タオルを巻いていったん2階のクレイの寝室へ戻った。
雫を滴らせながら、こんなだからいつもママに叱られるんだと反省する。着替えを用意せずにシャワーを浴びる悪い癖。
ベッドの上に乗っていた黒いナイキのバッグから下着を引っ張り出す。きちんと身につけた後で、気がついた。
「これ……?」
バッグは自分のバッグだった。これもまたエルンストの死体同様、プレローズ屋敷の居間から掻き消えて、行方知れずだったはずなのに?それが、何故、今、ここにあるんだ?
「安心しろよ」
殆んど心臓が止まりかけた。
振り向くと、開け放した寝室のドアの前にクレイが立っていた。クレイは穏やかに繰り返した。
「安心しろよ。エルンストは暫くは見つかりっこないから」
「どうして──」
本当は文末までしっかりと訊きたかった。どうしてそんなこと言うんだ?或いは、どうしてそんなこと知ってるんだ?でも、口の中がカラカラに乾いて言葉が出て来ない。サミュエルは硬直して立ち竦んだ。
一方クレイは、サミュエルのそんな尻切れ蜻蛉の質問にちゃんと答えてくれた。
「どうしてって?それは、俺が埋めてしまったからさ」
「───……」
サミュエルはさっきからずっとクレイの美しい肩のラインを凝視していた。
目を逸らすことができない。細面で端整な容貌のくせして肩から胸にかけてこんなに逞しいのはレスリングをやっていたせいだ。レスリングの心得があって、6フィート以上の背丈のクレイならエルンストの背後から容易に首を絞め潰せる……
不意にサミュエルは自分もエルンストとほぼ同じくらいの身長だという不愉快な事実を思い出した。エルンストが5フィート13インチで俺は5フィート12……
クレイはゆっくりと部屋に入って来た。その太い腕、大きくて綺麗な手を、サミュエルは目で追った。
「俺の願いは、おまえに理解してもらうことだ。おまえにだけはわかって欲しいんだ。俺という人間を」
「クレイ?」
「俺は本気でおまえのことを思っている。それで、おまえの為なら何だってやるつもりだ。というか──実際、やっちまったんだけど」
クレイの言葉は熱に浮かされているように取り止めがなかった。どっちにしろ、サミュエルも殆んど聞いていなかったが。サミュエルは近づいて来るクレイの姿だけを見ていた。
今、クレイはサミュエルの目の前に立っている。
知り合って4日目ともなれば充分に慣れ親しんだ距離だった。
サミュエルが我ながらバカだな、と思ったのは反射的に目を閉じてしまったこと。宛ら、口づけを待つみたいに。ああ、そう言えば、こんな映画もあったっけ。〈死の接吻〉。
それで、つくづくと思った。クレイはエルンストの時みたいに隙を狙う必要はないな?今度ばかりは真正面から殺れる。
本当に恐ろしい人間がどういう種類かもこれでよぉくわかった。もう、遅すぎるけど……
見るからに残虐で凶暴そうなイージーライダーどもと違って、クレイ・バントリーはあくまで優雅でノーブルだった。見てみろ、今だって──嫌がらせない、抗わせない、これこそがこういう男の最も恐ろしい処なんだ!
湖面のようにピカピカ光っていた、父の居間の冷たい床の上で、そうして、クレイ自身のラベンダー色のベッドの中でそうだったように、サミュエルは今度も自分が何であろうとクレイの求めていることを全て、喜んで受け入れるだろうとわかっていた。キスも、抱擁も、殺人も……一緒だろ?
「なあ?」
クレイは片腕を伸ばしてサミュエルの首に巻きつけた。
そっと引き寄せる。「俺が、どんなにおまえを思っているか、わかってほしい」
「OK]
目を閉じたままサミュエルはちょっと微笑んだ。自分でも意外なほど落ち着いた口調でこう言っているのが
聞こえる。
「わかってるよ、クレイ。それって、つまり、おまえは俺の?10番目?で、俺はおまえの?六番目?ってことだろ?でも──いいよ。おまえは優しかったから」
きっと、最後の瞬間も優しくやってくれるはず。
「……だから、いいよ」