由紀奈の作った豪華なお花見弁当を、これでもかというほどおなか一杯に詰め込んだ晃司は桜の木へよじ登り、元気一杯さに比例して食欲旺盛な愛子も、大好きなから揚げに目を潤ませながらおなかに詰め込み終えて、晃司の真似をしようと一生懸命桜の木へしがみついていた。
「ほら愛ちゃん。 そんな所へ登るとお洋服が汚れちゃうでしょう?」
「やっ! 愛ちゃんも登るんだもん。」
「まったく、お転婆さんは誰に似たのかしら…。」
「あはは、由紀姉ぇだって昔はよく登ってたじゃんか。」
「晃司、うっさい。」
キッと晃司を無表情ながらに睨みつける由紀奈。
「くすっ。 愛ちゃんのお転婆は由紀ちゃん譲りなのね。」
「み、美咲姉さんまで…。」
雄也も何か言おうとしたのだが、由紀奈にものすごい目で睨まれそうだったので黙っておいた。
春の暖かい午後のひと時。
由紀奈は、愛子を晃司の隣へ登らせてやるべく立ち上がった雄也をちらりと見た。
(少しは気晴らしになったみたいね。)
実のところ、姉が「守ってあげたいの」と言う雄也のことを気にはしていたのだ。
あの襲撃のあった日、手に怪我を負いながらも、言葉どおり暗殺者達を退けた雄也。しかし、その日から一転、何かに深く悩んでいるように表情に翳りを見せだしていたからだ。
それが今日のお花見で、いや、お花見の場所取りでと言った方が正しいだろう。その時に何があったのかは分からないが、雄也の瞳に穏やかさが戻ってきている。
自分よりも年上であるはずの雄也を、姉の「守ってあげたい」と言う気持ちが少しはわかる由紀奈は、『手のかかる弟が一人増えたみたいだ』という感想にため息しつつも、どこかホッとしていたのだった。
「ねぇ、由紀ちゃん。あのね、雄君がね、桜を見せてくれたの。」
そっと耳打ちしてくる姉の嬉しそうな笑顔がとても幸せそうで、年頃の由紀奈としては、恋する事に恋焦がれてしまうぐらい美咲をうらやましく思う。
楽しそうに話す美咲に相槌を打ちながら桜を見やれば、その枝に愛子を乗せてやった雄也が振り返ってくる。
美しい桜の中で煌めくように幸せそうな兄弟たち。
由紀奈はお花見をして本当によかったと思った。だから、こんな日がずっと続けばいいのにと思いながら、ゆっくりと戻ってくる雄也に何気なく声を掛ける。
「来年も、春になったらお花見をしましょう。」
その一言が、雄也を凍りつかせた。
『春になったら、お花見をしましょう。』
この世を去る前の日に、最愛の人がそう言ったのを思い出し、雄也は涙があふれ出すのを止められなかった。
(俺は、あの人のことを忘れていたわけじゃない…。)
雄也は桜を振り返った。
涙を流している事など気にも留めず、真っ直ぐ桜に顔を向けた。
まるでそこに、最愛の人が佇んでいるのが見えるかのように。