ライザーの訪問から一日が明けた。
あの後、それぞれ解散してその翌日はリアスから召集をかけられた。
元々、リアス自身もライザー戦に向けて特訓はするつもりだったのが準備の速さから窺える。
そして、全員が集まって修業が始まった。
今、俺ことイッセーはひーひー言って尋常じゃない量の荷物を背負って山を登っていた。
「ひーひー……」
既に虫の息となっている俺を坂の上から部長たちが檄を飛ばす。
「ほら、イッセー。早くなさい」
その隣ではアーシアが俺を心配そうに俺を見ている。
「あの……私も手伝いますから……」
「いいのよ、あれくらいできなければ強く、この合宿を生き残れないわ」
「え、いくらなんでも死ぬなんて……」
「今回の修業の計画はカリフが自分から申し出たの……それはもう張り切ってね」
「……」
意外な答えにアーシアは驚きながらも黙ってしまった。
ていうか俺も前途多難っつうか不安しかないんですけど! もう前半から死にそうなんすけど!
カリフにこんなことさせちゃ駄目ですって!
そう思っていると、後ろから俺よりも重そうな荷物を背負って木場が俺を追い越した。
「部長、山菜を摘んできました。夜の食材にしましょう」
俺は苦もなく追い抜かしていく木場に言葉を失っていると、さらに後ろから一番重いんじゃないかと言わんばかりの荷物を背負った小猫ちゃんにも追い抜かされた。
「……お先に」
横からの一言に俺の先輩としての意地に火が付いた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
全力で山を駆け上る!! 死ぬ!! もうだめっ!
こんなことを繰り返して俺たちはカリフが先で待っている待ち合わせ場所へ辿り着いたのだった。
「なんだ? 遅かったじゃないか?」
木造の別荘の前でカリフが逆立ちして足に近くでくり抜いた目測で100キロはあろう地面の塊を乗せて片手で腕立てをやっていたのを見て思った。
俺、十日後まで生き残れるかな……?
カリフは考えていた。
イッセーのことについて。
初めて別荘に辿り着いた時のイッセーを見つけた時に彼は結論に至った。
(……どうやら“あの”メニューをさせるしかねえか……)
そう思いながら、宛がわれたのベッドに寝転がる。
そして、個室の天井を見上げて呟いた。
「まさかこの別荘が普段、魔力で風景と同化して人目を避けているとはな……魔力の方が気よりも用途が多いな……」
そう呟きながら着替えている面子を待っていると、部屋に朱乃が入ってきた。
山を登る時の私服でなく、学園の体操服だった。
「もう皆さんの準備はできましたわ」
「あぁ、さて、それじゃあひよっこ共を鍛えてやるとするか」
カリフはベッドから跳び起きて立つ。
「張り切ってますわね」
「最近はずっと退屈だったんでね、鍛えがいがあるぜ」
そう言って朱乃の後に付いて行くのだった。
全員が着替え終わって、庭に集合していると、そこへやってきたカリフが勢いよく瞬間移動で現れた。
「うわ!」
「!!」
イッセーとアーシアは急に現れたカリフに驚愕するも、他の面子は案外普通にしている。
「さて、じゃあこれから修業だが……リアスの計画をちょい見して」
「ええ、流石に全員分の修業は計画できなかったけど、イッセーのはできてるわ」
「え? 俺のだけっすか?」
不思議そうにするイッセーだが、カリフはリアスから貰った計画表を見ながら呟いた。
「そりゃそうだ。お前は他の奴よりも圧倒的に経験が足りないからな……何でもやらせて戦いの感じを掴まなければ始まらん。アーシアもな」
「そ、そうだよな……!」
「が、頑張ります!」
イッセーとアーシアは戸惑いながらも強く返すと、カリフがリアスに計画表を返す。
「まあ、これが正攻法だな……ひとまずはこれでいいだろう」
「そう? ありがとう……それじゃあ……」
「ああ、戦いに関してはオレが指揮させてもらうぜ」
ひとまず返した後、カリフは全員の前に出て普通に言う。
「そうだな……まずは個人の実力判定のために木場、小猫、朱乃はオレと軽く戦うぞ。修業前だから怪我はさせねえ程度にする」
「うん」
「……(コク)」
「あらあら、個人レッスンですか? うふふ……」
三者三様に気合を入れて望む。
「イッセーとアーシアは見学だ。見るだけでも盗める物はあるからな」
「あぁ!」
「はい!」
「んじゃ、まずは木場!」
カリフが木場を呼びながら庭の中央にまで歩み寄ると、木場もカリフと相対するように庭の中央へ出る。
皆は離れた場所で観戦するために距離をとる。
「ふふ……君とは一度戦ってみたかったんだ……よろしく頼むよ」
「あ〜ら、そっちからデートの誘いとは嬉しいね〜……そんじゃ、これから一緒にダンスとしゃれこもうや」
そう言ってカリフは上着のパーカーを勢いよく脱ぐと、辺りに旋風が巻き起こった。
「あれは……」
「……あらあら……」
「……すごい」
「はわ〜……」
「す、すげえ……」
カリフの無駄な筋肉のないスラっとした体に全員が感心すると同時に、驚愕していた。
体に残る幾つもの古傷がイッセーたちを驚かせていた。
昔に深く負ったであろう消えない傷を見る限り、どれだけの修羅場を駆け抜けてきたのかを垣間見た気がした。
木場も生唾を飲み込みながら剣を強く握る。
それを見たカリフは腰を低くして構えた。
「……来い」
「それじゃあ……お言葉に甘えて!」
その瞬間、木場の姿が一瞬にして消えた。
イッセーたちには捉えきれない速度だったが、カリフは目でしっかりと捉え、手だけを動かして指二本で木場の剣を受け止める。
「!?」
指で受け止められたことに驚愕する木場にカリフは剣をチョキで挟みこんで投げ飛ばす。
「くっ!」
空中で態勢を立て直して再びその場から消える木場だが、そこでカリフは嘆息した。
「速いし、斬れ味も悪くない……だが、スピードなら……」
そう言った瞬間、カリフもその場から消え……
「なっ!?」
高速移動していた木場の背後をとってしがみ付き、動きを封じた。
「オレも少し自信がある」
「ぐっ!」
そう言った瞬間、皆に目視できるくらいに減速した木場は地面に倒れ伏し、カリフは直前に飛び退いて木場から距離をとった。
「祐斗先輩がスピードで負けた……」
小猫が小さく、皆の気持ちを代弁するかのように驚いていた。
スピードが最大の特性であるナイト……そのナイトがスピード勝負で完全に圧倒されていたのだからリアスのショックも大きかった。
だが、カリフは起き上がってくる木場を見て言った。
「今の内に教えてやろう! お前の弱点を!! まず一つ!」
カリフは手を手刀に変えて再び木場の前から姿を消す。
「!?」
目にも止まらぬ早業で木場の眼前にまで近付く。
木場も咄嗟剣で防御するが、カリフは防御の隙間を狙って木場の服を掴む。
「腕力というものがまるでねえ! なさすぎる! 今回みたいに捕まったらスピードもクソもねえ! まずは最低でもスピードに見合うだけのパワーを身に付けろ!!」
「うわ!」
一本背負いの要領で木場を投げ飛ばした!
木場も力強く投げ飛ばされ、態勢も整えられないまま地面を転げる。
「そこまで!!」
ここで部長が試合終了の合図を出した。
カリフは構えを解き、木場も苦笑しながら立ち上がる。
「今は様子見だ。修業の時は投げ以外も使うからそのつもりで」
「うん……そうでなきゃ意味が無いからね……ありがとう」
「いや、こっちも少しは楽しめたぞ? 礼にこれからは祐斗と呼ぼう」
「はは、それは光栄だね」
爽やかに笑ってギャラリーに戻っていくと、次は小猫がカリフの前にまで来た。
「よろしく……」
「ん」
そう言って小猫がファイティングポーズを取ると、カリフも口笛を吹いて感心する。
「ボクシングか……どっかで習ったか?」
「冥界のジムで……」
「上等! さぁ〜て、そんじゃあこっちから行くか」
「!!」
軽く、緊張感のない声で近付いてくるが、俊敏な動きに小猫も後ろに引いた。
さっきの木場との一戦で見せたような速さでなく、まるでヘビのように自在な動きであるためにどこから来るのか予想が難しくなる。
そして、カリフが攻撃した……ジャブで
「!!」
小猫はなんとか防御するが、予想以上の衝撃に腕が痺れた。
(こ、これがジャブ……まるで大振りのストレートみたい……!)
カリフはあくまで左のジャブを放っただけであり、あまり腰を入れたつもりも無かった。
故に小猫も踏ん張って負けじと高速のジャブをカリフに仕掛けるが、上半身の柔らかい動きだけで避けられる。
「ボクシングを習ったのはグレートだ。突きに関してボクシングは最強と言っても過言ではない」
「くっ!」
避けながら褒めてくるカリフにムキになった小猫は足に蹴りを繰り出してカリフの腿に当たる。
(良し!)
綺麗に入った蹴りに顔に出さずに確信した。
しかし、
「腿を狙うとは通で上策だな……」
「!?」
カリフに効いた様子は無く、むしろ肥大化して丸太のような腿を見て驚愕する。
「だが、安心したな? 『当てたから終わった』などと堕落したな?」
「しまっ!?」
その隙にカリフは小猫の胸倉を掴んで足払いをかける。
直前に小猫が振り払おうとするが、時すでに遅く投げられた。
「…っ!!」
正確には投げられたのではなく、“一回転”させられて再び足を地面に付けさせられた。
あまりに繊細で豪快な柔術に小猫は一瞬味わった衝撃に生唾を飲み込んで戦慄していると、急に頭を撫でられた。
「にゃ…!」
「振り払おうとした時に分かった、あの振り払いは柔道に似ていた……てことは寝技も習得するとは中々やる……だが、今のお前には“油断”に加えてまだまだ粗い……やることも多々ある」
「にゃう!」
撫でていたと思ったら急に額にデコピンを喰らって小猫が可愛らしく声を上げる。
「“また”油断したな?」
「……こんなやり方は好きじゃない」
「だが、世の中はそんなに甘くないぜ?」
額をさすりながらの皮肉をアッサリと返されて不服そうにするも、仕方ないと思って帰る。
「小猫でさえも簡単にあしらうなんて……」
「す、凄いです……」
「つえぇ……」
「だね、だけど凄いのはそこだけじゃないよ」
「どういうことだよ?」
木場の一言にイッセーが尋ねると、爽やかな笑顔で返す。
「彼は僕たちの癖を瞬時に見抜いて対処してる……傍から見てそれを感じるよ」
「そ、そんなことが……」
「よく分かったな祐斗、そして、イッセー。これがお前の覚えるべき点だ」
話を聞いていたカリフがイッセーに言ってきた。
「お、俺にそんなことができるのか……?」
「できる、できないじゃない……やれ。でなければお前は負ける」
そうとだけ言うと、イッセーは何か言いたそうだが、何も言わずに黙った。
そして、続けて朱乃を誘う。
「カモ〜ン、オレと付き合ってくれや」
「あらあら、随分と張り切ってますわね」
「少しテンション上がってきたからな」
朱乃は金色のオーラを全開にしてきた。
「いきなりフルスロットルか……主体は雷の遠隔攻撃だな?」
「うふふ……こういうデートは苦手ですか?」
「グッド……刺激的で熱いじゃねえか……俺に弾幕合戦とは恐れ入るぜ」
カリフは奇妙なポーズを取って宣言した。
「オレはお前に……近付かない!」
「あらあら、それでは容赦なくいかせてもらいますわ……あなたはお強いので」
「む?」
気付いた時には既にカリフの頭上に雷が轟いていた。
それに気付くと、バックステップで難なく避けた。
雷は地面を削って土埃を巻き上げるが、カリフも負けじと手に気弾を出す。
「!?」
咄嗟に結界を出して気弾を防御して耐えきった。
「気を弾にできますの?」
「まあな、一歳くらいでできた」
「うふふ、それはすごいですわ」
そう言いながら朱乃は無数の雷を繰り出し、カリフも気弾で応戦する。
互いが相殺しあって打ち消し合う中、カリフは口を開いた。
「いい塩梅の攻撃だ……威力も中々で連射も可能か……並の奴では瞬殺だろうな」
「うふふ、ありがとうございます」
「だが……燃費が悪いようだな。僅かだが精度も落ちてきてる」
「……」
言い当てられたことに無言の肯定をする朱乃だが、カリフはここで戦法を変えた。
二、三個の弾だけを作り出して投げた。
「無駄ですわ!」
そう言って雷を広範囲に展開させて弾ごとカリフを飲み込もうとするが、カリフは笑って返した。
「その攻撃は強力だが、その分無駄も多い!! それこそがスタミナ切れに繋がるのだ!! もっと攻撃をコントロールしろ!」
例を見せるかのように弾は急に意思を持ったかのように攻撃を避けるように動き出して朱乃の元へと向かっていく。
「!?」
またも、結界を出して防ぐが、その隙にカリフも仕掛ける。
「スプーン!」
ライザーの時に見せた動きで朱乃の雷を手中に治める。
そして、それを朱乃に向けて投げて朱乃の結界へぶつける。
「あぁ!」
遂に結界は壊され、最後にカリフは中腰になった。
「最小限の動きで最高のパフォーマンスだ……まずは集中力を高めな」
「くっ!!」
そう言ってカリフの手から強大なエネルギーが現れ、収束していく。
危機的に感じた朱乃は特大の雷をカリフに放ったが、遅かった。
「ギャリック……」
猛スピードで向かってくる雷を……
「砲!!」
赤いエネルギーが一瞬にして飲み込んだ!!
「これは!!」
明らかな質量差に朱乃は駄目押しで結界を張るが、感じる威圧に耐えきれないと判断した。
だが、直撃はさらに不味いと思って全力を結界に注ぎこもうとした時だった。
「ちょい」
カリフの指の動きに連動してエネルギー波が上空へと進路を変えて遥か彼方へ消え去っていった。
「……」
ポカンとする朱乃の前にまで来てカリフは手をパンパンと叩いて正気に戻す。
「よし、全て終わったぞ。戻っていい」
「え、えぇ……」
呆然とする面子の中へ朱乃が戻るのを確認すると、カリフは腕を組んで言った。
「正直、お前等が奴と戦うために必要な準備期間だが……正攻法で言っても十日は絶望的だ」
「「「「「「はっ!?」」」」」」
まさかの一言に全員が驚愕し、リアスが噛みついた。
「ちょっ、じゃあなんで十日に設定したのよ!?」
「いや、危機感を持たせるためだよ」
「えぇ!?」
まさかの策にイッセーも驚愕した。
ここに来てまさかの“背水の陣”戦法
あまりの無茶苦茶な作戦に対してカリフは再び続ける。
「監修はオレがするから……最長で五日で万全の状態を作るぞ。その後はリアスの訓練で疲れを溜めずに調整していく」
「い、五日……」
「そうだ。そして、その五日で……」
イッセーを見据えてとんでもないことを言い放った。
「イッセーを禁手(バランスブレイカー)に至る寸前、もしくはいつ至っても一分くらい維持できるくらいにシゴキあげる。そして、実力も最低は生身で中級悪魔くらいに底上げさせる」
「「「「!!」」」」
「えっと……バラン……何だって?」
まさかの修羅の道に全員が驚愕し、当の本人は状況を全く分かっていなかった。
こうして、地獄の合宿が始まったのだった……