第十四話『入学、IS学園』
「全員揃ってますねー。 それじゃあSHRを始めますよー」
『子供が無理して大人の服を着ました』的な不自然さを持っている女性副担任こと山田真耶。
「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
「………………」
『『『………………』』』
教室は変な緊張感に包まれており、誰も反応は無い。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。 えっと、出席番号順で」
うろたえる真耶に反応しようと少しは思った一夏だったが、面倒だったのでやめた。
それと、視線がうざくなってきていた一夏であった。
そして、一夏は自分の席の位置について誰かの陰謀が混ざっていることを感じていた。
名簿順ならば、『闇影』で最後の方になるはずなのに、一夏はど真ん中の最前列に座っているのだ。
それで陰謀を感じない方がおかしい。
(刹那兄は何してるんだろ?)
だが、考えたところで無駄なことはわかっているのでその思考を捨てた一夏。
そして、同じくIS学園にやってきた義兄の刹那が何をしているか気になっていた。
刹那も条件付だがここへやってきているのだが、この場に刹那はいない。
どこの教室にも刹那はいないのだ。
(流石に今はやってないよな。 また何か創ったのか?)
『カオス・クリスタル』が創るものは全てオーバースペックの塊で、世界中の研究者を馬鹿にするものだが、神の力なので仕方が無い。
「……くん。 闇影一夏くんっ」
「ん? ああ、失礼。 考え事をしていた」
刹那のことを考えていたら、大きな声で呼ばれたので反応する一夏。
はっきり言って、自己紹介は何一つ聞いていなかった。
さらに言うと、大した興味も無かった。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。 お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介『あ』から始まって今『や』の闇影君なんだよね。 だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、駄目かな?」
(にしても、本当にこの人は年上なのか?)
副担任の真耶がぺこぺこと頭を下げているのだが、一夏はどうでもいいことを考えていた。
「自己紹介ですか。 そういえばそんなことしてましたね。 どうでもいいので忘れてました」
そして、自己紹介をしていたことを忘れていた一夏であった。
一夏は立ち上がって後ろを向くと、女子の視線が突き刺さる。
(これは刹那兄たちの甘い空間よりかはマシだな)
そんなことを思いながら自己紹介をする。
「闇影一夏だ。 どこかにいる兄共々よろしく」
『もっとしゃべってよ』的な目と『これで終わりじゃないよね?』的な空気が流れる。
「以上だ」
だが、一夏はその空気を諸共せずに終わらせる。
そして、ずっこけた女子が数名いた。
「あ、あのー……」
背後から掛けられる声。
真耶の涙声増しの声だった。
「!」
一夏は不意に敵意を感じて迎撃する。
バンッ!と大きな音を立てて、何かが壁に当たる。
それは出席簿で、一夏の裏拳が出席簿を弾き飛ばしたのだ。
一夏はその人物が誰だか知っていた。
「あ、織斑先生、もう会議は終わられたのですか?」
「ああ、山田君、クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
その人物とは一夏の実姉であり、刹那たちの標的の一人である織斑千冬であった。
「い、いえっ。 副担任としてこれくらいはしないと……」
真耶は若干熱っぽいくらいの声と視線で応えていた。
「諸君、私が織斑千冬だ。 これから一年間で君達を使い物にするのが私の仕事だ。 私の言う事はよく聞き、よく理解しろ。 理解出来ない者は出来るまで指導してやる。 私の仕事は弱冠15歳を16歳までに鍛え抜くことだ。 逆らっても良いが、私の言う事は聞け、いいな」
教師あるまじき暴力発言。
普通の学校なら大問題だ。
「キャーーーーーーー! 千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉様に憧れてこの学園から来たんです! 北九州から!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて、嬉しいです!」
「私、お姉様の為なら死ねます!」
ISを使う女には圧倒的人気を誇る織斑千冬だが、それは何も知らないからだ。
全てを知れば、多くの敵が出来るだろう。
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者共が集まるものだ。 感心させられる。 それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」
「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾をして〜!」
女子たちはハイテンションだが、一夏は冷めた目で織斑千冬を見ていた。
「……久しぶりだな、織斑千冬」
一夏は周りの女子が少し落ち着いてきたところでそう切り出した。
織斑千冬は一夏のよそよそしい呼び方に、悲しそうな表情をした。
「三年ぶりか。 三年間俺を探していたみたいだが、あんたには失望したよ。 まさか、あんなことをしてただなんてな」
「っ!」
「それに、実弟の心の内すらわからなかったんだからな。 何で俺はあんたにそこまでしていたんだろうな?」
冷たい言葉を浴びせ続ける一夏。
一夏は若干殺気立っており、誰もそれに口を挟めなかった。
さっきまでの優しそうな好青年というイメージは一切無く、全てを拒絶するような、冷酷な瞳だった。
「それに、一番最初に俺の本心を気づいたのが初対面の人だったんだぜ? まあ、今では俺の大切な家族なんだけどな」
一夏が言っているのは刹那たちのことだ。
「あんた、何で俺が戻ってこなかったのか―――」
「一夏、そこまでにしておきな」
「刹那兄!」
まだ言葉を続けようとした一夏に割り込んだのは私服姿の刹那であった。
琉歌と夜空はいないが、敷地内には一応いる。
ちなみに、刹那はここの生徒であって、生徒ではない。
「それ以上言うと面倒だから、ここでは抑えておいて」
「……わかったよ。 ところで、琉歌姉と夜空姉は? ってか父さんと母さんは結局どうしたんだよ?」
幻夜はまだしも、夢乃は下半身が動かないので、誰かの補助が無いと行動がかなり制限されてしまう。
幻夜だけなら多少なりとも食事に問題が出てしまうで、誰かいた方がいいはずなのだ。
「ああ、そのことは問題ないよ。 後でちゃんと教えるから」
「そっか。 それならいいや」
刹那はクラス中の女子たちが自分を見ているのに気づいていたので、一応自己紹介をした。
「僕は闇影刹那。 そこにいる一夏は僕の弟だよ。 弟と仲良くしてやってくれると嬉しいね。 まあ、一夏や妻共々よろしく」
そう締めた刹那は、早々と去っていった。
☆
「一夏の様子はどうだったの?」
琉歌が戻ってきた刹那にそう言った。
「織斑千冬にいろいろ言っていたよ。 まあ、途中で止めたけどね」
「まあ、それが妥当よね。 言い過ぎると織斑千冬が壊れるし、それに無関係な生徒たちも面倒なことを教えてしまうから」
「ああ。 それと、大体のところに散布し終えたよ。 これで学園内の情報は確認できる」
刹那が一夏を止めたときは、別の目的があったからだ。
その作業は大抵終了しており、あと少しで完了となる。
「にしても、本当に万能よね。 まさか滞空回線を再現できるなんて」
『滞空回線』とは、とある魔術の禁書目録で出てくるオーバースペックの代物で、70ナノメートルのシリコン塊である。
半永久的に情報収集を行うことが出来、本来ならば爆風や衝撃波で簡単に壊れてしまうが、それは流石『カオス・クリスタル』クオリティ。
核兵器の攻撃を受けても壊れない。
「さて、一夏の様子は、っと……」
「……凄い暇そうだね」
一夏のいる一組の様子が現れるのだが、一夏は物凄く暇そうであった。
普通にあくびをしていた。
「そうね。 まあ、私たちがいろいろと教えちゃったし、一年の授業は暇なんじゃないの?」
「まあ、そうだろうね。 『カオス・クリスタル』はISの全てを完全コピーしている所為でISのことは完全に解析できたし、それで得たこととか、いろいろと余計なものまで教えたからね」
「寝ないだけ偉いわよ。 まあ、あくびはしているんだけど」
一夏はそういう理由もあり、ISのことは常人以上に知っている。
整備もお手の物だ。
「刹那、もう終わったのかい?」
「ああ、父さん。 それに母さんも」
そこに来たのは幻夜と夢乃であった。
「撒き散らすだけだからね。 作業そのものは簡単だよ」
「それにしても本当に凄いわね、夜空ちゃんって」
「正確には欠片である私の力が入っている『カオス・クリスタル』ですよ。 私自身はそこまで凄いものじゃないですよ、お義母さん」
「それでも、それも夜空ちゃんの力じゃない。 同じことよ」
「確かにそうなんですけどね」
なぜ二人がここにいるのかは、それはここがIS学園であり、IS学園では無いからだ。
正確には、IS学園上空だ。
ここは『カオス・クリスタル』製の超ステルスが全身に使われた戦艦の中なのだ。
これもまた『カオス・クリスタル』が創り上げたものだ。
ちなみに、移動はこれもまた『カオス・クリスタル』が創り上げたワープゲートで行える。
「そろそろ一限目が終わるね。 僕は一夏の元へ行くけど、琉歌と夜空はどうする?」
「行きたいんだけど……」
琉歌はちらっと夢乃と幻夜を見る。
誰もがそれだけで何が言いたいのかがわかった。
「大丈夫よ、琉歌ちゃん、夜空ちゃん。 ここのことはもう覚えているから安心して言ってきていいわ」
「そうだぞ。 俺たちのことは気にしなくていいから行ってくるといい」
二人は笑いながらそう言う。
「いいんですか? それなら行きますけど。 何かあったら連絡してくださいね。 すぐに戻りますから」
「刹那も大概だけど、琉歌も過保護じゃない?」
「刹那のが移ったのかな」
「そうかもね」
琉歌と夜空は楽しそうに微笑みながら会話する。
「琉歌、夜空、行くよ」
そんな二人を刹那は急かす。
人が多くなる前に、ワープゲートを使いたいのだ。
「あ、うん。 待ってよ刹那」
「置いてかないでよ」
二人は刹那と共にワープゲートをくぐる。
出た場所は何の目の届かない空間で、そこから一夏のいる一組へと向かう。
刹那たちが教室の前に辿り着いたと同時に終了のチャイムが鳴り、刹那たちは授業が終わったことを確認すると教室に入る。
刹那たちが入ってきた瞬間、教室がざわついた。
先ほどすぐに立ち去った二人目の男性IS操縦者で、誰が見てもイケメンな刹那と、美女と呼ぶのが相応しい女性が二人も一緒に入ってきたからだ。
「刹那兄に琉歌姉に夜空姉じゃないか。 三人揃ってどうしたんだ? ってか父さんと母さんはどうしたんだよ?」
「父さんと母さんは二人っきりでいるけど、多分大丈夫だよ。 それに、何かあったらすぐに連絡をするようにって言ってあるからね」
「私たちが来た理由は特に無いの」
「ぶっちゃけると暇つぶしね」
夜空はぶっちゃけて言った。
「あ、そういうことね」
それで納得する一夏。
もうすっかり刹那たちに染まっていた。
「そういえば一夏。 白ハロは正常に動いているか?」
「ああ。 問題ないぜ」
『白ハロ』とは刹那が作ったサポートマシンだ。
まあ、元ネタはガンダムの『ハロ』だ。
一夏のは、色が白いから白ハロと呼んでいる。
「ならいい。 にしても一夏」
「何だ?」
「ここにいると疲れるだろ?」
面白うに言う刹那に、一夏は溜息をついた。
「疲れないわけ無いだろ? はっきり言って、視線がうざいんだよ」
「そうだろうと思ったよ。 ここが学校じゃなかったら、黙らせていただろう?」
「当たり前だろ。 誰が好き好んでそんな状況を受け入れなければならないんだよ」
一夏は女子たちの集中する視線が心底うざかった。
一夏は女は好きだが、この進展の無く、延々と視線だけが向けられるのが嫌いになっていた。
「そろそろ時間か。 次の授業は見学でもさせてもらうかな」
「そうね。 そういう条件をつけたんだから、文句を言われる筋合いも無いしね」
刹那はここに来る条件に、『自由に行動させる』ことを呑ませたのだ。
おかげで、こうも自由に行動できるのだ。
だから、生徒であって生徒でないのだ。