医務室を出た珱嗄がやって来たのは、暗くなった訓練場。珱嗄は空を見上げながら次元世界は何処でも太陽と月はあるんだなぁと思わぬ共通点を見つけてしまっていたりした。
そして視線をまた前に向けると、そこにはなのはと4人のフォワードが未だに訓練を続けていた。どうやらフェイトは他の仕事なのか居ない様で、今は4人の訓練をなのは一人が見ている。来る途中でアリシアとシグナムが食堂で重々しく話しているのを見かけたし、神崎は神崎でロングアーチ……ああ、管制室みたいな所で忙しなく仕事をしていたのを見かけたし、本当に皆忙しいのだろう。
珱嗄はそう思いながら歩き続け、なのは達に近づく。4人は訓練に夢中なのか珱嗄には気付かない。空が暗く、珱嗄の着物の色も濃い青と景色に溶け込む色だった事もあり、なのはも気付いていなかった。
訓練の様子は、4人がそれぞれ自分の訓練をしているのをなのはが見ているという形。故に、珱嗄はその見ているなのはの隣に歩み寄った。
「……」
「……(気付いてない?)」
「……ティアナ……」
「……あのー」
「え? あ、え、珱嗄さん!?」
珱嗄が声を掛けると、なのはは吃驚した様に声を上げた。どうやらフォワード陣はまだ気が付いていない様だ。というより相手に夢中だ。スバルとエリオはガチバトルを繰り広げ、ティアナは動き回る的へ銃口を向け続ける。キャロはスバルとエリオにブーストを掛け続けている。
だが、ティアナの様子は異常。焦っているし、力が入り過ぎている。正直、これでは訓練になっていない上に身体を壊すだけだ。
「ティアナはどうだ?」
「え、あ、はい。見ての通り、何かに追われる様に訓練を続けてます」
「……駄目だなこれは。全く……なのはちゃん、今日はこれくらいで訓練切上げてくれ」
「……分かりました」
そう言うと、なのはは訓練の終了を告げて全員を集める。4人、特にスバルとティアナの2人は珱嗄の姿に少し身体を強張らせたが、なのはは気にせずにそれぞれの悪い部分と良い部分を伝えて解散させた。
「あー……ティアナ。ちょっといいか?」
「っ……はい」
「あ、あの! 私も……」
珱嗄がティアナを呼ぶと、ティアナはビクッと身体を強張らせて返事をした。そして珱嗄の方へと歩み寄ろうとした時、スバルが一歩前に出る。どうやらティアナが珱嗄に叱られると思って庇おうとしているようだ。
だが、珱嗄はスバルにゆらりと笑って手で制す。
「いや、ティアナだけでいい。ティアナ、エスケープ隊の隊舎は分かるな? 先に隊舎の談話室に行っててくれ」
「……はい」
珱嗄はそう言って、ティアナをその場から立ち退かせた。そして、少ししてスバルに向き合う。
「そう身構えるな。叱られるわけでも無し……大丈夫、俺は別にティアナを叱ったりしない。ちょっと話をするだけだ」
「そう、ですか……」
「お前も分かってるだろう。アイツの過重訓練については」
珱嗄の言葉に、スバルは俯きがちにこくりと頷いた。ティアナの訓練と仕事のやり過ぎ、スバルもそれは分かっていたし心配もしていた。だがティアナはそんな心配も露知らず、やり過ぎな程の訓練と仕事の繰り返しをしていた。
「俺は少しそれを控えさせるだけだ。後はまぁ……左腕の事は気にするなってね」
「左腕………大丈夫、なんですか?」
「ん、まぁ問題ないだろ」
珱嗄の左手は袖から出ていなかった。珱嗄の着物の袖は長く、垂らしているだけなら珱嗄の手を丸々覆い隠す。故に、スバルからは珱嗄の隠れた左腕は見えなかった。
そして、珱嗄は左腕は治ってるから大丈夫という意味合いで言った言葉はスバルに勘違いを生んだ。左腕が無くても生活は出来る、という意味でスバルはその言葉を受け取ったのだ。
「そう、ですか」
「おう。それじゃ、部屋に戻ってろ。ティアナもちょっと話したら部屋に戻すから」
「……分かりました」
スバルは珱嗄の言葉に従って部屋に戻る。その後ろ姿からは、やはり珱嗄の左腕を奪ってしまった罪悪感を漂わせていた。珱嗄はそんなスバルの後ろ姿に首を捻ったが、すぐに気持ちを切り替えてティアナの待つ談話室へと向かったのだった。
◇
「おーす、待った?」
「……いえ」
「そんなに硬くなるなよ。肩の力を抜け」
珱嗄はそう言って、椅子に座るティアナの対面にあるソファにいつものように腰かけた。
「さて、めんどくさいけど少し話をしようか」
「あの……腕は、どうなんですか?」
「ああ、まぁ……問題ない」
「そう……ですか」
ティアナはやっぱり、といった感じに肩を落とす。そして勢いよく立ち上がり、頭を下げた。
「すいませんでした! あんな状況で、無茶して……挙句味方を撃って……その結果、珱嗄さんの腕を……!」
珱嗄はそんなティアナに苦笑する。まぁ確かに射撃に身体を吹っ飛ばされた時は激痛に身を捩りたくなったが、それはもう過去の話。珱嗄にとってはあれもそれも面白いと笑い飛ばせる話だ。それが珱嗄の人格なのだから。
「いいよいいよ。ほら、座れ。俺が言いたいのはそこじゃないんだ」
「……っ……はい」
ティアナは珱嗄の顔を見れず、言われたままにまた座る。珱嗄はそんなティアナを見ながら言った。
「お前、最近オーバーワーク過ぎないか? 正直、そんなんじゃ強くなれないよ」
「そんなっ……!」
「いいか、強くなる奴は結局何年掛けようがいつか強くなる。そして、短い期間で強くなる奴はそれこそ天才とか言われる奴らだ。此処で挙げるなら、なのはちゃんとかはやてとかがそうだ。でも、こう言っちゃ悪いがティアナはその類に入ってない」
珱嗄の言葉に、ティアナはぐっと拳を握る。自身の強いと思っている人からハッキリと非才を言いつけられたからだ。自分で何度も自分に言って来た非才という事実が、他人から言われただけでこうも心に付き刺さる。
「珱嗄さんは……どうなんですか……」
ティアナはそう言って、珱嗄の場合を聞く。これだけ言うのなら、お前はどうなんだと。珱嗄はその言葉に含まれた意味と感情にゆらりと笑い、答えた。
「俺は違うな。俺もティアナと同じ、なのはちゃん達みたいな才能は無い」
「!」
ティアナは珱嗄の答えについ頭を上げた。
「俺が魔法を使えるようになったのは10年前だ。そしてこの10年、ただ鍛錬にのみ注ぎ込んできた。起きては訓練、起きては訓練って感じでね。それに、俺には外見からは分からない稀少技術があった。それも有ったおかげで、現在の実力まで強くなれた訳だ。まぁこの稀少技術に関しては魔法と出会う前から使えたんだけどね」
珱嗄の稀少技術、【人間の英知】
人間の習得し得る全ての技術を保有するスキルだ。珱嗄はこのスキルの結果、全ての魔法を手にする事が可能となったのだ。
「まぁ俺の事は置いとくにしても、お前の訓練はやり過ぎだ。いいか、訓練ってのはやればやるほど強くなるわけじゃない。訓練をして、見直して、修正し、試して、また見直す。そして、この繰り返しの間に十分な休息を入れなければならない。言うなら、訓練→訓練→休息→休息→休息→訓練→休息……とまぁこれ位でいい。というか休息6割でオッケーだ」
「でもそれじゃあ強くなんてなれないじゃないですか!」
「俺はそれで、いや寧ろ休息7割位で強くなった」
「!」
「酷使した身体を癒すにはそれだけ休息が必要だっただけだが、それでも休息は必要だ。人間の身体は無限に動かし続けられるほど頑丈じゃない」
ティアナはその言葉に唇を咬む。珱嗄は今はこれ以上言っても無駄だと考え、ティアナを部屋へ帰した。
「ま、後は主人公君やなのはちゃん達がどうとでもしてくれるでしょ……さて、後はヴィータか……アイツガキだからなぁ……ま、やるだけやってみるか」
珱嗄はそう言って、寝っ転がり目を閉じた。そしてゆらりと笑って呟いた。
「この世界はホントに頭の固い馬鹿ばっかで……面白い」