「な、なんだ貴様は!?」
カラワーナは警戒心を露わにして光の槍をカリフに向ける。
他の二人も既に臨戦態勢でカリフを囲んでいる。
だが、カリフはそんな状況にも関わらず……
「ふあぁぁぁぁぁぁ……」
大口を開けて欠伸をした。
あまりに呑気な姿に堕天使たちは怒りを燃やす。
「たかだか人間風情がここへ何しに来た!? それに貴様、この前私を虚仮にした奴だな!?」
「え〜、ドーナシークってばこんな馬鹿っぽい奴に逃げられたの〜?」
「黙れミッテルト!! お前がその気なら相手になるぞ!!」
「はいはい」
そう言って、ミッテルトが小馬鹿にしたように言う。
「あんたさぁ、よくこんなところに来れたよね? 本当に頭がおかしいとか?」
「まったくだ、人間というのはそんなことも分からないのか?」
「どうやらそのようだな……」
明らかにカリフを見下すようにほくそ笑んでいるが、カリフはそれを無視して三人に問う。
「お前等……たしか悪魔と関わる人間狩りをしてたな?」
「ん? あぁ、たしかにレイナーレさまはそんなことしてたな……」
「レイナーレ……目的は?」
カリフの質問に三人は笑いをこらえて震えた。
「くくく……そんなことするのにいちいち理由が必要か?」
「悪魔に魅入られた人間を罰するのは我等の役目。とは言っても今はもうどうでもいいことなのだがな」
「強いて言えば暇つぶしかな? きゃはははははは……!」
今回の人間狩り……首謀者はレイナーレとか言う奴……理由……無し
「もう聞きたいことはないか? それなら一気にしとめさせてもらうぞ」
ドーナシークが光の槍をカリフに突き立てる。
だが、カリフは依然として動く気配が無い。
そのことに彼等も不審に思う。
「どうした? 人間ならここで泣きわめく所だろう?」
「止めておけドーナシーク、怖くて動けんのだろう」
「何それ? ダッサー!」
個々にカリフを冒涜して笑うのだが、次の瞬間に状況が変わった。
「……」
「?」
無言でドーナシークの方を見て……
「うお!?」
ノータイムで何かをドーナシークに投げつけた。
なんだか匂いの強い、シャーベット状の物だった。
「……」
「……マジ?」
その光景を見ていたカラワーナミッテルトも絶句した。
そして、カリフはそんな光景に悦の表情を浮かべる。
「ふぅ〜……」
ポケットからウェットティッシュを取り出して手を吹いて一息入れると、ドーナシークが怒りを露わにする。
「馬鹿か貴様!!」
額に青筋を浮かべてカリフに叫ぶが、当の本人はまったく意に介さない。
「くせえな、お前」
「こ、この……」
自身から発せられる異臭から屈辱と怒りが湧いてくる。
そんな中、カリフがズボンのポケットに手を突っ込む。
「三人を相手にして無傷で自宅に帰り、朝食をとって夜まで寝る……お前等相手にこれを実行するのはそう難しいことじゃない」
「言ってくれるじゃん、ならどうするの?」
ミッテルトが明らかに見下して言うと、一瞬だけカリフの姿がブレた。
「は?」
「え?」
「なに?」
本当に何の前触れもなく姿を消したカリフに三人が気の抜いた声を出す。
だが、直後に事は起こった。
―――ボギャ
変な音が辺り一帯に轟いた。
「何だ今のは!?」
「え? え?」
ドーナシークとミッテルトはいきなりの出来事に辺りを見渡した。
だが、何も無い……だがしかし……
そんな思考が頭をよぎる中、不意にカラワーナの姿が目に入った。
「「!?」」
そして、絶句した。
「カ……カ……」
「カラワーナ!!」
思わず叫んだ。
何故?
それは……
「お前等相手にオレは“殺す”と意志表示するまでもない……思うだけで充分な程度なんだよお前等は」
首をダランと垂らし、舌を出して白目を向いて絶命しているカラワーナ、そして、そのカラワーナに肩車のようにしがみついて彼女の首を無理矢理曲げるカリフだった。
その後にカリフはカラワーナを上空へと投げ出す。
「オレがぶっ殺すと心の中で思ったのなら、その時すでに行動は終わっているからだ!!」
それと同時に特大のエネルギー波を手から出してカラワーナの遺体を飲み込む。
飲み込まれた遺体はその後落ちてくることもなく、跡形も無く朝日と共に霧散した。
上空に飛ばされたエネルギーはカリフの意志ですぐに霧散する。
「き、貴様……一体何を……!」
「お前……随分といい匂いになったじゃねえか?」
「おい無視するんじゃない! 貴様が一体何をしたかと…!!」
その時、カリフを指差していたドーナシークのの右腕が
何の前触れも無く
消し飛んだ。
「え?」
傍で見ていたミッテルトが声を出して呆然とする。
そして、遅れて状況を判断したドーナシークは……
「ぎやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!! な、なんだこれはっ!? 腕が、腕がああぁぁぁぁぁぁ!!」
耐え難い痛みに肩を抑えて地面を這いずりまわった。
立っていることさえままならないドーナシークが何かの気配を察知して後方を振り返る。
すると、そこには……
「な!?……あれは……!?」
「な、なんで……?」
そこにはさっきまで自分に付いていた右腕を咥える一体の巨大な狼の姿……圧倒的な存在感と威圧感と殺意を孕ませた魔物がいた。
もちろん、二人はその魔物を知っている。なぜなら、そいつは最上級の魔物だから……
「フェ、フェンリル……なぜ、北欧の魔物がこんな所に……」
痛みを忘れさせるほどの恐怖が二人を襲う中、カリフだけが笑いながら言った。
「オレのペットだ……そいつは他のオスの小便の臭いが心底嫌いな奴でね、名をドッグってんだ。美味しそうでいい名前だろう?」
その言葉にドーナシークは彼を怯えの表情で見た。
こんな伝説級の魔物を従えるなど人間では成し得ない。
だが、この空間で堂々とする様子から嘘とも思えない。
もはや目の前の存在は……人間じゃない!
悪魔でさえも、堕天使でさえも、天使でも神でさえも畏怖してしまう別の存在だ!!
「お前は……お前は一体何者だ……」
もはや見下すことさえできずに恐れを抱くドーナシークにカリフは未だに可笑しそうに笑いながら言った。
「ほらほら、速く逃げないと食われるぜ? そいつは懐きやすいが、オレ以外の認めたオス以外には容赦ないぜ? それにこいつは食い物ならなんでも好きなグルメだ……精々あがけや」
「はっ!?」
その言葉にドーナシークが振り返るとドッグと名付けられたフェンリルは既に腕を喰らい尽くし、獲物に向かって態勢を整える。
ここにきて、自分にかけられた物がなんであるかを認識した。これはフェンリルのエサなのだと……そして自分も……
「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
対峙する恐怖に耐えきれずにドーナシークは翼で逃げだすも、ドッグは尋常ならざる速さで駆け出した。
そして、ミッテルトたちの視界まで消えたのを確認すると、次にカリフはミッテルトを見据える。
「ひっ!」
もはや怯え、腰を抜かして失禁するミッテルトをカリフの鋭い視線が襲う。
もしかしたら、自分たちはとんでもない存在と対峙してるのでは……
もはや当初の見下した態度も無く、ミッテルトはその場で土下座をした。
「ごめんなさい!! もう許してください!! 何でもしますから命だけは!!」
自分の体液に濡れるのも気にせずに額を地面にこすり合わせる。
顔も涙でグチャグチャになる中、カリフは静かに口を開いた。
「なら聞かせろ……あの変態白髪を焚きつけて人間狩りを画策した張本人の名は?」
意外にも近づいて来て自分の目線にまで屈んで優しげに聞いてくるカリフに少しの希望が湧いた。
もしや、助かるのでは…と希望を抱いた。
「レイナーレさ……レイナーレという堕天使がこのことを画策したんです!! 私はただそいつに利用されてただけで……!」
「ほう……そいつが……この街に堕天使を集めてると……?」
「は、はい……」
ビクビクしながら答えるミッテルトにカリフは顎に手をやる。
(堕天使が半ば強引に表舞台に介入してきてる……アザゼルでもこんなことはしねえよな……)
考えてもそれ以上は分からなかった。
だが、もとより関係などない。
「いいだろう……貴様に苦痛を与えるようなことはしない。オレもそこまでサドじゃねえ」
「は、はい!」
カリフは満面の笑みで死の恐怖から解き放たれたミッテルトを見据えて笑う。
そして……
―――ビチャ
ミッテルトの背後から現れたもう一匹のフェンリルがミッテルトの頭を噛み潰した。
何の前触れも無く司令塔を失ったミッテルトの体は首の部分から大量の血が噴出し、崩れるように倒れる。
頬に付いた返り血を舌で舐め取り、冷たい目で見降ろす。
「よかったなぁ……苦痛を感じず、笑って逝けたんだからなぁ……おいウルフ」
「ワウ?」
「残すな」
「ワウ!」
ウルフと呼ばれたフェンリルはそのままミッテルト“だった”死体に齧り付いた。
―――バキャ、ベキ、ゴキ、バリバリ
骨を砕くような音を鳴らしながら目の前の“エサ”を腹の中に収めていく。
それを見ていると、後ろからもドッグの気配を感じた。
振り向くと、そこには口周りを血で濡らしたドッグが佇んでいた。
「もうやったか? じゃあこれからオレの言うことに従って動けよ?」
「ワン!」
返事を返す殊勝なペットに笑みが零れる。
「お前たちはオレの家付近を小さくなって見張れ。小猫や朱乃……あの学園のメンツなら警戒はしてろ。堕天使なら速攻食え。だけど親は間違っても食うんじゃねえぞ」
その命令に二匹は首を縦に振り、すぐに魔力で体を小さくする。
すると、全て食べ切ったフェンリルはそのまま森の中を駆けて行った。
「ふむ……後はヒマだからどっかで寝るか。さすがに疲れた」
そう言いながら森の中でどこか寝れそうな場所を探している。
そして、手頃な木の上の場所を見つけると、そこに寝転がる。
(夜まではどうせ暇だな……準備はとっくにできたから後は待つだけ……そうだな、小猫と朱乃には死なれると困るから声くらいはかけてやるか……)
やがて、眠気に身を任せて眠りにつく。
そして、起きた時には既に夕焼けが光っていた時だった。
「ふあ〜……」
背伸びしながら起き上がり、寝ぼけ眼で今の時間を大体把握する。
「……そろそろ動こうかな」
だけど、今は若干小腹がすいてる……部室に戻るか
あそこならお菓子も結構あったはずだし。
「……行くか」
そうと決まれば後は向かうだけ。
カリフは舞空術で夕焼の街の上空へ飛びたったのだった。
◆
そして、あっという間に部室前に着いたのだった。
(腹減った)
とりあえず部屋に入って何か食べよう。
「……!」
「……!」
中でなんか眷族がどうとかアーシアがどうとか言ってるが、それよりもこの空腹の方が一大事だ。
そのまま部屋へと入った。
「あなたの行動が私や他の部員にも多大な影響を及ぼすの! それを自覚しなさい!」
「それなら俺を眷族から外して下さい! 俺は個人でアーシアを助けに行きます!」
「そんなことできるわけないでしょう! あなたはどうして分かってくれないの!?」
なにやら揉めているが、そんなこと知ったことじゃない。
カリフは部室のロッカーからスナックの菓子を三袋くらい取り出してもう一度戻ろうとする。
しかし、その部屋のソファーの上で佇む小猫の姿を見て理解した。
(……どうりでリアスの言葉に“真実”が見えない訳だ……イッセーを煽ってんのか?)
長年、嘘を毛嫌いしてきたカリフだから分かる。今のリアスからは怒りを全く感じないのだから。
(知らないのはイッセーだけか……わざわざ出張らなくてもオレ一人で充分だっつーの)
余計な物が付いてくると悟ったカリフが溜息を洩らしながら小猫の元へと近づく。
「……どこ行ってたの?」
「準備」
小猫は少し驚いてはいたが、いつものようにクールさを保つ。
そんな小猫の肩にカリフの手が触れた。
「……セクハラ」
「興味無いね」
両親を心配させたことに対して毒を吐くも、間髪入れずに撃退されて少し落ちこむ。
そんな時、カリフの言葉に驚愕した。
「お前等……今夜に堕天使とドンパチする気だろ?」
「!!」
急にこれからのプランを言い当てられたことに目を見開いて驚愕を露わにした。
「一段と集中してるから闘気と気合が昂ぶっているのを感じた……木場も同じ様に臨戦態勢に入ってるからすぐに分かったぞ。それに戦いに向けて体を動かしたな? 普段よりも体温も発汗量も上がっている……」
「……もう突っ込まない」
奇妙奇天烈すぎる幼馴染に小猫は溜息を吐いてお菓子を頬張ろうとする。
そんな時、カリフは何気なく言った。
「お前等には恨みも無いし、親の面倒を見てくれてるからな……これだけは言っておく」
カリフは菓子の袋の一つを開ける。
「オレの“前”には立つなよ? 死にたくなければな」
「……?」
そう言いながらカリフは悠々と部室を出て行った。
小猫にはその言葉の真意が分からずに首を小さく傾げたが、頭の中に留めておくことにした。
傍で聞き耳を立てていた木場が小猫の元へと近づく。
「どういう意味なのかな?」
「……分かりません」
「そうだよね……」
「ですが……」
「?」
木場は爽やかスマイルを崩して小猫の考えを聞いた。
「……カリフくんが嘘を吐くとは思えません……彼はやると言ったことは必ずしますから……」
「……そっか。一応そっちも注意しよっか?」
「はい」
とりあえずは木場にだけでも伝えられてよかった、後は皆にも伝えていこう。
その行動が後の戦いの分かれ目となることも知らずに……
「……どうやら終わったようだね」
「はい」
二人の視線の先には既にリアスと話を終え、一人だけとなったイッセーの姿があった。
だが、その瞳は燃えていた。
イッセーは昼に泊めていたアーシアを外に連れ出して二人で遊び回った。
そんな時、レイナーレと名乗る堕天使が現れてアーシアを連れ去られた。
イッセーも抵抗したのに全く歯が立たなかった。
何もできない自分が、弱い自分が、女の子一人守れない自分が嫌いになった。
なら、どうする?
(あぁ! 決まってる!!)
イッセーは再び誓う。
誰に?
弱い自分に
「復讐(リベンジ)だ!」
彼は……兵藤一誠は再び立ち上がる。
これまでの自分と決別する一歩を踏み出すために……
「兵藤くん」
そのためにも、今は仲間が必要だ。
「木場……お前に頼みがある……」
俺こと兵藤一誠……今日を以て男になってやる!