「何してんだ。オマエ」
そんな言葉と共に現れたのは、泉ヶ仙珱嗄。その腕が地面へと押しつけた4人目の転生者、霧咲俊也は地面にぶつかる直前に消去魔法で自身への衝撃を消していた。
ダメージの消去。これはかなり諸刃の剣であり、最終的にはこのダメージが後々戻ってくるのだ。消去魔法とはいえ、その効果は永久じゃない。あくまで一時的な物なのだから。
「はぁ……他人の恋路を邪魔するのはあまり褒められた事じゃねぇぞ」
「へぇ、そいつは良い事を聞いたな。お前の邪魔なら初対面でも喜んでやるわ」
ゆっくりと立ち上がりながら珱嗄の方へと振り向く俊也。その表情に浮かぶのは、分かりやすい怒り。邪魔された事を不愉快に思う子供の心境。
「良い性格してるな、オマエ」
「良く言われる」
すっと構える俊也とゆらりと構えない珱嗄。この世界に転生したタイミングは、4人の転生者全員同じ。だが、この9年と半年の間彼は原作に干渉する事を捨てて自身の研磨に時間を注ぎ込んだ。ある意味、他の3人とは違い冷静な判断が出来る者と言える。
「で、オマエは何だ? 原作に存在しないオマエは一体何なんだよ。転生者か?」
「違うな。お前と同じ様な事を言う奴には3人ほど会ったが……そいつら曰く、俺はイレギュラーらしいぜ?」
「なるほど。まぁそんなのどうでもいい。消えろ」
そう言った次の瞬間、俊也の背後に現れる幾百の武器。王の財宝……かつて英雄の王と呼ばれた原初の英雄が使用した評価規格外の最強宝具。その中には、この世全ての財宝という財宝が保蔵されている。
そしてその中には、世界を破壊する対界宝具ですら内包していた。
「へぇ……随分と物騒な物を持ってるじゃないか……面白い」
そう言った珱嗄は対抗する様に幾百の魔法を展開した。その数は俊也の背後に現れた武器と同数。相対する幾百の武器と魔法陣。
「お前に言われたくは無いな」
「全くだ」
その言葉と同時、顔を怒りに染めた二人はお互いの武器を全力で撃ち放つ。
「死ね、このクソ野郎がァ!!!」
「くたばれ、咬ませ犬野郎!!」
轟音。はやての家を中心として衝突しあう武器と魔法は、半径300mを初撃で吹き飛ばした。咄嗟にアリシアが結界を展開しなければ、現実世界で本当に多くの人間が死んでいただろう。
一つ一つに必殺の能力を持つ宝具と一つ一つが人間の英知である過去未来現在全ての魔法は、拮抗しぶつかった瞬間お互いを消し飛ばす。展開された魔法陣から発射されるカラフルな魔法は、珱嗄の魔力を大量に持って行き、次の瞬間には珱嗄の魔力は尽き果てる。
だが、珱嗄はすぐに魔力が尽きる事は承知済み、一瞬後にはすでに魔力を周囲から集めて使い始める。この空間には衝突して霧散する高魔力の塊である宝具が大量にある。それはつまり、この状況に置いて珱嗄の魔力は無尽蔵に等しいのだ。
「ちィ……!」
自分と同等の火力持った珱嗄に歯噛みする俊也だが、その顔は驚愕に見開かれた。
「それだけじゃ勝てねぇよ」
珱嗄が動いたのだ。その展開された魔法は一切勢いを止めずに自身へ攻撃を加えて来ている。なのに、珱嗄は高速で動きだし、俊也の懐に入った。
珱嗄の魔法を止める為の宝具の掃射は止められない。かといって、珱嗄自身を止めるにはその掃射を止めなければならない。
それはつまり、俊也は王の財宝を展開しながら動く事は出来ない事を示していた。
「―――吹き飛べ」
珱嗄の尋常じゃない威力の蹴りが、俊也の腹に突き刺さる。その威力は、珱嗄のこれまで過ごしてきた経験の全てが詰まっていた。ハンターハンターの世界で幾多の強者を押しのけ頂点に立つまで研鑽されたその蹴りは、人間の身体を容易に吹きとばす。
俊也の身体が残ったまま吹き飛んだのは、暗に珱嗄が手加減を加えている事が分かった。
「ぐっ……ガッ……がはぁあ!!」
地面をバウンドして建物をいくつも貫き倒れる俊也。展開された宝具はその姿を別空間に消し去り、珱嗄の魔法陣もフッと消えて行った。
「ふぅ……やっぱり、転生者ってのはどいつもこいつも考えが浅い」
そう呟くと同時、アリシアの展開した結界が消える。どうやら、意識を失う寸前俊也はダメージを消去魔法で消し去り結界も消し去った後、逃げた様だ。やはり、やったらやり返す他の三人とは違って俊也は冷静な判断を下せる転生者だった。
「逃げたか……」
壊れた建物が元に戻り、消えていた人々が戻ってくる。勝負には勝った珱嗄だが、代償は大きかった。はやての家の結界が消えた事と咄嗟にはったアリシアの結界は確実に管理局に感知されただろうし、これで転生者3人が探していたはやてへの突破口が開いたのだ。
それはつまり、珱嗄達の計画の失敗率が大幅に上がる事を意味する。管理局に仮面の男、転生者、多くの障害が珱嗄達の拠点を掴んだのだ。そして、珱嗄の計画を知らないとはいえ、闇の書が関連しているだけで早急な対処を取る管理局は、確実に此処を訪れる。それも、今日明日中にだ。
「まずいな、とりあえずアリシア。大丈夫か?」
「うん、段々身体の感覚も戻って来たし。戦闘はまだ無理だけど動きまわるだけなら大丈夫だよ」
「そうか……」
その事実は、更に珱嗄を追い詰める。元々、この計画はアリシアが戦闘する事が前提なのだ。それはつまり、珱嗄の計画をいますぐ実行することが出来ないという事なのだ。
「……まぁいいや。あの怪我ならしばらく動けないだろうし、転生者と管理局位なら魔法無しでもどうとでもなるか」
「どうするの?」
「とりあえずはアリシアの体調が戻るまで待つ。最大限戦闘出来る位には戻って貰わないと困るからな」
珱嗄の頭の中には、消去魔法の知識もあるし使う事も出来るが、消した物は効果を失うまで取り戻す魔法も存在しない。魔法無効化魔法もあるにはあるが、消去魔法は消去という事象を起こすだけであり、その後は魔法ではないので、無効化出来ない。文字通り消去魔法なのだ。
「分かった。シグナム達は?」
「ああ、とりあえず病院に待機だ。さっきのを含めた4人がはやてを訪れるとも限らないからな」
「そっか……そうだよね」
「それじゃ、こっからは時間の問題だ。もう一頑張りだよ、アリシア」
「うん!」
そう言って、珱嗄はアリシアの頭を撫でた。