小説『ゼロの使い魔 〜虹の貴公子〜』
作者:荒唐井蛙()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 ザシュッ


 地に突き立てられた木の棒に撒かれたワラの束が、一閃の下に両断された。


 「…………」


 地面に転がる、その断面。それを無言で見つめ、少年は手に持った剣を一振りし、地面に突き刺した。役目を終えた白銀の両刃剣が、熱に溶かされたかのように形を崩し、大地へと還っていく。


 「お見事ですわ。もうすっかり、お元気になられたようですね」


 握力を確かめるかのように、右手を開いては握っている少年へと、紫ブロンドの少女がそう言いながらタオルを差し出してきた。


 「ええ、だいぶ感覚も戻ってきました。これなら、なんとかなりそうです」


 白い布地を受け取り、少年は汗を拭きながらそう答える。
 ケガから1週間。傷も塞がり、独自に調合・開発した薬やリハビリのかいもあって、通常では考えられない速度で、少年は回復を見せていた。それは、ワラ束の見事な切断面を見れば、一目瞭然だろう。
 と、その時、


 「アレク様」


音もなく直立不動の姿勢で現れる、老執事が1人。


 「ご友人が、お見えになっております」


 次いでその口から紡がれたその言葉に、少年は目を見開いた。







〜第55話 『決意』〜







 若い執事とメイドの手によって、各々に振り分けられたティーカップに紅茶が淹れられていく。客人に何も出さないのはエルバート家の教示に反するという夫人の意向で、メイドのシエスタを含む訪問者全員に、茶と茶菓子が振る舞われているのだ。領内で栽培されたという最高級の茶葉が織りなすかぐわしい香りが、広い室内に漂っていた。


 「本当に久しぶりね。あなたが王宮に勤め始めて以来だから…もう10年になるのかしら。時が経つのは早いわ……」


 きめ細やかな柄が描かれたカップを口に運びつつ、セレーナは感慨深げに対面のソファーに座るアニエスに話しかける。
 終始座るのを拒んでいた銃士隊長だったが、側近頭の母親によって、半ば無理矢理にその向かいに着席させられたのだ。


 「はい。ご無沙汰して、申し訳ありません」

 「いいのよ。定期的に手紙でやり取りはしてくれていたし、今や女王陛下の近衛隊長でシュヴァリエですものね」


 申し訳なさそうに頭を下げる金髪女性に、紫ブロンドの美女はそう言って優しく微笑んだ。
 そういう重要な役目を担うようになったからには、自由など無いに等しい。無理矢理に自分の時間を作れなくはないだろうが、元来がまじめで融通の利かない彼女ならば、それもかなわぬだろう、と。


 「……コルベールさんと、和解なされたのね」


 茶を一口飲み、セレーナは小さく呟く。
 彼女は、息子が重傷を負うことになった今回の経緯を、おおむね知っていた。そしてその上で、アニエスとコルベールが共に行動していることを踏まえ、その結論を導き出したのだ。


 「……彼の所業を、許したわけではありません。耐えることにしただけです。…アレク様の様に」


 アニエスもまた、静かに答えた。
 その言葉の通り、手にしたカップがカタカタと震えていることからも、怒りが完全には収まっていないことが分かる。


 「……ごめんなさいね。あなた達(・・・・)に、本当のことを言ってあげられなくて」


 紅茶の水面に映る自らの顔を見つめつつ、セレーナは謝罪の言葉を絞り出した。


 「…やはりあなた様も、ご存じだったのですね」

 「ええ……。私を含め、この屋敷の者は、アレク以外みんな知っていたわ」


 その言葉に、アニエスのみならず皆が一瞬ざわめいた。それも当然だろう。今の言葉が真実であるとするなら、屋敷ぐるみでアレクとアニエスの2人を騙していたことになるのだから。


 「でも、勘違いしないでね。アルバート(あのひと)は、アレクに家督を譲った後、あなた達にすべてを明かすつもりだったの。
  遺言でも、時が来たら、真実をありのままに教えるようにと言われたわ」


 亡き夫の名誉のためにと、セレーナは言葉を紡ぐ。


 「でも私は、あの人の言いつけに背いて、全てを隠すことにした。
  だって、真実(それ)を知ったあなた達の行動が、手に取るように分かったんですもの」


 そして、一見酷にも思える自分の選択もまた、純粋に2人の将来を思えばこそだった、とも。
 誰よりも尊敬していた父親の罪を知ったアレクは、まるで我が身のことのように嘆いただろう。マリィの一件で精神的に追い詰められていた彼が真実を目の当たりにしたなら、世の中に絶望し、誰にも心を開かず、世捨て人になっていた可能性が高い。最悪の場合、自殺すら考えられた。
 アニエスは即座にコルベールへ牙をむき、殺していたに違いない。事実、先日もあと一歩で殺しかけたのだ。止める者がいなければ、確実にそうなっていただろう。そしてまた、憎しみの連鎖は続いていく。
 そんな未来がありありと想像できたからこそ、セレーナはあえて秘密を隠し通してきたのだ。
 しかし、


 「でもまさか、日記に暗号として記していたなんてね……。
  もしかしたら、私の悪知恵も、あの人にはお見通しだったのかもしれないわ……」


アルバートは遺言通りに、息子の頭脳が父を追い越す『その時』が来れば、自然と伝わるように細工していた。
 ため息交じりに肩を落とす夫人。結局のところ、自分は亡き夫の掌の上で踊っていたのだから、それも仕方ないことなのかもしれない。


 「さて、アニエスさん。私に恨み言の1つでも、あるのではなくて?」


 セレーナはソファーに座り直し、アニエスに問いかけた。
 事実、彼女は娘も同然の女性を、長年にわたって騙し続けていたのだ。恨まれていないと思う方が、どうかしている。
 しかして、アニエスの答えは、


 「いえ、何も」


予想外で、実に淡白なモノだった。
 これにはセレーナはもちろんのこと、他の面々も唖然としている。


 「確かに、黙っておられたことに怒りを感じないと言えばウソになります。
  リッシュモンの姦計とはいえ、私の故郷を焼く決定を下した先代様を許せることもないでしょう」


 親衛隊長の言葉を受け、それが当然だとばかりに、夫人は小さく頷いた。


 「しかしそれ以上に、私はあなた方に感謝しているのです」


 そして次いで紡がれた言葉に、再び時が止まる。


 「本来ならばのたれ死ぬか、犯罪に身を落とすしかなかった私を、復讐すら許容して快く受け入れてくださったことに」


 アニエスは真実を知るまで、里を失った少女への憐れみで引き取ってくれたのだと思っていた。
 真実を知ってからは、自らの犯した罪への償いという義務感で育てられたのだと思っていた。
 確かにそう言う面もあっただろう。しかし、今の夫人の言葉を聞いて、それが本当の真実ではないと思えたのだ。そこにあったのは、純粋な『愛』。まるで本当の我が子の様に自分を愛し、その将来を案じてくれていたのだ、と。


 「おかげで、素晴らしい主君と出会うことができました。今の私は、それで充分です」


 満面の笑みでそう言う、金髪ショートカットの女性。
 『メイジ殺し』とまで恐れられた女性が見せた、あまりにも美しいその笑顔に、誰もが目を丸くする。だが、セレーナだけは微笑みを浮かべていた。ほんの10年前まで毎日のように見られた笑顔が、帰ってきたように感じたのだろう。


 「そう……。それじゃあ、暗いお話はここまでにしましょうか」


 そして夫人のその一言で、場は普通のお茶会へと空気を戻していく。
 初対面の面々の自己紹介を含め、しばらくは取り留めのない話題が飛び交っていたが、


 「あ、そうそう」


何かを思い出したのか、セレーナがティーカップをテーブルに置いて再びアニエスを見据えたのだ。


 「例の件、考えてくれたのかしら?」

 「ッ!」


 その瞬間、銃士隊長の表情がこれ以上ないほどにこわばった。
 そんな彼女の様子に、紅茶に舌鼓を打っていた面々が、一斉に疑問符を乱舞させる。


 「それは…その…私ごときには、恐れ多いといいますか……」


 珍しくしどろもどろな口調で返す目の前の女性の態度に、セレーナは「やはりね」と言うかのようにため息をついた。


 「そんなことはないわよ。さっきも言ったように、あなたはシュヴァリエ…貴族なの。
  確かに王族と比べると見劣りしてしまうけれど、そこはなんとかなる範囲だわ」


 まったく要領を得ない2人の会話に、サイトはますますわけが分からないといった顔を作る。しかし、彼の周囲の女性陣は、半ば本能的に、その会話の内容を察していた。一部は、ただならぬ危機感を抱き、顔に緊張を張り付けている。


 「あの子もあなたに心を許しているし、銀と金…お似合いだと思うのよ」


 そして、その一言で、予想は確信へと変わる。
 このブロンド美女は、アニエスを我が子の伴侶として迎えようと考えているのだ、と。


 「お、お待ちくださいセレーナ様! それはあまりにも無理が過ぎるというモノですわ!
  いくらなんでも、エルバート家当主と平民上がりのシュヴァリエが婚約だなんて……!」


 それにいち早く異を唱えたのは、ヴァリエールの長女であった。
 いかにシュヴァリエが貴族としての権利を有していると言っても、その地位は貴族の中でも末端だ。元々が平民であるだけに、家柄に問題がありすぎる、と。


 「だ、第一、殿下や彼女の気持ちだっ…て……」


 さらに本人達の意思を引き合いに出して、エレオノールは抗議を続けようとする。アレクとアニエスは、言ってしまえば姉弟のような間柄なのだ。そんな2人が、互いを異性として見ているなどあり得ない。
 しかし、彼女のそんな言葉は、不意にアニエスの表情を認めたところで、尻すぼみに途切れてしまった。顔が、熟れたリンゴのように真っ赤に染まっていたのだ。
 エレオノールだけではない。その場にいた誰もが、常に凛とした空気を纏う近衛隊長の意外な事実を目撃し、そのままの姿勢で固まってしまっていた。


 「あなたがあの子をどのように見ていたか……。
  それは10年前、突然この屋敷から出て、王宮に仕えるようになったその行動を見れば一目瞭然です」


 その中にあって、唯一冷静さを保っていたセレーナが、場の空気など気にせずに淡々と言葉を紡ぐ。
 当時13歳という幼い少女が、それまで住んでいた場所から突如として飛び出し、王宮勤めなどを始めた理由。自然に考えて、それはエルバート家が彼女にとって住みにくい環境になったからだと考えるのが妥当だ。
 ならば、その要因は何か。エルバート領は、首都に比べて文化レベルも高く、暮らしに不自由を感じたという線はないだろう。さらに、屋敷には来なくなったものの、家の人間とは定期的に文通をしていたわけだし、人間関係の悪化も考えられない。
 となれば、思春期を迎えた少女が屋敷を離れた原因は、むしろ逆。領内の誰かに、その乙女心を花開かせ、なおかつそれが許されないと判断した。セレーナは女の勘により、そう直感したのだと言う。
 そして、それらに該当するお相手となると、かなり限られてくる。すなわちそれが、アレクだったのだ。


 「マジメなあなたのことですもの。エレオノールさんが言ったように、身分の差に引け目を感じて、あの子から距離を置いたのでしょう?」


 正直、図星だった。自分の考えをすべて見透かされているような感覚に襲われ、アニエスは表情をこわばらせる。
 切っ掛けがなんだったのかは、もう覚えていない。しかし、ある時期を境に、それまでカワイイ義弟としてしか見ていなかった少年が、異性として、とても愛おしく思えるようになってしまったのだ。
 その想いは、日に日に募るばかり。このままでは危険だと判断した少女は、屋敷を離れ、彼と極力関わらずに生きる道を選んだのである。
 まあ、結果として、10年が経った今、心に灯る淡い炎は消えるどころかその大きさを増し、2人は上司と部下として再開してしまったのだが。


 「でも、生まれはともかく、10年間をこの屋敷で過ごしたあなたには、その資格が充分にあると思うの。
  教養、立ち居振る舞い、その他すべてにおいてね」


 アニエスは、屋敷で暮らしている間、アルバートが用意したあらゆる英才教育を受けていた。それこそ、将来の選択に何不自由しないようにと、礼儀作法に始まり、武術や勉学など、その種類は多岐にわたる。
 今でこそ女王の近衛隊長を務める仕事柄、抜身の刃のような空気を纏っているが、その気になれば、並みの貴族よりもよほど貴婦人らしく振る舞うことができるのだ。


 「今すぐにとは言わないわ。あの子の意識も変えないといけないし……。でも、あなたの中に、今でもその想いがあるのなら……」


 すっかり黙り込み、おとなしくなったアニエスを見て、もう一息だと思ったのだろう。セレーナは畳み掛けるかのように、さらに説得を続けようとする。
 しかし、


 「ちょ、ちょっと待ってください!」


その言葉を、我に返ったサイトの叫びが遮った。


 「アレクがマリィって女の子と婚約したいって言った時、反対したんですよね?
  なのになんで今になって、そんな急ぐように婚約の話なんか……!」


 その意見は、普通に考えれば至極もっともだった。
 幼き日のアレクが想い人との婚約を望んだ時、アルバートとセレーナはそれに反対したのだ。アレクの粘りもあり、結果として秘密裏に婚約は交わされることになったが、そのマリィに謀反の疑いがかけられた際、彼は婚約者として彼女を弁護することすらできなかった。それは、他でもない両親の意向だったと聞いている。
 それだけ息子の恋愛に消極的な態度を取っておいて、今さら急かすかのように本人の意思の介さないところで話を進めようとするなど、あまりにも身勝手というモノだ。


 「…あの時とは、状況がまるで違うのです」


 使い魔少年の訴えに、セレーナは表情を歪めながら返答する。
 アレクがマリィとの婚約を結ぶと言い出したのは7年前。当時、彼は10歳だ。結婚の約束など、いくらなんでも早すぎる。もっと友人として深く関わり合い、長い年月を共に過ごしてからでも遅くはない。親としては、そう考えていたのである。
 しかし、それから7年が経過し、今ではアレクも17歳。お家の安泰のためにも、何より彼自身の今後のためにも、そろそろ将来の伴侶となるべき女性を見つくろう必要がある。
 しかし、


 「あの子は今でも、すでにいない少女を愛し、過去に囚われている……。
  このままでは、エルバート家も…何よりあの子の将来だって……。私は、それが悲しいのです」


今のアレクは、マリィを愛するあまり、周りにいる女性に興味を示すそぶりがまるでない。このままでは、長い歴史を誇るエルバート家の未来も、愛息子の将来も、暗く閉ざされてしまう。それだけはどうしても回避したいと、壁に飾られた絵画を悲しげに見つめながら、母親は語る。
 その仕草で、サイトや皆の中になんとなくあった予想が、確信へと変わった。幼き日のアレクと共に描かれているこの美少女こそ、マリィ・アンその人なのだ、と。


 「あの子を前に進ませるには、新しい恋を見つけさせる…それが一番なのです。
  そして、どこの誰とも知れない貴族の娘と婚約させるくらいなら、気心の知れたアニエスさんと……そう思ったにすぎません」


 それを聞いたサイトは、少し安心していた。
 少なくとも目の前の女性は、『先代エルバート公の妻』としての立場だけでなく、『母親』としてアレクをきちんと見て、深く愛している。そう感じ取れたから。
 そして、言っていることにも一理ある。かの少年は、色恋沙汰に敏感とは言えない自分の目から見てもかなりモテているにもかかわらず、誰とも男女の関係になろうとしていない。すでに故人となってしまった想い人に操でも立てているのだろうが、それは誰の目から見ても、あまりに不毛である。
 サイトも、それは分かっている。しかし、


 「…でも、やっぱり急ぎ過ぎですよ」


そう、思うのだ。


 「アイツは、つい最近、あの子の問題に結論を出したばっかりなんです。やっと、歩き始めたところなんです。だから……」


 今はまだ、見守るべきだ。いずれ、彼がマリィとの関係に完全に区切りをつけ、新たな人生を歩くその日まで。
 そう、少年は諭すかのようにセレーナに語りかける。


 「…あの子は、本当にいい友達を持ったのね……」


 サイトの粗雑な言葉づかいを、夫人は咎めるどころか、称賛の意を表した。
 身分の差など気にせず、ハッキリと自分の意見を口にするその姿に、セレーナは嬉しそうに微笑みを浮かべる。


 「そうね…私や夫の行動が後手に回りやすいこと、すっかり忘れていたわ……」


 考えてみれば、エルバート夫妻が息子のためにと何か行動を起こして、事態が好転した例は数えるほどだった。息子を大事に思うがあまり、予期せぬ悲劇を呼んでしまうのである。
 それはマリィ・アンの事件に始まり、ウェールズ暗殺の一件を考えても明らかだ。5年前、ルーヴェルディ親子を擁護し、リッシュモンを糾弾していれば、彼によるアルビオンへの情報漏えいは行われなかった。数ヶ月前、無理矢理にでもウェールズを救出していれば、戦争以外の選択肢があったはずなのだ。


 「分かりました。このことに関しては、しばらく様子を見ましょう」


 その言葉を聞いた女性陣の表情に、安堵の色が戻った。
 しかし、


 「でも、あの子にアプローチをかけるのであれば、私は止めないわ。
  むしろ、どんどんして頂戴。もちろんアニエスさんだけでなく、そちらにいる方々もね」


ウインク交じりに飛び出したその言葉によって、それまで以上の緊張感が走る。金髪の近衛隊長とヴァリエール姉妹、そして青髪の少女が、四つ巴の激しい火花を散らし始めたのだ。


 「…私がエルバート公の伴侶にふさわしいとは思えないが、それでもあの方の幸せを誰よりも望んでいるという自負はある。
  あなた方が我こそはと名乗りを上げるのであれば、その資格、確かめさせてもらうぞ」

 「あら、ずいぶんと上から目線じゃない。たかが17年のアドバンテージで、調子に乗らないでもらえるかしら」

 「私達だって、殿下の幸せを願っているのは同じなの。譲る気はないわ」

 「…彼の心を癒すのは私」


 そんな南極のブリザードもかくやというやり取りに、シエスタやモンモランシーは戦々恐々と言った様子で手を取り合って震え、サイトとルイズは争奪戦の人数が増えてしまった事実に頭を悩ませつつため息をつく。キュルケはむしろタバサの闘志をあおり、コルベールはうれしそうに微笑む反面、心労が増えそうな予感に複雑そうな視線をアニエスへ送っている。唯一ジュリオだけが、自分は関係ないと言わんばかりに、1人涼しげに紅茶を飲んでいた。


 「あら、地雷踏んじゃったかしら♪」


 イタズラが成功した時の幼子のような、無邪気な顔を見せる先代エルバート公夫人。


 「奥様……」

 「楽しんでいらっしゃいますね……」


 そんな彼女の性格を知る使用人2人が、ため息交じりにそう呟いた。
 その時、


 「遅れて申し訳ありません」


そんな言葉と共に、部屋の扉を開ける少年が1人。傍らには、紫ブロンドの少女。そして後ろには、老執事の姿も見える。


 「アレク! 元気そうだな」

 「はい。もうすっかり傷も癒えました」


 血色のいいその表情を見て、心から嬉しそうに声を上げるサイト。そんな友人に、アレクは社交辞令の様にほほ笑みながら、自らの体調を報告した。


 「皆さんがいらしていると聞いて驚いたのですが、ちょうどよかった」


 次いで少年の口から出たその言葉に、その場にいる全員が怪訝な顔を見せ、


 「学院に戻っている時間もないので、お別れをどのように伝えるべきか悩んでいたのです」


次の瞬間には、まさかと、不安と恐怖が心身を駆け巡る。


 「ボクは明日、前線に向かいます」


 無表情のままに紡がれた一言。運命の歯車が、静かに動き出そうとしていた。

-55-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




ゼロの使い魔F Vol.4 [Blu-ray]
新品 \5452
中古 \2169
(参考価格:\7140)