小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

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プロローグ
 
 1975’3月3日
 
 それにしても、僕はつくづく〈島民〉だと思わざるを得ない。島の風景がこんなにも、身震いするくらいステキだと感じるから。今日、僕とオーファンはアダマス港に着岸した。周り中、透明な水と乾いた風……!

 1975’3月15日

 島の東、海岸沿いに広がるフィラコピは幾層もの古代都市が見つかった場所だ。それについては〈墓堀人〉が詳しく説明してくれた。例えば──ここで発掘されたフラスコ画は本土の国立考古学博物館に収められている、云々。だが、僕が何より感銘を受けたのはこれら廃墟の下に洞窟があるって事実だ。尤も〈墓堀人〉に言わせれば島中至るところ洞窟だらけなんだと。火山島だから。
 本当かよ?信じられないな!でも、そういうのっていい。冒険心が古傷のように疼きだした。

 1975’3月21日

 〈墓堀人〉が潜水用具を準備しろと言った時は吃驚した。用具を担いで洞窟の中を彼に導かれて進んで行くと、やがて小さな潮溜まりに行き着いた。潮溜まりは思ったより深く、7,8フィート近く潜ると横穴があって、更にそこを進むこと約3分……なんと、僕達は海に出た!

                    *

 〈墓堀人〉は黙って右腕を伸ばしてそれを指し示した。
 凝灰岩の岩棚に5体の若者達が横たわっていた。紺碧の水の中、彼等の裸体は目が眩むほど白く浮き上がって見えた。最初の驚きが去って、改めてよく観察してみると、彼等は意図的にその一箇所に集められたのが見て取れた。それから、若者達の身体が完璧でないのもわかった。つまり、ある者は腕がなかったり、ある者は足が切り取られていたり……
 でも、全然陰鬱な感じがしないのは、透明な水と空──僕達を取り巻く魅力的な光景のせいに違いない。
 本当にこの島ときたら!空も海も、大地も家々も、頭がクラクラするくらい何処も彼処も眩しいのだ。横たわる若者達の無慚な姿を見ても、誰も墓場なんて連想しやしないさ。
 僕は、彼等を心の底から美しいと思った。

                    *

 僕達は来た時とは別のルート──直接、海から陸に戻った。
 ゴツゴツした岩縁に体を引き上げた途端、「さあ、これで君も仲間だな?」と〈墓堀人〉が言った。「私達は秘密を分け合ったのだから。それとも、君は怖気づいてしまったかい?後悔しているのか、あれを見て?」
 「まさか!」
 僕は正直に答えた。「あんなに美しいとは想像してなかった。それで、ちょっと興奮してるだけさ」
 「全部、私が攫って来たんだ」得意そうに〈墓堀人〉は微笑む。
ところで、この男ときたらいつも微笑んでいる。きっとよほど幸せなんだろう。「勿論、皆、別々の場所にいた」
 僕は彼等の身体の破損について訊いてみたが〈墓堀人〉はそれに関しては全く気に掛けていない様子だった。「これからもっと切り刻むつもりだ」とも言った。「でないと見つかってしまうだろ?バラバラにした方が隠し易いし」だとさ。それは、まあ、その通りに違いない。
 この後、僕達は沖合いに浮かぶグラロニシア諸島の素晴らしい景色を眺めながらサモス酒で乾杯した。
 ウヘェェェー!この酒ときたら、物凄く甘いんだ……!
 
 

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