小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

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 薄暗い螺旋階段の最上階。そこには、ここ、トリステイン魔法学院の長の執務室が存在する。
 その扉の前で、とある人物の退室を、少年は友人数名と共に心配げな表情で待っていた。何しろ、扉の向こうで学院長と会っているのは、今朝方教室1つを見事に大破させた少女だ。どのような処罰が言い渡されているのか、想像するだに恐ろしい。
 とはいえ、本気で件の少女の身を案じているのは、今にも倒れそうな顔をしている少年だけなのだが。実際、ある者は必至に笑いをこらえ、またある者は興味なさげに読書にふけっている。
 かくして扉は開き、桃色のブロンドとマントを揺らして、1人の少女・ルイズが顔を出す。


 「あの……どうでしたか?」


 元気なく螺旋階段を下りる彼女に、銀髪の少年はすぐさま駆け寄り、恐る恐るといった様子で問いかける。
 その表情を見たルイズは、思わず苦笑いを浮かべた。
 昔からそうなのだが、この幼馴染はどうも過保護な部分がある。心配してくれるのはありがたいが、これでは彼の方が逆に心労で倒れかねない。まあ、その心労の原因である自分が言えたことではないのだが。
 とにかく、復学早々に事故に巻き込んでしまったことも含めて、謝罪をしようと少女が思ったその時、


 「な〜に言ってるのよアレク。どーせまた、反省室送りに決まってるじゃない。
  あ、それとも、いよいよ退学?」


カンに障る褐色の女の、憐れむような、さげすむような声が割り込んできた。
 隣に立っている金髪縦ロールの少女と愉快そうに笑いながらの嫌味は今に始まったことではないが、正直腹が立つ。


 「お咎めはなしよ」


 おかげで、この結果報告が幼馴染にではなく、この無性に腹が立つ色ボケ女に対してのモノになってしまった。
 すれ違いざまに聞いたこの結果にはさすがに驚きを隠せないのか、赤毛と金髪が目を白黒としている。いい気味である。


 「そうですか。よかった……」


 ルイズの言葉に、少年は心の底から安堵し、文字通り胸をなでおろした。学院長の寛大なる処置に、大いに感謝である。近い内に感謝の品でも贈っておこうと、心の隅にメモをする。


 「って、なんでよ!? あれだけメチャクチャにしておいて!」


 しかし、この結果には納得がいかないとばかりに、褐色の女性が螺旋を下りつつある桃色少女へと振り返り、食い下がった。まあ、確かに常識で考えれば、あのような大規模破壊を成し遂げておいて、なんのお咎めもなしというのは、いささか以上に不自然である。
 言いたいことは分からないでもないと、少年は苦笑を漏らした。


 「……まさか殿下…学院長に何かしたんじゃ……」

 「何もしてませんよ!?」


 と、他人ごとのような顔をしている場合ではない。
 いつの間にか変な疑惑まで浮上してしまっている始末だ。金髪少女の疑いの目を、全力投球で否定する。
 いくらなんでも怪しい催眠術やなんかを教師に対して使用したなどと、友人に疑われたまま学院生活を送るようなことはしたくない。


 「……『生徒達は止めたのに、私に魔法を使わせた先生にも責任はある』、ってさ」


 そんな幼馴染の慌てぶりを見かねて、ルイズはため息交じりに学院長に言われたことをそのままに伝えた。その顔は、羞恥で若干赤く染まっている。
 赤毛と金髪の反応は、半ば予想通りだった。次の瞬間には、腹を抱えて笑い出している始末。非常に腹が立つ。


 「…今日は調子が悪かっただけよ!」

 「いつも調子が悪いんだよね〜? 未だに『二つ名』も持てない、『ゼロ』のルイズは」

 「ミ、ミス・ツェルプストー、そのくらいに……。
  ス…スゴイじゃないですか! あんなになんでもかんでも壊せる魔法なんて」

 「壊す以外できないなら、あまり意味ない」


 強がる桃色少女への、赤毛女性からのこれでもかという侮辱の嵐と、銀髪少年・アレクのフォローになっていないフォロー。そして極め付けとなる絶賛読書中のタバサからの容赦ない的確なツッコミ。そしてまたしても爆笑し始める金髪縦ロール。
 こんなやり取りも、彼らの間では日常茶飯事である。


 「私、召喚魔法(サモン・サーヴァント)だけは自信があるの!」


 しかし、今回で堪忍袋の緒が切れたのか、拳を握りしめながらルイズはそう叫ぶ。


 「見てなさい! アンタ達全員でも及ばないほど、
  神聖で、美しく、そして強力な使い魔を呼び出してみせるわ!!」


 ビシッと、効果音が聞こえてきそうなほどに赤毛達を指差し、高らかにそう宣言した。
 ハッキリ言って、こんなモノはウソだ。簡単なコモンマジックですら使えたことのない彼女が、都合よく召喚魔法だけをうまく扱えるなどあり得るわけがない。だが、バカにされたままではあまりに悔しかったのだろう。


 「無理ね」


 しかし、そんな少女の精一杯の虚勢は、赤毛女性にたった一言で一蹴されてしまった。ちゃんちゃらおかしいとばかりに、彼女は文字通り見下ろしている。


 「む、無理かどうかなんて、やってみないと……!」

 「無理よ。何度でも言ってあげるわ」


 なおも食い下がろうとするルイズに赤毛女性は、再度、今度は一片の容赦もないほど冷たく言い放った。


 「万が一にも私より強力な使い魔を召喚できたとして、
  アレクを超えるほどの使い魔なんて、アンタなんかには死んでも無理よ」


 瞬間、少女を雷に打たれたかのような衝撃が襲った。物言いは腹が立つし悔しいが、キュルケの発言は正直その通りなのだ。
 アレクサンドラ・ソロ・モン・ド・エルバート。
 彼はトリステイン始まって以来の天才であり、弱冠13歳にして火・風・土・水の4系統全てのスクエアメイジにまで上り詰めた神童だ。それ故に魔法の腕前に関しては国内に並ぶ者がなく、おそらくはハルケギニア最強のメイジとも目されている。
 しかし同時に、すでに教師すらも凌駕する実力を持つ彼にとっては、あまり意味のない魔法学院への入学を、風習であり交友の場であるからと熱望した変わり者でもある。
 ともすれば女性と間違えてしまうほどの美貌と、温和で礼儀正しく、ただただ優しいその物腰故に忘れがちだが、あらゆる意味で桁外れな人物なのだ。
 片や初歩的な魔法でさえ失敗続きの落ちこぼれ、片やハルケギニア全土にその名を轟かせる超エリート。これほどの実力差では、戦わずしてルイズの負けは決まったようなモノである。
 そんなことは、10年以上彼の幼馴染を務めてきた少女自身が、小憎たらしいゲルマニア女に言われずとも嫌というほどに理解している。ただ、あまりに大きすぎたその存在故に、無意識に『勝負の対象』から除外していたのだ。この場にいる『アンタ達』に彼が含まれることを、すっかり失念していたのである。自分のうかつさに、彼女は内心舌打ちした。


 「うるさい! やるったらやるの! フンだ!!」


 だが、気位の高い少女には、自身の不手際をわざわざ口にするのは、あまりにも悔しかったようだ。今さら『アレクは対象外だ』とも言えず、捨て台詞にすらならない捨て台詞を吐いて、羞恥で顔を真っ赤にしながら石の螺旋を早足で駆け下りていく。


 「…魔法の腕と使い魔のランクは、比例するとは限らないと思うんですけど……」


 仮に比例するならば、この学院の長であるオールド・オスマンの使い魔は、それこそドラゴンとかそこいらになるはずなのだ。しかし、実際にはそうではない。
 そんなアレクの力ないフォローの言葉は、残念ながら幼馴染の耳にはとんと届いていなかった。







〜第2話 『使い魔召喚』〜







 大陸・ハルケギニア。ここは『貴族』と『平民』、そんな階級制度が現在進行形で横行している世界だ。
 平民は貴族に対して絶対服従を強いられ、貴族による横暴を押し付けられることも少なくはない。そして、そんな貴族を貴族たらしめている唯一にして絶対の要因が、いわゆる『魔法』である。
 6000年前にこの地に降り立ったとされる始祖・ブリミルがもたらした、万物の精霊の力を借りて超常の現象を人の手で起こすことを可能にした破格の技術。持たざる者には抗うことすらできない、絶対の力。
 貴族達はこの魔法を用い、自らとその領地を守りながら反映してきた。
 そして、そんな貴族の子息令嬢達が一堂に集まり己が魔法の腕を磨く場所。それがここ、『トリステイン魔法学院』なのである。


 「さて…いよいよですか……」


 学院敷地内に設けられた中庭で、アレクは感慨深げにつぶやきつつ、胸に手を当てて大きく息を吐く。
 才能に恵まれた神童といえども、その実は年頃の少年。緊張と全くの無縁というわけではない。今日は、学院のカリキュラムの中でも、ある意味で最も重要視される儀式の当日なのだ。無意識に鼓動が早まるのも、仕方がないと言えよう。
 すなわち、『使い魔召喚の儀』である。


 「これは、2年生に進級した君達の、最初の試験であり、
  貴族として、一生を共にする使い魔との、神聖な出会いの日でもあります」


 そんな彼を含め中庭に集まった生徒達を相手に、指導役兼見分役の教師、ジャン・コルベールが、髪の抜けきった頭部を光らせつつ熱弁を振るっている。
 使い魔とは、魔法使い(メイジ)の目であり耳であり、一生に一度、運命に導かれて出会う大切なパートナーでもあるのだ。その選択は発動した魔法陣が行い、術者本人の意思はくまれないというのが欠点ではあるが、それが逆に運命的ではある。
 なお、使い魔は術者との相性によって選定されることがほとんどであり、すなわち、


 「…えぇ?」


『青銅』のギーシュことギーシュ・ド・グラモンは、巨大なモグラ、


 「…あら?」


『香水』のモンモランシーことモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシはカエル、


 「あらステキ」


『微熱』のキュルケことキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーはサラマンダー、


 「…よろしく」


『雪風』のタバサはドラゴン、という具合に、各々に最も適性のある使い魔が召喚されるのだ。
 召喚された運命の使い魔に、歓喜やら悲鳴やら無言やらが飛び交う中、滞りなく召喚の儀は進み、とうとうアレクにもその順番が回ってきた。
 彼が一歩前に出ると、その場にピンと張りつめた緊張感が漂い始める。


 「殿下のことですからな。
  さぞや素晴らしい使い魔を召喚されることでしょう」

 「ははは……勘弁してくださいミスタ・コルベール」


 その年齢に似合わないほどに目を輝かせながら、むやみにハードルを上げてくる教師に、アレクは思わず苦笑した。前述したが、メイジの能力=使い魔の希少性では全くないのである。
 が、そんなことはこの場にいる他の面子には関係なかった。4つの系統全てにおいて最高位のメイジに上り詰めた、おそらく史上初の天才少年。その彼が召喚する使い魔が、ただの獣であるはずがない。彼らはそう信じて疑わない。
 そんな一見すれば過度とも取れる期待を抱いてしまうほどの力と魅力が、アレクにはあるのだ。ただ、当の本人がまったくと言っていいほど自覚していないだけで。


 「…わが名は、アレクサンドラ・ソロ・モン・ド・エルバート。
  5つの力をつかさどる五芒星(ペンタゴン)……」


 息を1つ吐き、少年は召喚のための詠唱を始め、彼の足元に光り輝く魔法陣が広がる。多くの視線が注がれる中、召喚のゲートは開き、そこから何か小さな影が飛び出してきた。
 神童の呼び声に応えいずこかよりはせ参じたのは、隼と同じくらいの大きさの若鳥。燃え盛るような赤い羽毛に包まれた翼をはばたかせ、アレクの肩へと降り立った。
 しかし、当初の観衆の期待通り、その正体はそん所そこらを飛んでいるような凡鳥などではない。


 「こ、これは……まさか不死鳥(フェニックス)を召喚するとは……」


 コルベールは、賛辞の言葉など思いつかないといった様子でアレクを見つめる。
 不死鳥(フェニックス)。それは死する時に自らの身体を燃え盛る炎で焼きつくし、後に残った灰の中から蘇る、不死に最も近いとされる神聖な生き物だ。土地によっては精霊と同等に祭り上げられている、大物中の大物である。
 この瞬間、四大精霊の寵愛を受けた神童は、さらに不死の体現者を従える者となったのだ。その場はアレクへの祝福というよりも、彼に対する崇拝にも似た空気が漂い始めていた。


 「さて、これで全員ですかな?」


 この上なく最高の結果を目の当たりにして、コルベールも満足してしまったのだろう。ある意味でアレク以上に重要な人物の存在を、すっかり忘れている。


 「あ…その……」

 「いいえ。
  まだ、1人残っていますわ」


 どこか言いづらそうにしているアレクを押しのけ、褐色の女性、キュルケが意地悪っぽく笑いながら、そう切り出すのだった。







 そこに立つ小柄な少女に、生徒全員の注目が向けられている。
 それは、アレクの時のような期待とは、全く無縁の代物。
 そこに立つ彼女、『ゼロ』のルイズに、使い魔の召喚などできるはずがない、と、若干1名の例外を除き、その場の誰もがあざけりと侮蔑の視線を送っていた。


―――――――――――――――楽しみにしてるわ。フェニックスよりもスゴイ使い魔ってヤツをね―――――――――――――――


 「……ッ!」


 不意に、先ほど耳元でささやかれたキュルケの言葉がフラッシュバックする。
 さすがはアレクだ。史上最高の天才と謳われるだけはある。どう考えても、あのような幻の神獣以上の使い魔など、そうそう召喚できるモノではない。
 これは負けたかなと、半ばあきらめつつ、ならばせめて、あの以上発達した色気女のサラマンダー以上を呼んでやろうと闘志を燃やす。
 なんだ、あんなモノ。アレクの不死鳥に比べれば、ただの火を噴くトカゲじゃないか。大したことはない。そう心を奮い立たせ、少女は杖を振るった。


 ボンッ!


 巻き起こる爆風と、周囲に広がる黒煙。案の定、いつも通りの爆発が起きた。
 多くの生徒達が、ああまたかと、苦笑している。また失敗なのだ。そもそも成功するわけがないのだ。
 そんなだらけた空気を、


 「スゴイ! 成功したじゃありませんか、ミス・ヴァリエール!」


天才と呼ばれる少年の歓声が切り裂いた。
 そんなバカな。あり得ない。生徒達は口々にそう言い、場がざわめき立つ。
 しかし、現実は非常かな、それは真であった。煙が晴れたその場に唖然と立ちつくすルイズの足元には、彼女の召喚した使い魔の姿。
 変わった服装の少年が、のんきにも寝転がって眠っていた。

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