小説『合法トリップ。』
作者:雅倉ツムギ()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

ジンはチャージのドリンクチケットを早速ビールに代えてきた。続いて僕もジントニックに代えてくる。
まだ6時を少し回ったところなので、入場してる客も少ない。
モータウンカフェは、ライヴにうるさい人達の集まるところなので、始まってからモニターで様子見して、入ってくる客も多い。だから、その日のライブの一番最初に演奏する曲には、自信のある曲を持ってこないと、見に来てすらもらえない。ある意味、出演者にとってはシビアなシステムだなーと思う。
ただ、逆に、それが成功すれば、一見さんでもどんどん入ってきてくれる。アメリカのクロコダイルカフェ方式なんだよ、と半ちゃんが言ってたことがあるが、詳しくは僕も知らない。

「ま、とりあえず、お疲れー!」
「おう、お疲れ!」

ささやかな乾杯を交わし、ジンはビールを一気し、早々ともう一杯注文しに行った。2杯目からはドリンク代が300円になるのだ。金がないのが悩みのバンドマンにとって、こんなにいたれりつくせりのライブハウスはそうそうないだろう。

「…で、メルトローってどんなバンドなのよ?俺、好きそう?」

「うーん、ボーカルは好みが分かれるかもね。俺は好きだけど。」

ジンは好きなバンドをとことん聞き倒すタイプなので、あまり新しいバンドには手を出さない。僕はジンに結構色んなバンドのCDを貸してあげてるが、好みがはっきりしてるぶん、そんなに気に入った、という話は聞かない。でも、ハマるととことんハマるので、いつの間にか僕よりそのバンドについて詳しくなってることもある。

「音源持ってくれば良かったよな」

「今日見て気に入ったらでいいよ。それよりコトリ、お前新曲書けたの?」

ジンに言われてドキッとする。
実は、僕らのバンドは今、初めてのレコーディングを控えている。ライブも何十回かやって、固定ファンもそこそこ付いてきたので、そろそろ音源を出してみようかという話になっている。
今までも、僕が主立って曲を作っていたのだが、最近、いわゆる「スランプ」に陥っている。
CDの華になる一曲を書き上げたいのだが、なかなか形にならないのだ。

「…んー。その様子だとまだなんだな。まぁ、俺は最高のが出来るまでなら、いくらでも待つけどね」

「うー、すまん。何かが足りないんだよな、まだ。」

そうなのだ、何かが足りないのだ。
今まで、いい曲が出来ると、その曲にも「ヴィジョン」が見えていた。
そのときばかりはフリーさんも姿を潜める。明らかに、弾いててノリが違うのだ。
例えるなら、言い方は悪いが、薬をやってて中毒した人がハイやバッド状態になって見る、「幻覚」みたいなものが見えるのだ。(僕自身はやらないので、あくまでも想像だが)
ぐるぐるとした極彩色のうずまきが形になって、花だったり、人だったり、景色になったりする。
気持ち悪いヴィジョンもあるのだが、どんなヴィジョンにせよ、それが見えた曲は、確実にライブでウケる。
これは僕にしかわからない感覚だから、メンバーに説明しようがない。
最近、何をやっても、その感覚にたどりつかないのだ。
渦巻くイメージまでなら見えるのだが、それが「ヴィジョン」にならないのだ。
フリーさんも、自分が出てこれないという感覚はあるらしく、『今いいの出来たか?』と聞いてくるのだが、あくまでも練り固まってない渦巻きしか見えないので、『惜しいな』と言われるのみ。

メルトローを聴いて、衝撃を受けたのはそこだった。

僕の欲しているヴィジョンに、とても近いものを見たからだった。

あの骸骨のような、澱みない、それでいて、手に取れそうな、生々しいヴィジョン。

今日は、それに会いに来たと言っても過言ではない。

こればかりはジンにも説明しようもないので、僕は敢えて黙っていた。


「…お、コトリ、そろそろ時間だぜ」

ジンに言われて時計を見ると、もう6時半。開演時刻だ。

「…んじゃ、いっちょ刺激をもらいに行きますか!」

そうだ、考えてたって仕方がないのだ。
生ライブの何がいいって、ヴィジョンと直接交流できることだ。
会って、触れることで、何かヒントを得ることが出来るかもしれない。
僕とジンはホールへ入った。バンドマンは何故か最後尾で見ているやつらが多いのだが、今回は出来るだけ近い距離感のほうがいいので、僕が率先して最前列を陣取った。

場内のBGMは洋楽のミクスチャー中心。メルトローのセレクトだろうけど、これもまたセンスがいい。
僕は、初めてバンドを見に来たときの気持ちを、不思議と思い出していた。
心臓がはちきれそうなくらいドキドキしてるのに、待ちきれなくてうずうずする、あの感じ。
好きなバンドを見に来たときにしかそうならない。まるで、恋のようなもどかしさ。

BGMが終わり、幕が開いた。SEが始まった瞬間、後ろから人がどっと迫ってきて、押しつぶされる。
そうそう、この感じ。これが「ライブ」ってやつだ。

-6-
Copyright ©雅倉ツムギ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える