小説『IS インフィニット・ストラトス 〜闇“とか”を操りし者〜』
作者:黒翼()

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第五十二話『鈴の告白』



「時間はなぜ過ぎるんだろうか……」

一夏は、真剣な顔つきでそう言った。
今は、IS学園の敷地内まで帰ってきて、部屋へ戻ろうと歩いているのだ。

「一夏。 物凄く神妙な顔で言ってるけど、それは世界の理だよ。 時間が過ぎるから、私たちは動いているんだよ」

そんな一夏に、隣を歩くシャルロットが苦笑しながら答えた。
さらに、それを少し後ろで見守っていた琉歌たちが、言葉を続ける。

「いくらシャルロットとのデートが楽しかったからって、それについてそこまで真剣に考えることじゃないわよ。 それに、時間を延ばしたり、止めたりすることは出来ないのよ。 それこそ、刹那にだってね」

「そうだよ、一夏。 時間の操作は、この僕でさえも出来ない。 時間の操作を行えるのは、それこそ本物の神だけ。 夜空が『カオスの欠片』としての力を完全に扱えるのなら、出来るかもしれないけどね」

「時間の操作自体は簡単だけどね。 ただ、今の私の力だと、全然それができるだけの出力がないのよね。 だって今の私の力は、神々に抑え付けられているのと、カオス・クリスタルに私の力の大半が持っていかれている所為で、本来の百分の一にも満たないから。 それに、元々の力があれば、本体であるカオスとの繋がりを強くして、少しくらいならその力を使えなくもないんだけど、今の私じゃあ、繋がりを強くすることもできないし、弱体化している身体じゃあ、カオスの力自体に耐えれないこともあって、力はほとんどないのよ。 今の私は、人間離れした身体能力とかを持っているだけの、人の形をしている化物よ」

夜空の本体は原初の神『カオス』。
カオスの欠片である夜空は、原初神カオスとリンクすることが出来、意思疎通が出来る。
そして、そのリンクを強くすれば、ごく僅かだがその力を使うことが出来る。
もっとも、他の神からしてみれば、途轍もない力なのだが。
だが、今の夜空にはそれができない。
元々強大な力を持っていたカオスの力の欠片。
だが、その力を神々によって抑えられてかなり弱体化し、その弱体化している力の大半を『カオス・クリスタル』に持って行かれている。
その所為で、夜空自身にほとんど力は残っていない。
残っているのは、強靭な肉体と、カオスと意思疎通出来る程度の力、そしてカオス・クリスタルと同化する程度しかない。

「まあ、そういうことだから、一夏の思いは叶えれないわ。 ごめんなさいね」

「いや、謝られても俺が困るというか……」

夜空の謝罪に、一夏は反応に困る。
そもそも、一夏も言っただけで、時間操作をしてほしいとは言っていないのだ。

「さて一夏、お前に客だよ」

突然、刹那が歩みを止めることなく、静かに言った。
刹那の視線の先、まだ距離のあるIS学園の校門の前には、壁にもたれかかる小さな影が一つ、あった。
一夏はその姿を見て、特徴的なツインテールを見て、誰なのかを悟った。

「鈴……」

その小さな影は、鈴だった。
鈴は、どこか黄昏ているように見えた。

「あ……」

校門へと近づく刹那たちに気づいたようで、鈴はもたれていた体勢を戻した。
そして、刹那御一行は、鈴の近くで立ち止まる。
互いに向かい合って、少しの沈黙があったが、鈴がその沈黙を破る。

「……一夏に、話があるの」

鈴は、何かを覚悟したような眼差しで、一夏を見ながらそう言った。
だが、その姿には、悲嘆も見えていた。

「邪魔みたいだから、僕たちは先に行っているよ」

刹那はそういうと、琉歌と夜空を連れて、ささっと敷地内へと入っていった。
残ったのは、鈴と一夏、そしてどこか落ち着かないシャルロットだけだった。

「じゃ、じゃあ、私も先に行ってるね?」

居た堪れない、といった風に、シャルロットは敷地内へと入ろうと、歩みを進めようとする。

「……待って。 シャルロット、あんたにも、聞いて、いてほしいの」

が、その歩みは鈴の言葉によって、止められた。
止まらずに、逃げるように敷地内へと入ることも出来た。
だが、鈴の声に秘められた意志の強さを感じたシャルロットは、止まらざるを得なかった。

「……ついてきて」

鈴は一言、小さくともしっかりと聞こえる声で、言った。




 ☆




鈴に連れて行かれた場所は、寮の屋上であった。
鈴はフェンスに手を掛け、空を見上げ、一夏はそこから五メートルほど離れた位置に立っており、シャルロットはそこからさらに三歩ほど後ろに下がった位置に立っていた。

「……鈴、話って何だ?」

黙っている鈴に、話しかける一夏。
声をかけられた鈴は、フェンスから手を放し、身体の向きを変えて一夏たちの方を向いた。
そして、一度深呼吸すると、閉ざしていた口を開いた。
その瞳には、強い意志が燈っていた。

「……あたしは、一夏が好き。 一夏が居なくなる前からずっと好きで、忘れることなんて出来なかった」

「「っ! ……」」

突然の鈴の告白に、一夏は戸惑い、そして、シャルロットと共に複雑な表情を浮かべた。

「り、鈴……俺は……」

「………………」

戸惑いながらも、複雑に思いながらも、一夏は何とか言葉を発そうとするが、それ以上の言葉は、すぐには思いつかなった。

「……わかってるわ。 あんたたち、付き合ってるんでしょ?」

「……ああ」

一夏が言い辛そうにでも言ってくれたことに、鈴は嬉しかった。
IS学園に入学してから、多くの告白を受けてきた一夏が、その全てを冷たい言葉で一蹴し、その相手に興味すら抱くことのなかった一夏が、自分の告白を一蹴せず、ちゃんと話を聞いてくれていることが、嬉しかったのだ。

「……あんたたちが付き合ってるのは、なんとなくわかってたわ。 それと、今日ので確信も出来ちゃった。 でも、だからって、一夏に好きな人が居るからって、『はいそうですか、諦めます』なんて風に、簡単に諦めれるようなものじゃないの、この気持ちは。 うざったいかもしれないし、聞きたくないかもしれないけど、聞いて。 シャルロット、あんたにも聞いて欲しい」

鈴の頼みを拒否するなど、二人には出来なかった。
一夏からして見れば、鈴は、凰鈴音という少女は、『闇影一夏』がまだ『織斑一夏』であった頃からの―――誰よりも近しい場所に居たはずの姉よりも、『織斑一夏』という少年の本心に気づきかけた、たった二人だけの―――友なのだ。
シャルロットからして見れば、鈴からずっと好意を寄せていた相手を奪ってしまった、憎い相手なはずなのだ。
だからこそ、二人は拒否することなんて出来なかった。
鈴は、二人の沈黙は了承の証だと感じ、語りだした。

「あたしが一夏を気にしだしたのは、あたしが転校したてで、まだ学校になれていなかった頃、今みたいに日本語がうまくしゃべれなくて、クラスの男子……まあ、一部女子も居たけど、そいつらにいじめられていたのを助けてくれたことがきっかけ」

「あー……そんなことあったけか。 懐かしいな……」

鈴との思い出は、一夏にとって比較的楽しいものだった。
当時では、最も心の距離が近しい人物だったのだから、当然かもしれないのだが。

「あたしさ、そのときはまだ、一夏が好きってわかってなかったのよね。 優しい男の子だな、気の合う人だな、一緒にいると楽しいな、ってくらいしか感じてなかったの。 まあ、今となっては、それも好きだったってことなんだろうけどね」

そのことを思い出したのか、楽しそうに、そして寂しそうに笑う鈴。
その姿は、二人の瞳には、とても綺麗に見えた。

「あたしさ、一夏が好きって気づいたの、一夏が行方不明になってからなの。 一夏が行方不明になったって聞いて、一夏にもう会えないって思ったら、涙が止まらなくなったの。 人目もはばからず、無様に泣き喚いたの。 最初は塞ぎ込んじゃって、そのときにようやく一夏が好きなんだって、気づいたのよ」

当時の鈴は、荒れていた。
一夏のことが好きだと自覚したため、一夏に会えないと考えるだけで涙が止まらなくなり、喪失感を紛らわせようと、様々なものに当たっていたりもしていた。
今の鈴があるのは、両親と五反田弾という存在があったからだ。
もしも五反田弾がいなければ、今の鈴は、別の形となっていたであろう。

「あたしは、最初はIS学園に来る気はなかったの。 けど、ニュースで一夏の顔を見て、すぐに切り替えた。 苗字は違ったけど、一夏だって、確信できたから。 一夏に会いたくて、一夏が今まで何をしていたのか、知りたくて。 中国政府の人たちに無理を言って、こうやってIS学園に来れるように図ってもらったの」

「それが、鈴がここに来た理由……」

「ええ。 あの日ほど、ISに感謝した日はなかったわ。 中国に帰って、失ったものを見ないようにって、ひたすらにISに打ち込んで、代表候補生の地位を手に入れてよかったって、心から思った。

まあ、まさか再開した一夏が、こうも変わってるとは思わなかったけどね」

「……鈴が、そこまで想っていてくれたとは、知らなかった……」

「一夏、鈍感だから、結構わかっちゃうかな? ってやつも、思いっきりスルーしてたし、仕方ないわよ。 まあ、あたしも恥ずかしがって、あまり大胆なこと出来なかったし、この結果も当然なんだけどね」

苦笑しながら言う鈴に、一夏は笑えなかった。
ただの友達だと思っていた鈴が、そこまで自分を思っていたとは知らず、その想いを知らず知らずのうちに踏みにじっていたのだと、今更ながらに思い知らされた。
本来抱くべきではないのだろうが、罪悪感を覚えるほどだった。

「これで、あたしの話は終わり。 こんなつまらない話聞かせて悪かったわね」

「……つまらなくない。 つまらないわけがない!」

一夏は、思いのなすがままに、叫んでいた。

「何でお前はそんな風にしていられるんだよ! 俺は最近恋が何なのか、ようやくわかってきたからこそ、お前がそんなに落ち着いてんのかがわかんねえよ! 何でお前は笑ってられんだよ!」

一夏は、シャルロットを好きになって、恋を、愛を知ったからこそ、今の鈴が信じられなかった。
恋が実らないということは、今の一夏にとって、とても悲しく、とても苦しく、受け入れがたいことなのだ。
自分が実際に失恋をしたことはないが、失恋を想像するだけで、その苦しさを想像できてしまうのだ。
それほどまでに、一夏は恋愛に、シャルロットにぞっこんなのだ。

「ならどうしろって言うのよ!! さっきも言ったでしょ! 簡単に諦められるものじゃないって! 今でもあんたが好きで好きで好きで好きで仕方がないわよ! でも、どうしようもないでしょうが! あんたたちが、互いにどうしようもないくらいに惹かれあってるのはわかってる! 今更、あたしがどうにかできるようなことじゃない! それは、あんたが一番わかってるでしょうが! これ以上、あたしを惨めにしないでよ!!」

鈴は、涙を流しながら叫ぶ。
最近の一夏とシャルロットの雰囲気を見て、今日のデートを見て、確信した―――してしまった。
二人の間に、割り込む隙間はない、と。
自分の恋は、叶わないのだと、思い知らされた。

「………………」

そして一夏は、何も言い返せなかった。
一夏は、シャルロット以外の女性を愛せれる自信はなかったからだ。
鈴のことは好きだが、それは、友人として好きなのだ。
この感情を、恋愛感情に発展させることが出来るとは、思えなかったからだ。

「二人とも、喧嘩しないの」

そこに割り込んだのは、この原因を作ったとも言っていい、シャルロットだった。

「私さ、こうすればいいと思うんだ」

「……何よ?」

「一夏が、私と鈴の、二人と付き合えばいいんだよ」

「「はぁ!?」」

シャルロットの提案に、一夏と鈴は声を上げた。

「シャルロット!? お前、何を―――!」

「だって、私たちのすぐ側に、してる人がいるじゃん」

シャルロットが言っているのは、当然の如く刹那たちのことだ。

「確かに刹那さんたちはそうだけど、それとこれとは話は別じゃないの?! というより、あんたはそれでいいの!?」

「別にいいよ。 鈴だったら、私は大丈夫だよ?」

ずっと一夏のことが好きだった鈴だから、一夏が鈴のことを気にかけているから、シャルロットはそれでもいいと思えるのだ。
もしこれが、箒ならば、同じことは言えなかった。
なぜなら、箒は昔の一夏の幻想を、今もなお引き摺っているからだ。
鈴は、今の一夏を受け入れ、今の一夏を好きでいてくれる。
自分がこんな境遇じゃなかったら、一夏は鈴を選んでいたと思えるからこそ、シャルロットはそれを提案できるし、肯定できるのだ。

「……ちょっと、シャルロットがわからなくなったぞ……」

「奇遇ね……あたしもよ……」

一夏と鈴は、シャルロットの思考がわからなくなってきていた。
いくら刹那たちのような実例があるとはいえ、普通はその考えを出そうとは思わない。
普通から、逸脱している。

「えー、それは酷いよ。 ただ、私は一夏とずっと一緒にいられれば、それでいいんだよ。 でも、一番愛して欲しいけどね」

シャルロットは染まっている。
一夏に、刹那に、琉歌に、夜空に。
一夏に大きく関わる人に影響され、染まっている。
だからこそ、この思考になってしまっているのだ。
以前のシャルロットならば、このような提案をしなかっただろう。

「私としては、それでもいいと思っているってことは頭に入れておいて。 でも、いきなりこんなこと言っても、答えようがないよね。 今日のところは、これで解散にしない?」

「あ、ああ……そう、だな」

「そう、ね……そうしましょう」

なんだかんだで、、シャルロットの異常さを思い知らされた一夏と鈴は、まともに思考が働かないまま、肯いていた。



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