美咲たちは、幼い愛子ですらも、そんな雄也をただ、静かに見守る。 大切な何かを悼む気持ちは、皆にもよくわかっていたから。
神聖な時間が過ぎてゆく。
小鳥のさえずりに蝶が踊り、木漏れ日のライトを浴びて花びらが舞う。
この美しい光景を、最愛の人にも見せてあげたいと思った。
だけど、それと同じぐらい、美咲を失う事が、子供達に自分と同じく大切な人を失う悲しみを味あわせる事が、雄也には怖かった。
自分の胸を引き裂いて、引きずり出した心臓を捧げるのならば何の躊躇いもない。 だが、捧げるのは美咲の魂。
最愛の人の為に、十年間命を狩り続けた雄也が、初めてその命を狩る事に疑問を抱いてしまった盲目の少女。
最強を冠する暗殺者の心は、純粋であるが故に、とても幼く、とても臆病で、この上なく弱かったのだ。
誰かに答えを教えて欲しかった。
十年前に岩がその道を指し示したように、誰かに進むべき道を教えて欲しかった。
雄也の心が壊れそうなほどの痛みを憶える。かさぶたが剥れ、じくじくと血があふれ出すように悲しみがあふれ出してくる。
ふと、雄也の胸にかけた十字架が、シャランと音を立てて鳴った。
すがりつくようにその十字架を服の上から握り、独白のように雄也はつぶやいた。
「あの人に、こんなにも綺麗な桜を見せてあげたかったんだ。」
その、愛おしさと切なさの入り混じった雄也のつぶやきに、美咲の心が『つきん』と痛んだ。
雄也の心には大切な誰かが居る。 失ってこれほどまでに悲しみを抱かせる誰かが。そう思うと、苦しくなるほどに胸が締め付けられる。
だけど、その辛さを飲み下した美咲は、雄也に優しく、諭すように語りかけた。