#6 寿司と間宵とアネモネと?
◇◆敦彦◆◇
「会いたかったわ! まよちゃん!」
どこか殺伐としている僕ら二人がいる一方で、斉藤京子さんはとても浮き浮きしていた。職場から家に帰ってくるや否や、間宵に駆けよって抱きよせた。
「きょ、京子さん。苦しいです。わたし、子供じゃないんですから」
京子さんの腕の中で間宵がもがく。
「あー、愛しのまよちゃん! ホントに立派になって!」
「そうですかね。えっへへ」
「よく帰って来たわー! すっごく心配してたんだからー!」
声をうわずらせながら頬をすりよせた。その無邪気さは彼女が三〇後半であることを連想させない。
「今日はお祝いしなきゃね。贅沢にお寿司でもとっちゃおうかしら♪」
さらに彼女は鼻歌を奏でながら、携帯電話をいじり始めた。まず見た目が若々しいので、ソファーに腰かけ携帯などいじられてしまえば、ますます年齢が不詳になる。
「ええ、そんなお構いなく」間宵が遠慮した。
「そうだよ、京子さん、構わなくたっていいよ」
といったのは僕だった。らしくなく京子さんに向け、ぶっきら棒にそういっていた。
「は?」
そんな態度が癪に障ったのか、間宵が僕を睨みつける。
「お兄ちゃんにそういわれると、わたし、なんだかとっても腹立たしいんだけど?」
「だって勝手に出てって勝手に帰ってきただけだろ。祝福する必要なんてないじゃないか」
どうしても間宵に対してつんけんしてしまう。
それは、多少なりともアネモネの影響があるのだが、彼はわれ関せずといった具合に、間宵の後ろでそっぽを向いていた。僕の憑きもの沙夜は僕らの喧嘩の仲裁に入ることもできず、ただただ、その場でおたおたしている。
「可愛い妹が無事に帰ってきたのよ、少しぐらい祝ってくれたっていいじゃない!」
「お前は投げたブーメランが返ってくるたびに『やった! 返ってきたぞ!』っていちいち祝福するのかよ」
「ブ、ブーメランって……、むぅ〜! なによ、この変態ロリコンバカ男!」
「なんだと、この発情マセガキ女!」
互いが互いに罵声を浴びせながら睨みあった。
「なに? 早速兄弟げんか? 仲いいわね〜」
そんな僕らを見て、京子さんはうっとりとしたようすで頬に手を当てた。ふたりが活力たっぷりに並んでいる姿を確認して、安心しているようだった。そのようすは、どこか誇らしげでもあった。
京子さんは昔から僕らが喧嘩している時、仲裁に入ろうとしない。いや、仲裁しないだけにはとどまらず、ふたりを喧嘩の渦中へと扇動し、状況を悪化させる事態さえもあった。レフェリーであるべき人が『ストップ』をさせぬまま『ゴー!』というのだ。
だけど、このように彼女が悠長に構えていられるのにも、きちんとした理由がある。
京子さんはわかっているのだ。僕と間宵はたったひとりの肉親であり、周りにいる人がなにもせずとも、自ずと元の鞘に収まるであろうということを――。
「ともかく、まよちゃんが帰ってきたんだし。奮発して極上のやつ頼むわね」
「いえいえ、そんな……。大丈夫ですって」
「そうですよ、京子さん。こんなやつに気を遣わなくたっていいですって」
「な、なによっ! この変態ロリコン、およびペド男っ!」
「なんだよっ! この発情マセガキ、すなわちニンフォマニア女っ!」
「ふふふ、仲がいいわね〜」
などというやりとりをこの後、二三度繰り返す。