小説『ハイスクールD×B〜サイヤと悪魔の体現者〜』
作者:生まれ変わった人()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

前書き:今回、妹の小鳩ちゃんという設定が破綻してしまったので新たに別作品からのヒロインを用意しようと思います。
そうでないと原作ばっかに忠実過ぎたら原作に追いついてしまうので……







本当は忘れたかったのかもしれない……復讐を忘れてこのままの日々を過ごすことに不満は無かった。

むしろ満たされていた。このままでいいんじゃないか?……て

だけど、同志たちが復讐を願っているのなら僕も憎悪の剣を振らなければならないんじゃないかって……

だが、そんな呪縛も解き放たれた。

同志たちは復讐なんて望んでいなかった。

ただ自分の分まで生きて欲しいって……!

「だが、全てが終わったわけじゃない」

そう、目の前の邪悪を滅しない限り悲劇は続く。

「バルパー・ガリレイ。あなたを滅ぼさない限り第二、第三の僕たちが生まれる」
「ふん、研究に犠牲はつきものだというものだ。昔からそういうものだ」

やはりあなたは危険過ぎる!

「木場ぁぁぁぁぁぁぁぁ! フリードの野郎とエクスカリバーをぶっ叩けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

―――イッセーくん

「お前はグレモリー眷族の『騎士』で俺の仲間だ! ダチなんだよ! あいつ等の無念晴らしてやれぇぇぇぇぇぇぇ!!」

キミは……少しスケベだけど、誰よりも熱くて誰よりも優しいね……自分のことを省みずに僕を見捨てなかった……

「祐斗! 決着を付けなさい! あなたは私の『騎士』だからエクスカリバーごときに遅れは取らないはずよ!」
「祐斗くん! 信じてますわ!」

リアス部長……朱乃さん……

「……祐斗先輩!」
「ファイトです!」

小猫ちゃん……アーシアさん……

そして、一番意外な人からも激励をもらう。

「祐斗ぉ! ここがお前の分岐点だ! ここでケリ付けられねばこの先は地獄でしかない! ここで死んで楽になるか、生き延びて奴らの想いと共に生きて戦い抜くか! 決めるのはお前だ!! もしその気があるなら……勝ってオレに一歩近づいて見せろ!!」

カリフくん……君は普段から僕らと同調はしないけど僕たちを信じてくれている。

ならば応えよう……君の、皆の期待に!!

「うぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 折角良い気持ちだったのにダイッキライな歌なんて歌われて玉のお肌がガサガサになっちったよぉぉぉぉ!! もう決めた! お前等刻んで落ち着くことにしますわ!!」

フリード・セルゼン……この者の中にある同志たちの魂をこれ以上悪用させるわけにはいかない!

「僕は皆の剣になるっ! 想いに答えてくれ! ソード・バースッ!!」

僕のセイクリッド・ギアと同志たちの魂が融合されていく。

そしてその想いは形を成し、一本の剣を創った。

神々しい輝きと禍々しいオーラ放つ一本の剣が『騎士』の前に現れる。

皆……これが皆との力を合わせた形……ついにできたよ。

「バランス・ブレイカー、『双覇の聖魔剣』(ソード・オブ・ビトレイヤー)。聖と魔を宿す剣の力、その身に味わえ」

僕は『騎士』のスピードを活かしてフリードへ走り、何度もフェイントを入れて真横から斬りかかる。

だが、フリードはそんな一撃さえも受け止めた。

流石に手強い……

だが、そのエクスカリバーのオーラは僕の魔剣にかき消させてもらったよ!

「ッ!? 本家本元の聖剣が駄剣に凌駕されたってのか!?」
「偽りの聖剣に僕たちの想いは砕けないっ!」
「そんならこれならどうですかい!!」

フリードは大きく離れて僕に剣を伸ばす。

これはエクスカリバー・ミミックの形を変える効果か!?

イリナさんがイッセーくんから逃れるために使った方法だな!

しかもあの時よりも速い!

これは……『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ』か!

やがては枝分かれして四方八方から最速で向かってくるが、今の僕には通用しないよ!

フリードの殺気を辿っていけば自ずと道は開かれる!!

僕はそれらを全て聖魔剣でいなすと、フリードは驚愕の表情を浮かべる。

「―――っ!? そんなのアリですかぁぁ!? ならばこれも使っちゃうよぉぉぉ!」

今度は剣の刀身が消えた。

透過現象……これは『透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)』の刀を透明にする力

だけど無駄だよ……その無駄な殺気が全てを吐露して僕に進むべき道を教えてくれてるのだから。

透明の枝分かれした刀身を聖魔剣で捌き続ける。

「なんでっさぁぁぁぁぁ!?」
「いいぞ、そのままだ」

驚愕するフリードと僕の間に横殴りでゼノヴィアが割り込む。

左手に聖剣を持ったまま空いた右手を宙に仰ぐ。

「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」

彼女は言霊を発して集中しているが一体……と、思っていると彼女の周りの空気が歪む。

その歪みに彼女は手を突っ込んで無造作にまさぐる。

遂にその歪みから一本の剣を取り出した。

「この刃に宿りしセイントの御名において我は解放する―――デュランダル!」

デュランダル!?

エクスカリバーに並ぶ伝説の聖剣じゃないか! しかも斬れ味だけなら最強クラスだと言われている。

「デュランダルだと!?」
「貴様、エクスカリバーの使い手ではないのか!?」

これにはバルパーもコカビエルも驚愕する。

「残念ながら私は元々からデュランダルの使い手でね。エクスカリバーを兼任してただけだよ」
「だが、私の研究ではデュランダルの域には達していないはず!」
「だろうね。ヴァチカンでも人工デュランダル使いはいない」
「なら何故……!」
「私は人工的ではなく、デュランダルに祝福された天然物さ」

それにはバルパーは愚か僕たちでも驚いた。

「デュランダルは想像を遥かに超えた暴君で触れた物は問答無用に斬り刻む。私の言うことも聞いてくれない故に異空間へ閉じこめておかないと危険極まりない代物だ」

そう言いながらゼノヴィアはデュランダルをフリードに向ける。

「さて、フリード・セルゼン。お前のおかげでエクスカリバーとデュランダルの頂上決戦が実現する。一太刀で死んでくれるなよ? そうなっては面白くないからな」

デュランダルから膨大な聖のオーラが放たれた。

僕の聖魔剣のオーラを上回っている!?

「そんなのアリですかぁぁぁぁぁ!? ここにきてのチョー展開! んな設定いらねえんだよクソビッチがっぁぁぁぁぁぁ!」

フリードが成長せずに殺気を剥き出しにゼノヴィアに高速で透明の枝分かれした聖剣を放つ。

だが、ゼノヴィアはデュランダルを片手で一振りするだけで金属の砕ける音が響いた。

折れた枝別れのエクスカリバーが姿を現し、デュランダルからの剣風で校庭の地面が深く抉れる。

この威力、エクスカリバー・デストラクションを上回っている!

「所詮は愚か者の扱う聖剣……デュランダルの相手にもならなかったよ」

ガッカリしたようにゼノヴィアが呟く。

「マジかよマジかよマジかよ! 伝説の聖剣ちゃんが木端微塵の四散霧散かよっ! こいつぁひでえっ! やっぱ折れた物を再利用するのがいけなかったんでしょうか!? 人間の浅はかさと教会の愚かさを垣間見た俺様は成長していきたい!」

さっきまでの殺気も消え失せたフリードと距離を詰める。

フリードも僕の動きに対応できていない。

僕の聖魔剣をエクスカリバーで受け止めようとする。

だが、金属の砕ける儚い音を断末魔にエクスカリバーは砕け散った。

「見ていてくれたかい? 僕らの力はエクスカリバーを越えたよ」

フリードは斬られた箇所から鮮血を撒いてその場に倒れた。


―――勝った

そんな達成感と共に虚脱感が体を崩した。

これで僕の生きる目的が一つ……

「なに安心しきってんだゴラァッ! 戦いの最中に腰下ろして殺されてえのかこのマヌケがっ!」
「ハイッ!」

カリフくんの怒りに体が震えて反射的に構える。

危なかった……なんだかんだで彼の恐怖はイッセーくん同様に僕にも染み込んでるようだ。

だけど、それもいい喝になったのは確かだ。

「聖魔剣だと……? 反発し合う二つが合わさるなど……」

まだバルパー・ガリレイがいた。

彼を滅ぼさぬ限り第二、第三の僕たちが生まれてくる。

それだけはあってはならない!

「バルパー・ガリレイ。覚悟を決めてもらおう」

聖魔剣を向けてバルパーに斬りかかる。

同志たち、これで終わるよ。

「……そうか分かったぞ! 聖と魔、それらを司る存在のバランスが大きく崩れているのなら説明はつく! つまりは魔王だけでなく神も―――」

何かに思考が達した彼に異変が起こった。

彼の体が縮んだ。

「ぐぎゃあぁぁぁぁ!」

いや、違う!

彼の両足がいつの間にか切断されて崩れ落ちたんだ!

バルパーが崩れたと同時に背後から光の槍が飛んできた。

この槍、コカビエルか!

部長たちやイッセーくんたちがコカビエルに構えるが、コカビエルだけは僕らを見ていない。

「……何故だ?」

嘗めているのかと思っていたのだけれど、視線は堂々と腕を組んで不敵に笑うカリフくんに向いていた。

コカビエルの謎の質問にカリフくんは不満そうに答える。

「そいつは生かさず、殺さずにジワジワとぶち殺すと決めた物だ……だれに断って手ぇ出してんだコラ」

―――!

静かな口調だけど確実に怒りを燃やしている。

純粋な怒りはダイレクトに僕たちにさえ伝わってくるほどだ。

「ふん、堕天使の俺を前に尻ごみせんか……勇敢か、ただのバカか……」

対するコカビエルも小馬鹿にした口調で返す。

コカビエルは再び僕たちに向き直ると片手を添えてカリフくんに向ける。

すると、カリフくんを囲むように光の檻が現れた。

「魔力も無ければ気も特別なエネルギーもない人間は黙って見ていてくれたまえ。さっきのバルパーになにかしたトリックは使わん事だ」
「……」

カリフくんも動じる様子は見られない。

……コカビエルがカリフくんの実力を見誤っている?

そんなことがあるのか? 歴戦の堕天使に限って

そう思っていたが、ここで気付いた。

カリフくんの怒りは伝わってくるけど……それだけだ

なんだか普段の威圧感がすっかり身を潜めている。

一体なにがあったんだ!?

「……赤龍帝の力を最大限まで上げて誰かに譲渡しろ」

僕が思考に耽っている間にコカビエルは挑発的に猶予を与えてきた。

それには部長が激昂する。

「私たちに猶予を与えるというの!? ふざけないで!」
「ふざけないで? それはこっちの台詞だ。この俺に勝てると思っているのか?」

眼光で凄まれるだけで全身を射抜かれるような恐怖を覚えた。

―――これが聖書に記される古の堕天使の力……

こんなプレッシャーはライザー戦でも今まででも味わったことが無い。

こんなのにどうやって勝てば……

コカビエルに威圧される中、一人だけがいつも通りだった。

「イッセー……譲渡してやれ」
「カ、カリフ……」

カリフくんは光の檻の中で悠々と腕を組んで言った言葉

それにコカビエルも鼻を鳴らす。

「そういうことだ。そうでもしなければ勝負になるはずがない」
「あぁ、だからイッセー。ハンデくらい与えてやれ………全ての力をコカビエルに譲渡だ」

―――へ?

カリフくんが何を言った……?

イッセーくんは愚か部長たちまで全員が呆気に取られた。

唯一、コカビエルだけがカリフに反応した。

「……今、何て言った?」
「その耳は飾りか? 力をお前に渡してハンデやるっていってんだよボゲが」

……うん、つまりパワーアップはコカビエルに……



『『『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』』』

突如としてその場の全員の驚愕が一つに合わさった。

それはそうだ! 相手は伝説の堕天使だというのにさらにパワーアップって!

「何考えてんだカリフ! そいつは俺でもわかるほどやばいんだぞ! そんなことしたら俺たちの勝ち目が……!」
「なに勘違いしてやがる。やるのはオレだけだ」
「なっ!」

あまりに無茶な申し出にゼノヴィアでさえも驚愕する。

「止めなさい! 歴史に名を刻む古の堕天使なのよ! あなたが勝てるわけないじゃない!」
「いけませんわ! いくらあなたが強くても相手が悪すぎます!」
「……冷静になって!」

言葉さえ出ないアーシアさんを除いた部員全員がカリフくんに呼びかけるが、カリフくんはいつもの様子で言い放つ。

「冷静になるのはお前たちだ。仮にお前等のだれかに譲渡してそいつに勝てるとでも?」
「そ、それは……」
「こいつはオレの家を好き勝手してくれたんだ……これで朱乃か小猫にまで手ぇ出すってんなら……どうなっても知らんぞ?」

カリフは冷たい目でコカビエルを見据える。

「奴等に許可なく手出してみな。オレの弟子はオレの所有物……それを奪うってんならオレが直々にぶち殺す」
「カリフくん……」
「……」

カリフくんの言葉に呆然とする朱乃さんと小猫ちゃんだが、癪に障ったのかコカビエルは小刻みに体を震わせる。

「そうか……そんなに死にたいなら今すぐ殺してやろう!」

コカビエルは右手に特大の光の槍を投合してカリフくんに向かう。

不味い! 今の彼では逃げられない!

そう思うや否や僕よりも先にコカビエルの頭上に雷ができた。

「雷よ!」

朱乃さんが急いで繰り出した雷は轟音を轟かせてコカビエルに向かうもコカビエルは黒い羽を羽ばたかせるだけでかき消した。

「俺の邪魔をするか!? バラキエルの力を宿す者よ!」
「私をあの者と一緒にするな!」

朱乃さんの繰り出す雷の嵐も全てコカビエルの羽ばたきにかき消されてゆく。

そこへ横にゼノヴィアが後ろから通り過ぎる時に呟いた。

「同時に仕掛けるぞ」

それを引き金に僕も聖魔剣を握って駆け出す。

雷に対抗していたコカビエルに先に仕掛けたのはゼノヴィアだった。

コカビエルはデュランダルに対抗すべく片手に光の剣を投合して迎え撃った。

「デュランダルとは恐れ入った。こちらの輝きは本物のようだが、しかぁぁぁぁし!」

コカビエルの蹴りが彼女の腹部を捉えた。

「ぐふ!」

苦悶の声を洩らして彼女は吹き飛ばされた。

「武器を活かすも殺すも使い手次第! お前ではまだまだデュランダルの真の力を引き出すには遠いぞ!」

ゼノヴィアは空中で態勢を立て直し、再び斬りかかる。

僕はそれと同時にしかける。

「コカビエル! この聖魔剣であなたを滅ぼす! これ以上僕の仲間に手は出させない!」
「聖魔剣と聖剣の同時攻撃か!? ハーッハッハ! いいぞ、それでいい!!」

歓喜しながらもう片方の手に光の剣を創造して僕たちと迎え撃つ。

両手の光の剣に比べて手数は僕たちが圧倒的有利だというのに、ゼノヴィアのデュランダルとエクスカリバー、僕の聖魔剣を難無くいなしていく。

剣の技量でさえも僕たちより上か!

そんなコカビエルの死角に紛れて小猫ちゃんが拳を撃ち込んでくる。

「やらせない!」
「嘗めるな!」

普通なら直撃の怪力の一撃を避け、コカビエルは翼を刃に変えて小猫ちゃんを斬り裂こうとする。

「!?」
「小猫ちゃん!」

スピードを司る僕だからこそその状況に戦慄した。

刃の羽が小猫ちゃんを斬り裂こうと迫っている。

小猫ちゃんも直前で理解したように驚愕するももう退けない。

「させるかぁぁぁぁ!」

僕は動く体を無理矢理止めて軌道を変えようとするも間に合わない!

そんな僕を嘲笑うかのようにコカビエルの羽は小猫ちゃんの体を一閃した。






はずだった。

だが、小猫ちゃんの体からは血など噴かなかった。

それどころか僕たちの予想を越える光景があった。

「なっ!?」
「っ!?」

なんと、コカビエルと小猫ちゃんの間に割って入って刃の羽を指だけで受け止めるカリフくんだった。

僕が慌ててカリフくんのいた光の檻に向く。

そこにあったのは無理矢理引きちぎったように砕かれた檻だけが残っていた。

「きさっ……! 何をした!? あそこでの距離を俺に気取られることなく……!」

流石のコカビエルも驚愕を露わにしてがなりたてると、カリフくんは上目でコカビエルを睨み……

「ふっ」

たった一呼吸に間に繰り出したパンチがコカビエルの腹部を捉えた。

「オゴォ!」

今度はコカビエルが苦悶の声を洩らして吹き飛んだ。

だが、その後にコカビエルの様子が変わる。

「オゴ! グハッ! ゲボ! ガハ!……」

吹き飛んでいただけのコカビエルの体が独りでに衝撃音を轟かせて弾けた。

これはイッセーくんから聞いたことがあるカリフくんの『釘パンチ』という技か!?

一見したら一発しか出していないパンチでも本当は小刻みに十発以上の打撃を与えて時間差攻撃する神業だと聞いた。

「ガッ! ゲッ! ウグッ! ゴハッ!……」

だが見ていても確実に十以上も繰り出されており、二十など既に達しているだろう。

コカビエルの体が宙を舞ったり地面に見えない力で押さえつけられたりする様は異様に思えた。

「……」
「小猫」

呆然と見ていた小猫ちゃんがカリフくんに呼ばれて向き直る。

その瞬間にカリフくんの拳が小猫ちゃんの頭を小突いた。

「〜〜〜っ! 痛いよ!」
「さっきの喰らったらそれでは済まなかったんだが?」

涙目の小猫ちゃんだが、カリフくんの一言で言葉を詰まらせる。

「さっきの無茶な突貫はなんだ? 相手は遥かに格上だってのになんの工夫も無く馬鹿正直に突っ込んで自殺してたようなものだが?」
「……でも、」
「言い訳は結構だ。今度そういうのやったら本気でぶん殴る」

威圧的に、一方的に諌める言葉は小猫ちゃんから元気を奪った。

いつもの毒舌も出せずに俯く様子の彼女を見ていると心が痛む。

そんな彼女に呆れたかのようにカリフくんは嘆息した。

「……お前になんかあったらオレもが困る」
「え?」

小猫ちゃんが不思議そうな表情を浮かべる。

「お前はもう鬼畜家の人間みてえだからな。お前や朱乃は親父たちにとって必要不可欠な存在だ」
「え……あ……あの……」
「それに、お前をここで失うわけにはいかんのでな」
「え、あぅ……」

いつの間にか小猫ちゃんの頬がほんのりと紅に染まりながら何て言えばいいのか戸惑っている。

まさかカリフくんって小猫ちゃんのこと……

それにも気付いていないかのようにカリフくんは気だるく言う。

「まあ、これからもオレのストレスの捌け口くらいにはなってもらうからな、そこが一番重要だしな」

……うん、まあそっちの方が彼らしい……かな?

見た感じでも聞いた感じでもそう言った気ではなくて純粋に人材を失うのが惜しいとしか言ってないように聞こえる。

「………」

いつの間にか小猫ちゃんの頬も元に戻ってムスっとカリフくんをジト目で睨んでいた。

確かに女性の気持ちをある意味で裏切られたんだからね。

「何だその目?」
「別に」
「それはなによりで」

小猫ちゃんなりの拗ねた八つ当たりもカリフくんは笑って受け流す。

カリフくんって相手をからかうのが好きなのかな?

僕たちが呑気に緊張感を忘れていた時だった。

遠くで攻撃を受けきったコカビエルがこっちを睨んできた。

「がはっ!……貴様、何者だ……」
「ほう、受けきっても内臓はおろか脱臼で済ませたか。それなら二、三倍のパンチをもうちょい力入れても問題なかったな」

その言葉からして彼が手を抜いたことを彷彿させる。

あれだけの猛攻を出しておいて手を抜いたって……まだまだ彼の底は計り知れないな。

「今のパンチを受けて把握した……あれだけの実力を潜めるのを見て納得できた! この面子の中で最も強いのは貴様だな!?」
「隠した? 気付かないのが悪いんでは?」

カリフくんの言葉にコカビエルはその口角を吊り上げた。

「ふははははははは! まさか貴様のような人間が存在したとはな! 純粋な身体能力だけで俺に傷を付けたのはお前が初めてだ!」
「じゃあ貴重な体験もこれで最初で最後だな……構えろ」
「ククク……それでは悪魔たちが暇になるだろう……この子たちを遊ばせよう」

コカビエルが指を鳴らすと僕らの周りの空間が歪み、そこから数多のケルベロスが顔を出す。

「な、なんだよこれ!!」
「こんなに多くのケルベロスを学園に放つ気だったのね!!」
「ケルベロスだけではありません! ヒュドラや他の魔獣もいますわ!」
「ふははははは! 今のお前たちにとっては丁度いい相手ではないのか!? 精々可愛がってもらうがいい!」

100は下らない数のケルベロスなどの様々な魔獣が僕たちを捉える。

部長や朱乃さんとイッセーくんは臨戦態勢でアーシアさんを守るように四方を睨む。

「くそっ! この物量は手に負えんぞ」
「だが、やるしかないよ」
「ああ」
「……!」

僕とゼノヴィア、そして小猫ちゃんも構える。

「グルルル……ガオゥ!」
「シャーッ!」

獣の唸り声で空気がヒシヒシと揺れるのが感じられる。

だけど、このまま無抵抗で殺られるわけにはいかない!

僕は同志の分まで生きて仲間を助ける剣とならなければならない!

「最高の見世物ではないか! こういうのはお好きかな? 異端の人間よ」
「ちっ、面倒なことを……」

吐き捨てるようにカリフくんは溜息を吐いたところで最初の一匹目が牙を見せて向かってきた。

このまま迎え撃とうと足に力を入れた時だった。




―――ザワッ

『『『!?』』』

突如として悪寒が走り、体中の力が抜けた。

そして悪寒は不安となり、恐怖となった。

「な……ぁ……」

僕はその場に剣を落として膝を地面に付いた。

周りを見ると僕と同じように全員が大量の脂汗を流して恐怖に耐えている。

痛みで悶えていたバルパーに至ってはあまりの恐怖に泡を拭いて失神し、倒れているフリードは体を痙攣させている。

そして、それは僕たちだけでなく魔獣たちにも同様の事が起こっていた。

だが、僕たちと違ったのは魔獣たちの視線の先

狂暴な魔獣たちが足を止め、見て分かるように怯えていた。

「はぁ……はぁ……」

落ち着いてきた僕はゆっくりと悪寒の出所を恐怖と戦いながら振り向く。

「こ、こんなことが……!」

なんと、そこには悠々と魔獣たちを見据えるカリフくんがいた。

だが、様子は一転して見えていた。

なぜなら、彼の背後からは巨大な鬼のような化物が僕たちを見下ろしていたのだから。

「な、なんだこいつは……」

ゼノヴィアもその化物を見上げて威圧に耐える。

「良い子たちだぁ……そのまま帰れ」

そんな中でカリフくんが小さな腕を伸ばすと化物も一緒に手を伸ばす。

その言葉を理解したのか、囲っていた魔獣たちは躊躇いも無く背中を見せて空間の歪みの中へと一目散に逃げて行った。

カリフくんと一心同体の動きを見せる化物の手は僕たちの頭上の所で止まった。。

『あ、相棒……これは……』
「わ、分からねえ……だけどカリフがまた何かやったとしか思えねえ……」
『あぁ、俺でも足がすくむようなこの重圧……他のセイクリッド・ギアも怯えている……』

どこからか漏れてきた声を確認して僕の聖魔剣を見ると、確かにカタカタと震えている。

それどころか隣のゼノヴィアまでもが驚愕していた。

「デュ、デュランダルが聖のオーラを潜めた……だと?」

見ると、たしかにあの強力なデュランダルの力の波動が感じられなくなった。

それどころか全く反応も見せず、彼女のエクスカリバーもその輝きが弱くなっている。

「まるで、調子乗り過ぎた子が親に怒られて静かになったような……そんな感じだ」
「随分と日常的ですね……ですが適切です」

震えている小猫ちゃんから例えの賞賛を貰った。

こんな時でもブレないね。

「その化物……いや、それがお前の『オーラ』か?」
「いや……『野性』だよ」

目を鋭くさせたコカビエルに答えると、その化物は姿を消し、重苦しい空気が元に戻った。

「パントマイムというものまねの芸と同じか……一流のパフォーマーは重みの無いバッグを持ち上げる演技で他人に存在しない『バッグ』を錯覚させる。お前はそれを威圧だけで実現させたのか……」
「……どういうことだよ?」

少し回復したイッセーくんがコカビエルに聞くと、愉快そうに笑う。

「つまり、さっきの化物はお前たちの『想像』そのものだ。そこの人間の圧倒的な威圧のクオリティーの高さにあの化物を連想させられ、ダイレクトに伝わって来たのだ」

その真実に僕たちは絶句する。

じゃあさっきの化物はカリフくんの威圧が形になった『僕たちの想像』だったというのか!?

鮮明に姿を見せ、具現化するほどのクオリティーの殺気が見せた幻は僕たちに衝撃を与えた。

まさか殺気だけでここまで表現力を伝えるなんて、どんな強者でも不可能に近い!

それをカリフくんが易々と実現させたと言うのか!?

「しかもさっきの威嚇……本気を出してないな?」
「あれ以上はこいつ等が耐えられん。それにあの犬どもも生きるためにやってることだからな。あれ以上怒ったら可哀そうだろ?」

もう言葉が出ない。

二人の会話は僕たちが介入できないほどの高次元のものだ。

あれに耐えるコカビエルもだが、あれで本気を出していないカリフくんの強さに戦慄さえ覚える。

僕たち悪魔が数百年かけてやっと辿りつける境地にカリフくんはたったの十六年で至った。

それと同時に理解した。

コカビエルと対峙できるのはカリフくんだけだと……

「ふははははははは! これは素晴らしい! 技術、パワー、スピード、威圧においても超一級品! もはや魔王、いや、神クラスではないか!」
「まだまだ修行不足よ」

カリフくんはコカビエルに対して無手で構え、手招きして挑発する。

「来なよ」
「いいだろう! お前なら俺を楽しませてくれよう!!」

向かってくるコカビエルに対してカリフくんは両足を広げて迎え撃つ姿勢を見せる。

その際にもカリフくんの『野性』となる鬼が現れ、両手にフォークとナイフを持っているのが見えた。

まるでコカビエルを食事するかのように……

コカビエルは構わずに光の剣を出してカリフくんに斬りかかるが、カリフくんは右手に手刀に変えてナイフのイメージを創り出す。

「……」
「ぬぅ!」

無言でナイフでコカビエルの光の剣を受けきった。

それどころか突進を加えたコカビエルの力を無にする所か若干圧倒しているようで、コカビエルの体位が下がった。

「素手で聖の力を受け止めた……なんてデタラメな……」

ゼノヴィアが信じられない物を見るように凝視している。

その気持ち良く分かるよ……

「そら!」
「おろ?」

コカビエルが空いた片手で光の剣をもう一本創ってカリフくんに斬りかかるが、焦ることなくカリフくんも迎え撃つ。

同様にカリフくんも空いた手で今度はフォークを創った。

「フォーク!」

付き出した手は光の剣を止め、指で剣を絡ませる。

「ご開帳ぅ!」
「なに!?」

フォークを捻ってコカビエルから剣を弾き、態勢を崩す。

そこへ間髪入れずにカリフくんの膝が突き刺さった。

「うごぉ!」

コカビエルは口から唾液を零し、目玉が飛び出さんばかりに目を見開く。

少し吹っ飛んだコカビエルに対し、カリフくんは両手をズボンのポケットに入れる。

「こっち見ろ」
「!!」

吹っ飛んでいくコカビエルに追いつき、そのまま足蹴りを叩きつける。

コカビエルを追いながら前蹴り、横蹴り、回し蹴りをなんとか僕の視界に入るくらいの速度でコカビエルに入れたのが分かった。

「ぐああぁぁぁぁぁ!」

彼方へ飛ばされていくコカビエルを見据えると、突然にカリフくんの姿が消えた。

僕でも目に見えないほどの速度だったのか、コカビエルの飛んでくる場所へ先回りして蹴りを喰らわせる。

成すすべなくコカビエルは上空へ飛ばされるも、カリフくんは今度は紅いオーラを纏って飛び上がり、コカビエルの元へ向かう。

そして追いつく頃には頭上で手と手を組んで鈍器を創り出す。

「せいやあぁぁぁ!」
「―――っ!」

素手でできた鈍器をコカビエルに振り降ろし、地に勢い良く落とす!

猛スピードでコカビエルが墜落すると、途端に砂煙の柱ができる。

辺りの地面が地震のように振動する。

カリフくんが降りてきて威嚇に当てられて気絶していたバルパーの足を乱暴に掴む。

何をする気だ?

「このぉぉぉぉぉ!」

埃まみれになったコカビエルが両手の光の剣と共に自身の黒い翼を刃に変えて向かってきた。

それを見たカリフくんはここで僕たちの予想を大きく超える行動をした。

「いくぞ!」

その瞬間にバルパーは姿がブレるほど高速で振り回された。

バルパーの服は瞬間に起きた風圧で斬り裂かれ、上半身が露わになる。

「う、うぐ……」

バルパーは意識を取り戻すと同時に目と鼻から出血を起こす。

姿勢も背中を反り返されて呼吸も苦しそうだ。

そして、気になったのは迎え撃とうとするカリフくんの態勢だった。

「ヌンチャク……」

部長の言う通りバルパーをヌンチャクに置き換えると、カリフくんの構えはそれほどまでに似合っていた。

「秘技・『ドレス』」
「うおおおおおぉぉぉぉ!」

向かってきたコカビエルの光の剣と振るったバルパーがぶつかり合った。

「がぁぁぁ……」

唯一、光に焼かれ、衝撃による痛みにバルパーが血に濡れていた。

カリフくんは大きく後退し、魅せつけるかのようなヌンチャクパフォーマンスをバルパーで演じる。

ヌンチャクの軌跡を描く度にバルパーの血でなぞられていく。

「面白い! 面白過ぎるぞ! 数百年も生きてきたが、貴様のように突飛のなく、豪快で御し難い戦い方をするイカれた奴など見たことも無いわ!!」

コカビエルも歓喜しながら黒い翼で斬りかかる。

「よもや人をそこまで本物の武器のように扱うとはな! センスはもちろん、人の関節、武器での立ち回り方、そして人智を越えた腕力と俊敏さと器用さなどの全ての要素がなければこんな芸当などできぬ! 貴様、場数を踏んでいるな!?」
「さてねっ!」

翼と光の剣の四つの刃を全てバルパーの体をぶつけて相殺し、いなし続けていいる。

もうこれは才能だとか経験なんてものでは済まされないぞ!

「げはぁ!」

だが、打ち合っているとバルパーの全身から骨の折れる音、きしむ音、捩れる音といった不快な音が響いてきた。

そのまま続けられれば間違いなく死ぬだろう。

「た、助け……て……」

振り回されて脳の中に血が溜まっているはずなのに振り回されながらも命乞いをしてきた。

穴という穴から血を拭き出して命乞いするバルパーに同情すら覚える。

このまま痛めつけられながら、裏切られて死んでいくのだから。

だけど、そんな必死の命乞いも無駄に終わる。

カリフくんはバルパーの折れた腕を掴んで……

「ふん!」

一気に引きちぎってコカビエルに投げつけた。

痛みも感じなくなったバルパーは小さい声で命乞いを止めることはない。

「くだらんな!」

投げられたバルパーの腕を光の剣で叩き落とそうとするコカビエルにカリフくんは余裕の笑みを浮かべる。

「いいのかな? そんなことして」
「む!?」

その言葉と同時にバルパーの腕が沸騰するかのように膨らみ始め、コカビエルの傍で大爆発を起こした。

「ぐぅぅぅ!」

カリフくんは一歩下がってやり過ごし、コカビエルは二つの翼でガードしたが、ガード越しに伝わるダメージに苦悶の声を洩らす。

それでも耐えきったコカビエルはボロボロになった翼をしまって着地する。

「GYAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「こいつっ!」

そこへカリフくんが息もつかぬ、目を不気味に光らせて野性本能剥き出しの形相でバルパーの顔を掴んでコカビエルにぶつけようとする。

だが、バルパーの頭を光の剣で突き刺すことで止めた。

―――これが長年の仇の呆気ない最期となった。

ただの肉塊となったバルパーを残し、カリフくんは空いていた片手をコカビエルたちに向けてエネルギーを溜める。


「!! しまっ……!」

反応が一瞬遅れて逃げようとするコカビエルだったが、既に軍配はカリフくんにあった。

「クレイムハザード!」

カリフくんの手から莫大な、コカビエルの特大の光のエネルギーとは比べ物にならないほどに大きいエネルギーが放たれた。

エネルギー波はコカビエルを、バルパーの亡骸をも呑みこみながら校庭の土を抉り進んで結界の手前で大爆発を起こした!

「うわああぁぁぁぁぁ!」
「う……く……」

皆がそれぞれ爆発の衝撃に耐えて飛ばされないように踏ん張っている。

心配のアーシアさんは!……イッセーくんが支えてくれていたようだから良かった。

しばらくして爆発の余波も弱まり、僕たちがその着火点を見据えると、圧倒的な光景が広がっていた。

「が……あぁ……」

もはや満身創痍といった様子で全身を焦がし、傷だらけになったコカビエル

「そう、殺さない程度に抑えたんだ。死んでもらっては困る」

そして、悠々と腕を組んでコカビエルを見据えるカリフくんだった。

―――すごい

だれがこんな結果を予想できたというのだろうか……

相手は伝説に名を残す堕天使の幹部だというのに……それを圧倒しているのは僅か十六歳の人間なのだ。

気と腕力と戦闘センスだけでコカビエルを圧倒してしまった。

「凄いわ……まさかこんなことが……」
「おいおい……マジかよ……」

部長もイッセーくんも驚くのも無理はない。

さっきまで皆が束になっても足元にも及ばなかった相手にカリフくんは一人で、しかも本気を出さぬままに追い詰めてしまった。

本当にすごい……僕たちはこんなに強い人と修業してたのか……

だが、コカビエルは未だに息がある。

「あ、侮っていた……まさかこんな人間が……」

息絶え絶えになって足を引きずる。

未だに抗おうとするコカビエルの形相に僕たちは底冷えを覚える。

奴には未だに抗おうとする精神と執念が見られる。

「なんだ? まだ殴られ足りないってか? まだまだやってもいいんだぞ? 時間ならたっぷりあるからな」

カリフくんの挑発も大したものだね。彼は自分を表現して相手に伝えるのが美味い分、相手への怒りも容易く呼び起こしてしまう。

「ま・さ・か、十数年しか生きていないガキ相手にもうお疲れか? そんなことで続くかぁ〜? 続くかぁ〜? 続ぅ・くぅ・かぁ・なぁ〜?」
『『『……』』』

この必要以上にわざとらしい言い回しもコカビエルの怒りを買うためなんだろうね……うん、そう信じたい。

でも、なんだか彼が本気で楽しんでいるようにしか思えなくなってきた。

さっきまで小猫ちゃんを励ましていたカリフくんはどこ行った!?

心の中で突っ込んでいると、コカビエルは流れる鮮血が撒き散るのも構わずに怒声を上げる。

「なぜ、お前はそこまで戦える!? 貴様等が崇める主人を無くしてまで信徒と悪魔やお前のような人間はなぜ戦う!?」
「……どういうこと?」

部長が怪訝な表情で問うと、コカビエルは僕たちの無知に苛立つかのようにまくし立てる。

「お前たち下々の者は知らんだろうがこの際教えてやる! 先の大戦で死んだのは四大魔王だけでなく神も死んだのさ!」

……な、なんて……今、彼は何と……

この場の全員は信じられないと言った様子だった。

「知らなくて当然だ! 戦争の後に残ったのは幹部以外のほとんどを失った堕天使、魔王と上級悪魔の大半を失った悪魔、神を失った天使の弱りきった勢力だ! 三勢力はもはや人間の手を借りねば種を存続できないほどに酷い状況だった!」

コカビエルの口から衝撃的な事実が発せられてくる。

「そんな……主は……もういないのですか? それでは私たちに与えられる愛は……」
「あるわけなかろう! 今ではミカエルが神の使っていた『システム』を代わりに使っているが、それは神本人が使ってこそ真価を発揮する! どんなに信仰しても貴様のように切られる信徒など腐るほどいるわ!」

アーシアさんの嘆きをコカビエルはバッサリと絶ち切る。アーシアさんはその場に崩れ落ちた。

「アーシア! おいしっかりしろ!」

イッセーくんが介抱するが、別の離れた場所ではゼノヴィアが力無く項垂れていた。

「嘘だ……そんなことがあるなんて……」

現役の信徒にとって最高の喜びとは神に仕え、その代わりに愛を頂くこと。彼女はそれを生きがいにしていたのだろう……

だけど、その神が死んでいた事実は彼女に生きる気力さえも奪っていた。

アーシアさんだってそうだ。彼女は悪魔になってしまったけれど、生まれた時から神のために生きてきたのだから今でも捨て切れていなかった。だからこそ、ゼノヴィアと同様に心の均衡を失ったのだろうね。

僕だってそうさ。僕の、同志たちの生きてきた意味は何だったのかと考えてしまう。

コカビエル傷だらけの体を引きずって叫ぶ。

「人間もそうだ! 奴等は弱いからこそ、怖いからこそ強大な物に追いすがる! たとえ姿が見えない偶像でも愛にあやかろうとする弱い生き物だ!」

カリフくんに向かって指をさす。もうコカビエルの目にはカリフくんしか写っていない。

「分かったか!? これが歴史の真実だ! お前がすがる者はもういない! それでもお前は戦うか!?」
「……」
「そうさ、できるわけなかろう! 戦う理由が無ければ貴様等人間は最も無力なのだからなぁ! はーっははははははははははははは!」

無言のカリフくんに狂乱気味にコカビエルは笑い声を上げる。

「生きる意味が無いというなら俺と来い! 俺と来ればお前の望みなどいくらでも叶えてやる! 女だろうが金だろうが何でも手中に入れることができるぞ! 俺が神の代わりになって……!」
「こっちを……見ろ」
「!?」

コカビエルの勧誘の最中だった。カリフくんはまたしても僕たちの目に写らないスピードでコカビエルの目前にまで迫っていた。コカビエル自身は驚愕に目を見開かせていた。

「こっちを見ろぉ!」

カリフくんの力強い一言と共に彼の剛腕がコカビエルの顔面に深く突き刺さった。

ブチュッと鮮血がコカビエルの顔面とカリフくんの拳の間から飛び出たのが見えた。

「オオオオオォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

あまりに大きいモーションからのパンチは全身の力を総動員させている証拠。カリフくんの今日一番の攻撃がコカビエルの体を拳で浮かせて……

「ラアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

勢いを落とすことなく地面に叩きつけた。

「グボラァァァ!」

地面に叩きつけられたバウンドで十数メートルもコカビエルの身体が鮮血を撒き散らせて回った。

地面に叩きつけられたコカビルは倒れたまま動かない。だが、カリフくんはいつもの、何も変わっちゃいない様子で不敵に笑う。

「神が死んだ? それはそれで結構だが、それが生きる希望を失う理由になるのか?」

まるで憤慨しているような口ぶりで続ける。

「確かに人は弱い生き物さ。時には裏切り、時には強者の影に隠れるようになぁ……だがよぉ、弱いことは悪いことではない」

コカビエルの体が一瞬だけ反応する。

「人に限らず、弱いことを自覚している奴の中には恐怖を理解し、受け入れようとする奴もいる」
「それが……人の弱者たる所以……」
「人間賛歌は『勇気』の賛歌、人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ……いつぞや誰かに言った使い回しだがね」

その言葉にイッセーくんが驚いてカリフくんを見つめる。そうか、彼にそんなことを……

「少なくともオレは神ではなく、いつだって自分を信じて生き延びてきた! 分かるか? 人間はとっくに自分の足で立って生きている! 違うか!?」

カリフくんの言葉にコカビエルは言葉を詰まらせた。

……そう、だね

確かにそうかもしれない。人間の大半は悪魔、天使、堕天使の存在を知らずに生きてきた。

だけど、それでも人間は前に進み続けて今の時代を作り上げてきた。確かに最も弱い種族かもしれないけど、人間は諦めるということをしなかったからだ。

「そうだ! だから俺はのし上がってハーレム王を目指してる! お前の勝手な都合で部長や仲間たちを傷つけさせねえ! 元・人間の底力見せてやるよ!」

イッセーくんもカリフくんに倣ってコカビエルに物申していた。

そうか、彼等はまだ諦めていない……それなら僕もここで『生きる』ことを放棄してはならない。

思う所があったのか、部長たちや朱乃さん、小猫ちゃん、少しではあるが項垂れていたアーシアさんにさえもの目には戦う意志が感じられた。

相手が強大でも『勝つ意思』を見せつけるため、僕たちは立ち上がった。

そんな僕たちに思惑が外れたコカビエルは怒りのままに叫んだ。

「いつまでも調子にのるんじゃないぞ人間があぁぁぁぁぁぁぁ!!」

突如として激昂したコカビエルは力を解放して光の力を周りに発生させた。

「くっ! 見えない!」

僕たちはあまりの眩しさに腕で顔を覆い、何とかやり過ごした。

しばらくして光が止み、目を開ける。

「……カリフくん?」

だが、そこにはカリフくんとコカビエルの姿が消えている。

何処捜しても見つからず、辺りを見回していた時だった。

「あれは……」
「どうしたアーシア? 見つかったのか?」
「いえ、ですが空に……」
「空?」

アーシアさんの上空を指差す方向を見ると、そこには巨大な光の球が浮いていた。

「なんだ……あれ……」

イッセーくんの呟きにも誰も答えられない。

だが、あの光の球からは僕たち悪魔にとっての教会や十字架を彷彿させるほどの悪寒を感じさせる。

もしかしたら、戦いはまだ終わってないのかもしれない……





白く淡い輝きを放つ空間内は見渡しても白ばっかりだった。

光の球の中、カリフとコカビエルが対峙する中、カリフが珍しそうに辺りを見回す。

「なんだここ?」

素直にどこだと聞かれると、コカビエルは答えた。

「ここは……我が光で創ったコロシアムだ」
「コロシアム?」

なぜだか目を吊り上げて興味深そうに反応する。

「そうだ、堕天使特有の固有結界といえば分かるか? この結界は外部からの侵略はおろかここから出ることさえもこの結界を創った本人の許可が無ければ互いの干渉も許されない、謂わば堕天使の世界……」
「(オレのワンダフル・パラダイスみたいなものか……)なるほど、どうりで口ほどにも無いと思っていたらこれを創るために力を蓄えていたな? 貴様」

あれは夢の世界でもできるけど……とか思っていると、なんだか体がチクチクしてきたのを感じる。

全身が微妙な痛みに襲われ始めた。

「ん〜……痒い。なんだこれ?」
「それも結界の効力。この中を照らす光は主に相乗の力を与え、敵には光の力で徐々に体を焼く。並の相手なら入ってからすぐに立ってられないほどに光の密度を高めたのだが……これで確信した。やはり貴様は危険過ぎる」

コカビエルは戦いを好み、楽しむような戦闘狂である。だが、それでも自分の種族が一番とも考える自民族主義でもある。

堕天使が至高だという考えだからこそ起きたのがこの事件

「まさか人間相手に上級堕天使の奥義を使うとは思わなかったぞ……光栄に思うがいい」

コカビエルは重傷のはずなのに悠々と立ち上がり、あまつさえ強大で強力なオーラを発する光の剣を創りだした」

「おぉ、さっきより強そうだ」
「そんな軽口がいつまで続くかな? この光は確実に俺に力を、お前に衰退をもたらしている。形勢は逆転したぞ」

クックと笑みを浮かべるコカビエルにカリフに含み笑いを浮かべる。

「たしかにお前は強くなった……だが、それでもお前の弱点は変わらない」
「ふん、負け惜しみを……」

コカビエルが鼻を鳴らしていると、カリフは思わず呆れてしまう。

「それが駄目だな。思慮が浅はか、大した見聞もなく自分の能力を過信している」
「……何が言いたい?」

怪訝そうに睨むコカビエルにカリフは再度構える。

「この世には自分を遥かに凌ぐ奴がまだまだたくさんいる……力や才能で勝てるほどこの世は甘くないぞ!」

カリフの体から紅のオーラがうねりを上げた。

「冥土の土産だ。貴様が出会ったことのない……格の違いを見せてやる!」

さらにカリフのオーラが強くなる。

「くっ! まだ上がるのか!」

コカビエルは改めてカリフが厄介、いや、危険な相手だと認識を改めた。

いつでも迎撃できるように光の剣にさらなる力を込める。

だが、カリフの雰囲気がここで変わった。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

咆哮を上げて、さらなる力を捻りだす。際限なく溢れてくる力にコカビエルは焦りを覚える。

「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

そして、カリフのオーラが変色し、段々と輝きを見せてきた。

「オーラの質が変わった!?」

普通なら有り得ない状況にコカビエルは驚愕するが、カリフの力は未だに上がり続ける。

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

髪がざわつき、瞳の色が点滅して変色しかけている様子を見てコカビエルは決心した。

(今、ここで殺らねば!)

何か不吉なざわめきを覚えてコカビエルは手に持った光の剣をカリフに向けて投げつけた。

「死ねぇ!」

力一杯フルスイングした剣は真っ直ぐとカリフに向かっていく。周りの光を集めて剣は力を集め続ける。

「どうだ! これが堕天使の力よ! 俺の施しを蹴ったことを悔いてあの世に逝くがいい!」

コカビエルはここで自分の勝利を確信した。あの光の剣は普段の自分では出し得ないほどのパワーを得てできた必殺の剣。威力だけなら魔王クラスでも一溜まりも無いはず!

勝った! コカビエルが名乗りを上げて勝利宣言をした時だった。




「だああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

突如としてカリフの雄叫びが光の結界を揺るがし、体から眩い光を発した。

「な、なんだ!? くっ!」

勝ちを確信していたコカビエルも突然の現象に目を見開いていたが、すぐに眩い光に目を閉じる。

カリフからの光は極太の光の剣を飲み込みながら広がり、光の結界を内側から乗っ取ってゆく。

光の結界の中で



金色の光が




瞬いた。



しばらくして、光が止んだことをコカビエルは薄眼で確認して覆っていた腕を治める。

自分の体に異常が無いか、光の結界はなんともないかも確認してからゆっくりと目を開ける。

「奴め……今度は何をした……」

しばらく目を瞑ってた故に自分の光の結界でさえも眩しく感じ、あまり視界がハッキリとしない。徐々に視力が回復させながら前の一点を見つめる。

ぼやけた視界の中でなんとなくだが一カ所だけ色が違うことに気付いた。

(あれはなんだ?)

もしものためにカリフの不意打ちを警戒しながら前を見据える。

だんだん視界がクリアになってきた時、ふと気付いた。

一カ所だけ色の違う部分、それは光だった。周りの光とは出力がズレて明るさが違っているからあまり見えてなくても確認はできていた。

(今ので結界の構築部に異常をきたしただけか……治すまでも無い)

結界よりも厄介なカリフに集中し、いつでも瞬時に動けるように態勢を整える。

まだか、まだかと待っているコカビエルの緊張はピークに達し、肉体の疲労にまで繋がる。

だが、それによって感覚が研ぎ澄まされ、過敏になった。


だからこそ気付いたのだろう。

目の前の光が全くの別物だということに。

(あの光……俺の結界の光よりも輝いている?)

ゆっっっくりと、まるでカタツムリの速度で回復していく視界に苛立ちを、妙な光っている部分への警戒を高める。

それでも確実に視界が回復するにつれて正体も見えてくる。ただそれが遅いだけ。

(中になにかある……なんだ!?)

光の中からボンヤリと見えてくる黒い者にコカビエルはさらなる苛立ちを露わにする。

「いつまで隠れているつもりだ! 正々堂々と戦え!」

八つ当たりと挑発による炙り出しとして怒声を上げた時、返事が返ってきた。

「いるぞ? さっきから」
「!?」

コカビエルは愕然とした。なぜなら声の出所はそんなに遠くないことが分かった。




同時に自分の正面にあることも……分かってしまった。

コカビエルの視界がようやく全快した時、彼は信じ難い物を目の当たりにする。

「な、なんだそれは!?」

謎の光の中にあった謎の影は徐々に人の形を帯び、その輪郭さえも写し出す。


(こ、こいつ……どこかで!!)





光よりいでし者、天に背いて下々を照らすような逆立った金の髪と全てを見据えるかのような曇りなき碧眼



(そうだ!……俺はこの男を……この感覚を知っている!)



記憶より思い出されるは三つ巴の大戦にて現れた絶対的強者の記憶



(奴が……奴の血族がこの世にいたのかぁっ!!)




神さえも、魔王さえも、ドラゴンさえも凌駕するこの世の頂点が頭の中をよぎった。

「精々気を付けろ。さっきよりは優しくは無いぞ……」

光の中から現れたのは神々しい光を発する金髪碧眼の全宇宙最強の究極戦士

「時間が無い。早く済ませよう」

スーパーサイヤ人、カリフ





今ここに、新たな歴史が刻まれる。

-57-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




ハイスクールD×D 15 限定版 陽だまりのダークナイト
新品 \4725
中古 \
(参考価格:\4725)