小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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〜第1話 『プロローグ』〜







 ピシャリと、一筋の閃光が走り、耳をつんざく轟音が轟いた。滝のような大粒の雨が石畳を打ち付ける、とある町のとある広場。悪天候極まりないそんな場所にあるのは、あまりにも場違いな大小3つの人影だ。
 そのうち2つは、数歩後ろで無言のままに立ちつくし、


 「――――――――――ッ!!」


残る1つの小さな影は、両の膝をつき、何かを抱きかかえながら、泣きじゃくる大空を仰いで悲しみをまき散らしている。
 激しい雨音の中でその叫びはかき消され、何を言っているのか、果てはその声が男なのか女なのかも分からない。ただ言えるのは、そのエメラルドグリーンの瞳には、悲しみと同時に憤怒と怨嗟、後悔と絶望が渦巻いているということ。
 雨に濡れて乱れた銀髪が張り付く白い頬を、雨とは異質の液体が伝っていく。それは顎からしずくとなって滴り落ち、青ざめた頬に当たって弾けた。
 先ほどから銀の人影に抱きかかえられているモノ、それは金色の長髪が目を引く、1人の美少女だ。
 どう見積もっても10代前半にしか見えないその姿はしかし、見る者全てを魅了する美を持っていた。もしも天使や女神というモノが実在するのなら、それはおそらくこのような姿なのであろう。
 しかし、そんな美貌も今や熱と赤みを失い、マントを1枚かけられただけの身体は力なく地に横たわっている。彼女がすでにこと切れていることは、誰の目にも明らかだ。


 「…………」


 ひとしきり泣いた後、銀の人影はうつろに開いた少女の青い瞳を左手でそっと閉じ、色を失った彼女の顔を見つめる。


 「……今ここに、ボクは誓う……!」


 ただならぬ、決意の光を瞳に宿して。







――――――――――――――――――――――――――5年後―――――――――――――――――――――――――――







 歴史を感じさせる石造りの廊下を、1人の少年が歩いていた。
 陽光を反射して輝く白銀の長髪を三つ編みにまとめ、白いブラウスとグレーのスラックスに身を包み、纏った黒いマントを華麗にひるがえしながら悠然と歩いていく姿は、ともすれば女性と見間違えてしまうほどに美しい。実際、ドレスを着こんで化粧をすれば、バカな貴族などはコロッとだませるだろう。
 そんな彼は、とある扉の前で足を止め、同じくその扉の前で無表情のままに絶賛読書中の少女を見やった。


 「おはようございます、ミス・タバサ。
  そんなところで、いったい何をされているのですか?」

 「久しぶり。緊急避難」


 少年の丁寧極まる質問に、タバサと呼ばれた青いショートカットのメガネ少女は、これまた極端に簡潔な応対をしてみせた。


 「? 大丈夫ですよ。天も大地も穏やかそのもの、天変地異など起こりませんから」


 「精霊様達のお墨付きです」と、にこやかに語りかける少年だが、タバサはなおも不安そうにしている。
 はたから見れば無表情だが、親しい者に言わせれば分かりにくいだけで、きちんと感情の起伏のある少女なのだ。


 「あれは、天災よりもタチが悪い……」


 そう語る少女をなだめつつ、少年は目の前の扉を開けた。
 諸事情でしばらく欠席してしまったが、新学期が始まる今日からはまた、真面目に授業を受けなくては。そんな、優等生然とした思考に駆られて。
 しかし、それがいけなかった。せめてあと少し、扉を開けるのが遅ければ。後に彼はそう語ったという。


 キュドオオォォオオォオォオオォオォォオオン!!


 少年が扉を開けたまさにその瞬間、教室が大爆発を起こしたのだ。
 いや、正確には教室内で爆発が起こったのだが、とてもではないがそう思えるような規模ではない。
 窓ガラスはすべて吹き飛び、中にいた教師や生徒はその全てが気絶しているという凄まじい光景がそこには広がっていた。


 「……いったい何事……?」


 突然の出来事に全く防御できず、全身ススまみれになってしまった少年が、唖然とそう呟く。
 事態の把握に努めようと目を凝らすと、晴れていく黒煙の中に、一人の小柄な少女が立っていた。


 「…ちょっと、失敗したみたいね……」


 辺りの惨状を見渡しながらそう呟く、爆発でボサボサになった桃色ブロンドの長髪が印象的な少女。そして、その近くて目を回している、見知らないふくよかなご婦人。
 その瞬間、少年は全てを理解した。


 「だ、だから言ったのよ!」


 いち早く昏倒から覚めたのであろう赤い長髪で色黒の女性が、さも他人事のように呟いた少女に怒鳴りつける。


 「このっ…『ゼロ』のルイズ!!」


 ここ、トリステイン王国きっての有力貴族・ヴァリエール公爵家の三女にして、少年の幼馴染の1人でもある彼女、『ゼロ』のルイズこと、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
 この魔法学院始まって以来の『魔法の才能が まったくない(・・・・・・)』少女が起こす爆発事故は、ここでは半ば恒例行事のようなモノである。
 この後に待ち受ける事後処理や後始末などを思い浮かべ、少年は力なくため息をつくのだった。

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