ゆっくりと瞳を開ける。
その瞳には、誇らしげに咲き乱れる満開の桜が見えた。
「あ…、あああ…。」
日の光を浴びて淡い燐光を放つ桜の、舞い散る花びらの一枚一枚までもが、鮮明に映し出される。
極彩色に彩られる世界。
溢れる涙に視界が霞んでいく。
その涙が頬を伝い落ちる頃には何も見えなくなってしまったけれど、美咲は確かにその想い描いた桜を見た。
幻だったのかもしれない。
けれど、ほんの僅かな時間でしかなかったが、雄也と同じ桜を見たのだと、美咲は強く信じた。
「桜は見えた?」
「うん。」
「綺麗だった?」
「うん。」
「愛ちゃんのチューリップは?」
「ちゃんと、ちゃんと咲いてたよ。」
「俺も、美咲と同じ桜が見えたよ。」
そう言って雄也は美咲の涙の跡を、そっと拭いてやる。
「美咲の目が見えないとか、話が上手に出来ないとか、そういう事で楽しくないと感じたりはしない。 そもそも楽しいという気持ちすら 俺は忘れてしまったんだから。」
雄也はもう一度桜を見た。
「俺の目は見えていても、桜を、…いや、空や、花や、飛び交う蝶さえも、見えてはいなかったんだから。」
その瞳に映った桜の花が優しくゆれる。
「桜がこんなにも綺麗だなんて、初めて知ったよ。 美咲が俺に見せてくれたから。」
「私が…、見せた?」
「ああ。 美咲が教えてくれたから、俺は桜を見る事ができたんだ。」
揺れては返す花びらが、二人の恋人を祝福するかのように舞い踊った。 静かに流れてゆく世界に、時間が時を刻むのを忘れたかのような錯覚に、二人は肩を寄せ合い、その桜を眺め続けた。
「相澤さん。愛ちゃんを見ていて欲しいと言いませんでしたか?」
不意にかけられた声に、全くその接近に気付かなかった雄也は、心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うぐらいに驚いて振り向いた。
由紀奈にギロリと睨まれながら首根っこを掴まれた愛子を見れば、戦利品である、持つところをアルミホイルで包まれた鳥のから揚げに、もふもふと齧り付いていた。
「二人きりでイチャイチャしたいのは分かりますけど…。」
由紀奈の意味ありげな視線は二人のしっかりと繋がれた手に向けられる。
「あ…、いや、これはちがうんだ。」
「雄也さん。 そんなにしっかりと手を繋いだままで何を言っても説得力ないよ?」
重箱を抱えた晃司が由紀奈の後ろからニヤニヤしながら顔を覗かせる。
パッと手を離した二人は、顔を真っ赤にしてうつむいた。
そんな雄也と美咲を見て、由紀奈の無表情が僅かにほころぶ。
「さぁ、いつまでも二人だけでいちゃいちゃしてないで、お弁当も持ってきたからみんなでお花見をしましょう。」
「おっはなみーー!」
両手を挙げて喜ぶ愛子の手にあったから揚げは、綺麗に食べつくされていた。