「あのイカレたリンクィスト教授が目論んだ通り、警察やマスコミは事件の猟奇性にばかり目が眩んで細部を見誤ってしまった。でも、私達は違う。少なくとも、私はね。それで、きちんと教授の身辺を再調査したのよ」
衣通葵里子の言うには──
彼女は漁船〈アイランダー号〉上でリンクィスト自身の口から聞いたある言葉が引っ掛かってならなかった。それ故、シアトルの自宅はもとより彼が教鞭を取った全ての地域を実地調査して来た。
「ねえ、憶えてる?船でアンブローズ・リンクィストと来たら自分の潜水の腕前を嫌ったらしく自慢してたじゃない。『若い頃は島々で鳴らしたもんさ』とか何とか……」
だが、クレイもサミュエルもそれについて全然記憶になかった。
「んもぅ!これだからあんた達は──」
詰ろうとして葵里子は途中でやめた。それも仕方ないと気づいたのだ。
何と言っても二人は潜れるのだ。潜水に関してコンプレックスを持っていないから教授の言葉など気にかけなかったのだろう。
「まあ、いいわ。とにかく、改めて詳細に調べてみてわかったのは、島は島でも教授の言ってたのはこの辺の島じゃなくて──エーゲ海はキクラデス諸島だったってこと」
「キクラデス諸島だって?」
ここへ来て、漸くクレイとサミュエルが大いに反応した。
「それ、パパの一部無くなってた航海日誌の部分だ!」
「ああ。確かキクラデス諸島……ミロス島となってたな。1975年……」
「やっぱりね!」
葵里子は満足気に頷いた。
「これで間違いない。サミー、あんたのお父さんとあの教授の接点はそこ、キクラデス諸島なのよ。二人とも同時期そこにいたんだわ」
頬を上気させて写真家は続ける。
「アンブローズ・リンクィストは70年代の一時期ギリシャに遊学していたのよ。このことは新聞やTVでも触れられていたけど。彼は当時アテネ大学の高名なスピリドン・マリナトス教授に師事してて……世界的大発見と言われたアクロティリ古代都市の発掘にも参加している。アクロティリはキクラデス諸島の最南端の島、サントリーニ島にあるんだけど、この遺跡からはミノア文明を色濃く残す家屋や壁画や壺が大量に見つかってるの!」