小説『戦国御伽草子』
作者:50まい()

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何なのだこれは。



あたしは呆然と、目の前にあるそれを見た。



こんもりとてんこ盛りに土間にある、それ。いや、それら。



譬(たと)えるならば、かの雄大な富士がまるで雪化粧をしたかのようなーーー・・・。



って、流石に無理があるわ。



あたしは、頬をひくつかせながら、隣で困ったように眉を下げて苦笑いをしている兄上を見た。



「…ねぇ、兄上。これ、何」



「文のようだね」



さらりと兄上は答える。



「………」



「………」



ふたりして、それを見る。



文。確かに、文。



それにしても、この量は異常だ。



こんもりと、か〜な〜り〜ムリをして譬えるならば、雄大な雪化粧の富士のように積み上げられたそれは、膨大な量の、文の山。



「…ねぇ、兄上。あたしの気のせいかもしれないけど、宛名、瑠螺蔚(るらい)って書いてない?」



「そのようだね」



これまたさらりと、兄上は答える。




「で、さぁ。これってあんまり考えたくないんだけど、もしかして…」




「求婚の恋文だね」



「な、何でこんなにたくさん、しかも一度にくるのよ!?そりゃぁ今迄だって来てたけど!でもこの時期タイミングで来るって事は、明らかに、前田家の瑠螺蔚が使える、って欲に目が眩んだ奴らばっかりじゃないのっっ!流石のあたしでも、そんな奴らとは結婚なんてしたくなーーーーーーいっ!」



あたしは足で文を蹴散らすと、どかどかと文を踏みつぶして(洒落じゃないわよ)土間に上がりこんだ。



「兄上、それ全部燃やして。父上に見せるまでもないわ。…あ、ううん。父上、もう見てるかも」



「瑠螺蔚?何処に行くんだい?」



「父上に会いにいってくる。バカなこと、考えないように釘刺してくるわ」




















「おお、瑠螺蔚、何か用かな?実は今、おまえに会いに行こうとしていたところなのですぞ」



「え〜と・・・父上、あの文は見た?」



「ううむ。勿論見たとも」



チッ。やっぱり見たのか。



「見たが、のう。いやはや、全く惜しいことじゃ。もうすこぅし、早く文がきていればなぁ…。あの約束がなければ…」



ひとり言のようにぼそりと付け加えられた言葉をあたしは聞き逃さなかった。



「約束!?」



あたしは叫んだ。



「約束、って何なの、父上!」



「え、あ、いや、なんでも…」



「なんでもないわけないでしょう!何なの、父上!はっきり言わないと…」



あたしは腕を組んでじり、と父上ににじり寄った。



父上が青くなって叫ぶ。



「わ、わかった!」



「最初っから素直にそう言っていればいいのよ」



「益々蕾(らい)に似てきよって…。蕾もすぅぐそうやってわしを脅して…」



「今母上の話はどうでもいいのよ。約束、って、何なの?」



「じ、実は、た、高彬(たかあきら)にのう」



「高彬がなんだっての」



「た、高彬におまえをやると約束して…」



「はぁ!?どおいうことよっ!!」



あたしは父上の襟首をがしっと掴んだ。



父上が震え上がる。



「いいやっ!瑠螺蔚や!よく考えてもみい!佐々家は若殿の後見にもついているし、手を組んでおいて、得こそあれ、損は…」



「あたしはそんなことを聞いてんじゃないのよっ!」



あたしはぎりぎりと父上の首を締め付けた。



父上の顔が、青くなったり白くなったりする。



「ぐあっ、瑠螺蔚っ!老い先短い父に何を…」



「なんならここでその先を無くしてあげるわよぉっ!?」



「か、勝手に決めたことは悪いと思っておる!わしも最初は断ったのだ!けど、そう何度も頭を下げられると、わしも、つい…」



「つい、何よ!?」



「う〜っ、る、瑠螺蔚っ!わしは、まだ蕾に会いたくはない〜っ!蕾もまだ来るなといっておる〜っ!」



「気のせいよ!母上はいつでも父上を迎え入れる気でいるわ!手を拱(こまね)いて待ってるわ、父上!母上に会いたくはないの!?逝ってあげなさいよ〜…」



「瑠螺蔚〜っ!し、死ぬ!本当に死んでしまう〜っ!」



「ち〜ち〜う〜え〜!」



あたしは、ぱっと手を離した。



「父上!あたし、そんなこと、知らないからね!」



あたしはそう怒鳴ると、縮こまる父上を尻目にどかどかと何処へ行くでもなく、怒りのままに歩き出した。



覚悟はしてたけど。してたけどっつっ!よりにもよって、高彬だなんて!



そりゃぁ、そこいらの変な10や20も歳の離れた男よりは、高彬のほうがまだマシだって思うけどさ!



鼻息も荒く歩いていたあたしは、ふと、立ち止まった。



あれ、ここ、離れかしら。



興奮して歩いていたものだから、いつの間にか、離れに来てしまっていた。



ぐるりと周りを見渡したとき、目の端に、ちらりと赤いものが映った。



「…」



血が上っていた頭が一気に冷え、冷や汗がどっと出る。



何、今の。



あたしはもう一度、首をめぐらせた。



赤い、真っ赤な、障子。緋の墨を垂らしたかのように、障子紙一面に緋色が散っている。



それは、綺麗だと言うよりも、いっそのこと禍々しい。



あたしは、震える口元を押さえた。



なに、あれ。



あたしは、その障子にそろりと近寄る。息を詰めて、さっと一息に開け放った。



そこには、義母上と義姉上が、血に塗れて横たわっていた。

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