「美咲は桜を見た事があるか?」
「あるよ。 まだ目が見えてた子供の頃だったけど…。」
「じゃあ、まず目を閉じて、その桜を思い出してみて。」
言われた通り目を閉じ、その頃の記憶を手繰り寄せる。
思い出されたのはとても大きな、視界を埋め尽くすほどの一面の桜の花々。
「その桜はどんな色だった?」
「えっと、薄いピンク色をしてて、お日様を浴びたところは白く輝いてた…。」
「花びらは大きかった? それとも小さかった?」
「とっても小さいけど、沢山咲いてるの。」
「それは、並木のように沢山桜の木が咲いてたって事?」
「ううん。 一本だけ。 その一本がとっても大きくて、沢山の花を咲かせていたの。」
「じゃあ、空は見えなかった?」
「見えたよ。 すごくいいお天気でとっても青い空。」
「桜の周りには、他に何か花は咲いてなかった?」
「咲いてる。 芝生の絨毯の上に、タンポポとか…。」
「蝶々は飛んでなかった?」
「飛んでた…。 白いのと黄色いのが仲よさそうに飛んでた。」
「じゃあそこに、愛ちゃんの赤いチューリップを咲かせてあげて。」
雄也が冗談めかして言ったので、美咲はくすりとこぼして「わかった。」と言った。
その光景を思い描いただけで、心が軽くなっていく。
慰めにしかならないだろうが、それでも雄也のそのいたわりの気持ちが美咲には嬉しかった。 だから、想像の中で桜を見れただけでも満足しようと思った。
だけど、だけど雄也の次の言葉で、美咲の世界はまたひとつ、塗り替えられていく。
「いいか、美咲。 その目を開いたとき、今言った光景がその目に映る。」
美咲はそんな奇跡のような事が起こるなんて信じられなかった。 でも、雄也の言葉は信じたい。 そしてなによりも、雄也とその光景を見たい。 だけどやっぱり、目を開いて何も映らなかった時の落胆を考えて、目を開けるのが怖くなってしまう。
そんな不安を見透かしたように、雄也が美咲の手を取った。
「もう一度、さっき言った光景を思い出すんだ。 そして俺の言葉を信じろ。 きっと桜は見えるから。」
強く自身に満ちた雄也の声。
美咲は強く願った。 雄也の言葉が嘘にならないように。 なにより、雄也と同じ桜を見られるように。
「俺と一緒に、桜を見よう。」
「うん。」