レイナーレが消えた今、俺たちにはもう一つやることがあった。
全員がアーシアの方へ向き直り、今後の方針を決める。
「アーシア、この前の話は考えてくれた?」
「は、はい……」
そう言ってアーシアはこの前に部長から預かった手紙を見せてきた。
たまにその手紙を見てなにやら溜息をついてたな……
そう思っていると、アーシアは口を開いた。
「私……まだどこかで迷っているんだと思います……今まで主にすがってきたんです……だから魅力的に思えるのですが、中々その一歩を踏み出せなくて……」
「まあそうよね、純粋なシスターに悪魔への転生を進めること自体が異例中の異例ですものね」
あ〜……悪魔への転生ってええええぇぇぇぇぇぇ!?
そんな話が持ち上がっていたんですか!?
「彼女の神器はあらゆる傷を治すからね。部長もそこに魅力を感じたんじゃないかな?」
「ですが、彼女は悪魔を認めるような発言をしましたし、なにより神器を抜かれかかったんですから……今後を考えるなら堕天使の下を離れた方が賢明かと思って部長が進めているのですわ」
木場と朱乃さんが補足するように言ってくる。
なるほど……確かにそれなら俺もアーシアと一緒にいられるからな。
だけど、それは今まで縋ってきた物に対する決別を意味しているんだ……いくら魅力的でもそう簡単に決めることはできないんだろうな……
俺がそう思っていると、カリフが出てきた。
「いいんじゃねえの?」
「え?」
全員の視線がカリフへと集まる。
カリフは顔を俯かせて顔が見えていないが、そんなことは関係ないように続けた。
「オレの前では誰も隠し事はできない……お前は既に答えを決めているはず……だが、お前にはそれを決断する“勇気”と“覚悟”が無い……違うか?」
「そ、それは……」
「確かに新しいことをするには不安もあろう、悩みもあろう……だが、それこそが乗り越えなければならん試練なのだ」
「し、試練……ですか?」
カリフは破けた袖部分を拾いながら言う。
「それは『試練』だ……過去に打ち勝てという『試練』だとオレは思う。人の成長は……未熟な過去に打ち勝つことだとな……」
「……」
「そして、『試練』とは他力本願で耐えしのぶことではなく、己の力で障害を払いのけ、自分を強くしてくれる栄光への扉だ」
アーシアは今まで自分の不幸を神様の試練だと思っていた。
『思いこんで』、苦痛を誤魔化していたとカリフは思っているだろうな……
そして、カリフはこうも言った。
『未来は自分で掴み取れ』……と。
アーシアはここで閉ざしていた口を開こうとするが……
「……それは……」
「それともう一つだ……」
「?」
「もう、解き放たれてもいいんじゃないか?」
「!!」
アーシアの話を遮ったカリフの言葉にアーシアの体が震える。
「主とか言う奴に縛られ、欲望を抑えられ、住んでいた場所を与えられては捨てられる……もうそいつの操り人形になるのにも疲れたろう?」
「で、ですが……それでは……」
「いいじゃねえか……お前の考えは固すぎる……イッセーみてえに適当になってみても悪かねえさ」
「おいおい、俺ってそんなに適当かよ」
思わず苦笑してしまう。
そうさ、アーシアはもう幸せになるべきなんだ……友達も作ったり……
そう思っていると、カリフは再び宙へと飛んだ。
「ま、それはお前の人生だ。お前の好きにすりゃいい」
「え、あの……カリフさん……でしたよね?」
「ああ、そうだが?」
「その……ありがとうございます!」
アーシアはそう言って頭を下げるのをカリフはキョトンとし、すぐに鼻を鳴らして心外そうに言う。
「別に、オレはオレのために戦っただけにすぎん……お前に礼を言われる筋合いも謂われも無い」
「……これからどうするの?」
「寝る。今日はなんか疲れた」
小猫ちゃんに答えると、カリフはすぐにその場から飛びたって行った。
果てしない夜空の彼方へ……
どこまでも
どこまでも……
「……で、今まで黙ってきたけど、オレのベッドでいつまで寝てる気だ?」
「……これはずっと私が使ってきた……」
「……」
カリフは未だに部屋の隅で寝ている。
だけど、確かにこのベッドはもう小猫の物になっているのだろうと思い、何も追求はしない。
「今度、新しいベッドを買うか……そろそろ暑苦しくなってきたからな」
「あらあら、そんなこと言わないで私と寝ても構わないんですのよ?」
「いや、オレは寝ているとき、すぐ近くに気配があるのが我慢できん……たとえ見知った奴でもな」
その場にいた朱乃の提案を突っぱねた。
そうとだけ言うと、朱乃は少し残念そうに俯いた。
「……この部屋にオレの断りなく入れるとはな、親は何を考えてやがる……くそ」
「今日はいつもの時間に起きなかったからお迎えに上がりましたわ。よっぽど疲れてたんですね」
「……マジでか?」
「はい。うふふ」
そう言って壁時計を見ると、確かに時間は朝の七時……寝過した。
昨日は色々とらしくないことしたから変な気持ちになって寝付けなかったのかもしれない……それに対して、反省していると、小猫が昨日の出来事を語り出す。
「あの後、アーシア先輩は転生して悪魔になったよ。そして、部長の眷族となって学園に入学するの。カリフくんと同じ時期に」
「……そうか。ま、それも道……だな」
頭を掻きながら言うと、朱乃がクスクス笑う。
「心配してましたか?」
「違うな。ああいった感じでウジウジする奴を見てるとムカつくんだよ……ま、奴の能力を少し借りたかったからよかったかもな」
「あらあら……それだけですの?」
「いや、奴自身には恨みはねえし、言いたいことを言ってやっただけってのもある」
そう言うと、朱乃は優しくカリフを胸に抱いた。
朱乃の方が身長が高いから胸のふくらみがもろに顔に当たる。
カリフは怪訝そうに尋ねた。
「……なんのつもりだ?」
「いえ、なんだか安心してしまいまして……」
「安心? なにを?」
「カリフくんが本当に変わらないでいてくれたこと……」
今度は小猫が服の裾を掴んできた。
その手は小さく震えてもいた。
「あの神父と戦っている時のカリフくん……すごく怖かった……まるで力に呑まれた時の姉さまみたいだった……」
「けれど、カリフくんの素直さ、真っ直ぐな心を昨日になって気付きましたの……」
二人がそこまで言うと、カリフは急に姿を消すようにドアを越えた場所に瞬間移動する。
「あ、」
「あら?」
急に支えが消えて小猫と朱乃は互いに体が傾いて支え合う形になる。
そんな二人へカリフが言った。
「言ったはずだ、オレは変わる気はないし、恥とも思わない……これが本当のオレであり、カリフという唯一の存在だ」
前にも言った答え、小猫と朱乃の二人はキョトンとした様子から互いに見合ってクスっと笑う。
「ニヤニヤして気持ち悪いぞ。それと、あまりオレに密着するな。寝起きで避けるのもめんどくさかったが、人前では絶対にやるんじゃねえぞ」
そう言いながらリビングへと向かおうとするカリフに朱乃は呼びかけた。
「今日は新しい部員ができた記念にパーティーをしますの。夕方の六時に部室に来ませんか?」
その瞬間、カリフはピタっと止まったまま動かずに聞いてきた。
「……飯」
「多分出る」
「行く」
カリフの母親から伝授してもらった通りにカリフを誘うと、簡単に引っ掛かってくれた。
そのことに小猫は溜息を洩らし、朱乃は結構素直だったカリフにクスクスと笑う。
「?」
この時だけは二人の反応がよく分からなくなったカリフだった。
こうして日々は移り変わる。
悪魔と天使、堕天使、そして人間
三つ巴の世界にまた一つ、革新が起ころうとしていた。
この神々の営みの中で彼は何を見出すのか……だれにも分からない……
『ハイスクールD×B〜サイヤと悪魔の体現者〜』開幕!!