-第一章 悪魔のような自称天使と殺し屋-
「なにか、悲しいことがあったの?」
聞いてきたのはどこにでもいるような普通の子供だった。
ぼやけた視界に錯覚でも見たのかと、ぼやけた思考で聞き返す。
「なぜ?」
「だって、泣いてるから。」
当たり前の答えだった。
雨に打たれながら涙を流していれば、子供が見たって悲しんでいると思うだろう。
けだるい倦怠感を振り払う気力もなく、それでも怪我に気付かれて救急車を呼ばれればやっかいだったので、どうやって追っ払おうかと鈍い頭をめぐらせる。
「冷酷な殺人マシーンにも、悲しいと思う心はあるんだねぇ。」
何気ない一言だった。
─ カチン
一瞬にして、視界も頭も身体もクリアになる。
まばたき一つの時間も必要とせず後ろ腰から引き抜かれたリボルバータイプの拳銃がその子の眉間に突きつけられると同時に撃鉄を引く乾いた音が響いた。
「すごい早業だけど、こんなもので僕を殺すことなんてできないからやめときなって。」
きょとんとした表情で、突きつけられた銃口を、眼を寄せて見上げながらあっけらかんとしている。
あと数ミリ引き金を絞るだけで訪れる、絶対的な死をまきちらす鉄の塊を目の前に動揺した様子もないのは単に状況を理解していないだけだろうか?
「お前は誰だ?」
問いながら、子供相手であろうがみじんも油断せず、目線を戻してきた相手を注意深く観察する。
年は中学生ぐらいか。
顔立ちはかわいらしさと美しさの中間ぐらいで男とも女とも思える中世的な、いや、顔立ちだけではない。
先ほど聞いた声も、声変わり前の男の子のようにも、少しハスキーな女の子のようにもとれるし、体つきにしても均等は取れているもののどちらとも判断がつかない。
すべてにおいて中世的で、彫刻のような白い肌とさらさらとした銀髪の中、意志の強そうな赤く、黒い燃え上がるような瞳と、ほんのりと朱のさした唇が魔性を宿した人ではない何かを思わせて背筋を凍らせる。