「僕の名前はアナト。君は確か、…相澤雄也だっけ?」
(自分の事を僕って呼んでるってことは男の子か。)
そんな事を考えながら引き金を絞り込もうとする。
自分の名前を知っているということは組織からの追っ手と判断するに足りた。
先ほどまでのゆっくりと訪れる死は受け入れられても、組織の追っ手に殺されるのはまっぴらごめんだった。
「君はその引き金を引くことはできないよ。」
とたんに言葉どおり、雄也は指一本動かすことができなくなる。
奥歯をかみ締め、渾身の力で引き金を絞ろうとするができない。
(暗示か何かをかけやがったのか!?)
胸中の言葉が聞こえたのか、瞳をちらちらと赤く輝かせながらニヤッと笑いアナトは言った。
「違うよ。僕は何も力を使っていない。君は本能的に自分よりも力の強いものに恐怖して体が勝手に従っただけだよ。」
「俺が、お前を…怖がってる?」
「そう。さすがは職業的暗殺者だねぇ。ちゃんと実力の差を分かってる。 …だって僕は天使だもの。」
そう言ってけたけたと笑うアナトを、狐につままれたような顔で雄也は見つめた。
「なーんか信用してない顔してるなぁ。」
ニヤニヤとした笑みを貼り付けながらいたずらっぽくアナトが見つめてくる。
「僕はね、戦うことが大好きなんだ。それに、こう見えても強いんだよ?その武器ですら僕に恐怖してるしね。」
(拳銃が恐怖…する?)
雄也には訳が分からなかった。
「やっぱり信じてないって顔してるねぇ。じゃあ、証拠でも見せてあげよう。」
言うが早いか、拳銃を握った雄也の手に自分の手を重ね、親指で引き金に置かれたままの指を躊躇することなく押し切る。
─かしゃっ!
起こしたときと同じく乾いた無機質な音を響かせて撃鉄が落ちる。
だが、本来ならば咆哮をあげる筈の銃口は沈黙を守っていた。
「ミ… ミス、ファイア?」
「違うよ。言ったじゃないか。その武器が僕を傷つけて怒らせるのが怖かったから攻撃出来なかったのさ。」