとあたしは舌を出してやった。

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