第六十話 優しくあれ
「…おいでエルザ、カイル。…いや、妖精女王、黒の騎士王。君たちの本気を見せてくれ」
ミッドナイトは挑発的な笑みを浮かべる。
といっても…と言葉を続けた。
「僕に君たちの攻撃はあたらないけどねェ」
「…っ!」
エルザがタンッと地を蹴り、目にも止まらぬ速さで薙刀を振るう。
「速い…!しかし…ッ」
一瞬の内に放たれた幾つもの斬撃がミッドナイトを襲う。
だが、やはり斬撃は全て弾き飛ばされ、ミッドナイトの背後の壁を砕くだけだった。
「いくら素早く動けても、僕のリフレクターは破れないよ!」
カイルも換装した刀で鋭い斬撃を繰り出すが、全て弾かれ掠りもしない。
「ほら?…、…ッぐは…ァ!?」
余裕の表情を浮かべるミッドナイト。
だが、すぐにその顔は激痛で歪められた。
カイルが逆方向から同時に放った蹴りが弾かれることなくミッドナイトの腹部に減り込んだのだ。
大きく後方に吹き飛ばされ、壁に激突するミッドナイト。
何が起こったかわからない、という顔をしている。
カイルがハッ、と笑った。
「二つだ…」
「貴様の魔法には二つの弱点がある」
カイルとエルザの言葉に、ミッドナイトとジェラールが驚愕の表情を浮かべる。
「…一つ目、魔法や武具を曲げられても人間の体を曲げることはできない。俺の蹴りを曲げられなかったのがその証拠だ」
「それとさっきの攻撃。私の鎧ではなく、可能なら体を曲げれば手っ取り早いはずだ」
「、……フン…だったら、何だというんだい?」
カイルは黒の戦闘服【コードオブダークネス】の効果でリフレクターは効かない。
――――…が、エルザはもろにリフレクターを受けてしまい、ミッドナイトの意思の元、衣がその体を絞め上げ始めた。
カランッとエルザの手から薙刀が滑り落ち、換装が解ける。
「…そうだとしても、本気を出せば衣服を使って君たちを仕留めることも可能だ!」
「…二つ目は、これだ」
ギリギリと衣服がエルザを絞め上げるが、当の本人は冷静な顔のまま。
それが気に食わなかったのか、ミッドナイトは眉を寄せ、更にエルザを絞め上げようとした。
…だがその時、
「っ、!?」
ミッドナイトの頭上に幾百もの剣が出現した。
呼び出したのはミッドナイトから距離を取っているカイル。
「兄さん何を…?攻撃は奴にあたらないというのに…」
「、く…!」
カイルの行動を訝しげに見つめるジェラール。
変わって、ミッドナイトは何故か冷や汗を流している。
「、うわあああぁぁあっぁぁ!」
剣が一気にミッドナイトへと降り注ぎ、その肌を斬り裂いた。
ミッドナイトはのた打ち回るように地を転がり、悲鳴を上げる。
「っ、うぐ…ぅ…」
「私の鎧を捻じ曲げている間、貴様は剣を避けてかわした」
「、…」
「何故剣の軌道を曲げてかわさなかったのか…。」
「つまり曲げられる空間は常に一カ所ということだ自分の周囲か敵の周囲のどちらか一カ所だけ。エルザに魔法を掛けている間は自分の周囲にリフレクターを展開できない」
(、…何という洞察力…!)
この短時間の戦闘でミッドナイトの弱点を二つも見つけ、ここまで追い込んだ二人にジェラールが唖然とする。
「…そして、この悠遠の衣は伸縮自在の鎧…」
エルザが己を絞めつけている衣に手を掛け、グッと引っ張る。
すると、衣服の拘束が解け、エルザの体が自由となる。
「その魔法は効かん」
「ッ…!」
歯を食いしばり、悔しげな顔をするミッドナイト。
エルザが再び薙刀を換装した。
…フッと挑発的な笑みを浮かべた。
「この鎧とカイルの戦闘服を含めると弱点は三つだな」
「チェックメイトだ、ミッドナイト」
「…っ!くそ…ッあと少しだったのに…ィ!」
まるで今までの分をやり返すかのような、嫌味たっぷりの二人の言葉。
ミッドナイトは悔しみに地を何度も叩く。
「勝負はついた。大人しく降参するんだな」
「うぅ……、……フフフ…」
もうミッドナイトに勝ち目はない。
誰もがそう思ったその時、ミッドナイトが突然面白可笑しげに笑い出した。
「…もう真夜中だ…もう遅い。―――――もう少し早く僕にやられて安らかに眠っておけば、恐怖を見ずに済んだのにねェ…?」
「何だ…?」
「鐘の音…?」
ミッドナイトがゆっくりと立ち上るのを合図に、ゴーンと辺りに何度も鐘の音が響き渡る。
「真夜中を知らせる鐘さ…そして、真夜中に僕の歪みは極限状態になるんだ!っハハハハ…ッ!」
「、…!」
「何だこれは…ッ」
三人の目の前でミッドナイトの姿がどんどん変化していく。
そして、見る見るうちに身の丈は元の姿の何倍にもなり、最早人間と呼べる姿ではなくなった。
これはもう…――――――怪物だ。
「もゥどうなっても知らナいよォ?」
「っ、はあぁぁ!」
「うああアァ…ッ!」
薙刀を構え直し、怪物と化したミッドナイトに向かうエルザ。
だが、ミッドナイトが両手に溜めた黒い球体がエルザを、カイルを、ジェラールを吹っ飛ばした。
「ぐ…何だ…この魔法、は…ッ!接収(テイクオーバー)でもない…感じたことのない魔力だ…ッ!」
「ジェらァーるゥゥ?」
「っ、うわあァアァッ!」
ジェラールの悲鳴に、エルザとカイルは痛む体を起こし、ミッドナイトに目を向ける。
するとそこには巨大な手で鷲掴みにされ、必死にもがくジェラールの姿があった。
「フフフ…君の支配は偽りだったねェ?楽園の塔に自由はなかった…!」
『ッ!』
何もできないまま、二人の目の前でジェラールがミッドナイトに呑み込まれる。
「貴様…」
「…カイル、君はいつでも中途半端だねェ?……マタ守レナイ」
「…っ、がはっ…!」
無意識に怯んだカイルをミッドナイトが掴み上げ、そしてそのまま地面へと叩き付ける。
あまりの衝撃に地面には亀裂が入り、カイルの口から血が吐き出された。
「カイルッ!」
「あの暴動の後も、僕は毎日怖くて眠れなかったよ」
「何、だと…?――――……、そう…か…!お前たちもあの塔に…!」
……そう、ミッドナイトを含む、六魔将軍のほとんどがあの楽園の塔にいたのだ。
そして、カイルやエルザやジェラール同様奴隷として働かされていた、
「コブラが言っていたのはそのことか…!」
「君も同罪だ!妖精女王…!」
「ぐっ」
全体重を乗せたミッドナイトの攻撃がエルザに向けられる。
エルザは薙刀を両手で持ち、必死に攻撃を受け止めるが、あまりの重さにその足がどんどん地面に減り込んでいく。
「君は八年間も仲間たちの苦しみから目を背け、挙句の果てに君はその苦しみの根源だったはずのジェラールといる!」
「ぐぁあああああああ!!!!!」
片手で握りつぶされているカイルが絶叫をあげる。
「カイルゥウウウウ!!いやぁあああああああ!!!」
「君のために命を落とした奴らにとっては、それこそ悪夢だよ!……そう思うだろゥ?」
「、ぁ…ぁぁ…っ」
エルザの顔に恐怖が浮かぶ。
その視線の先には、土色をし、空洞の目をした二人の男。
「ロブおじいちゃん…!シモン…!」
「ハッハッハ…!それは君の罪だ!彼らの悪夢は君だよ!」
「っ貴様ぁ!」
エルザがミッドナイトを斬り付ける。
だが、薙刀が斬り裂いたのはロブとシモン。
「おっと、」
「…!」
驚きに目を見開くカイルの目の前にいるのは、ボロボロの服に身を包んだ幼いエルザ。
「酷いなァ?仲間を手に掛けちゃったねェ?」
「このォっ!」
挑発的な物言いに、幼いエルザはキッとし、再度ミッドナイトに斬り掛かる。
「がはっ!!」
しかし、斬り裂かれたのはミッドナイトではなくジェラール。
「そう、それでいいんだ。君の手でジェラールを葬れ」
「っおのれェェ!」
エルザは再度薙刀を構え、今度は突き刺すようにミッドナイトへ刀身を押し込んだ。
…だが、
「、…ぁ…!…そん、な…ッ!」
ごふっと血が口から漏れる音。
確かにその刀身は体に突き刺さり、背中へと貫通した。
―――――…カイルの体の…
「カイル…カイル…!そんな…いやァ…!」
ミッドナイトの笑い声が響き渡る中、エルザの顔が恐怖と絶望に歪む。
だがカイルの顔には笑顔が浮かんでいた。
視線でエルザに伝える言葉を告げる。
「ようやく解禁か……」
【待たせたな、奏者】
手に創造されるのは美しい漆黒の刃。
闇の精霊王レスティアの精霊魔装ヴォーパルソード(神の真実を貫く闇の魔剣)
「真実を貫け……レスティア」
【御意、我が奏者よ】
鐘の音が辺りに鳴り響いている。
一瞬、刻(とき)が止まった。
「、…」
「…」
「っは…?」
膝から崩れ落ちるミッドナイト。
その後ろには、長い緋色の髪を靡かせたエルザと漆黒のマントをはためかせるカイル。
「…な、何が起きたんだ…?確か奴が巨大化して…」
「ッ!僕の幻覚が効かないのか…ァッ!?」
「幻覚…?あれが…この鐘が鳴っている間の出来事だったというのか…!」
まさか自分の幻覚が破られると思っていなかったのか、ミッドナイトは大きく取り乱し、驚愕の表情を浮かべる。
そしてジェラールは今までの出来事が幻覚だったということに唖然としている。
「残念だが、目から受ける魔法は私には効かない。……まぁ、あの時カイルが教えてくれなけば気付かなかったかもしれんがな」
「休眠状態にさせてた精霊王達がようやく目覚めてくれたんでな。幻覚だと気づけたんだよまあ俺も結構ビックリしたけど」
「私の方が百倍したわ馬鹿者!本当に死んだかと思ったぞ!」
「ヴァーカ。俺がお前なんぞに殺されるかよ」
「フッ……そうかもしれんな」
「あーっはっはっは」
言い争いをしていたかと思えば吹き出して笑い出す二人を見、やっとジェラールにも笑みが浮かぶ。
(、…本当に凄い人たちだ…)
「っ…そ、……そんな…」
助けを求めるように、天に手を伸ばすミッドナイト。
その目からは涙が零れ落ちる。
「僕は…最強なんだ…!父上をも超える…最強の六魔…ッ、誰にも負けない…最強の、魔導士…ッ」
「うーん。現最強として言わせてもらうが……まだまだだね」
「人の苦しみを笑えるようでは、その高みへはまだまだ遠いな」
「う、うぅ…っ…僕の、祈り……ただ、眠りたかった…だけ、なんだ……静かな、ところで……、父上…」
カイルとエルザの言葉を遠くに聞き、ミッドナイトはその瞳をゆっくりと伏せた。
天に伸ばされた腕が力なく地に落ちる。
(これが…エルザ、…俺の兄さん…)
スゥ、と大きく息を吸い込み、カイルは風が撫で上げる銀の髪を押さえながらジェラールに手を差し出す。
「…誰にも負けたくなければ、まずは己の弱さを知ることだ」
「…、弱さ…」
「「そして常に………優しくあれ……」」