漸く警察の許可が下りてサミュエルがクレイのコテージへ戻った時には、女の荷物は一切合財──勿論、あのクリーム色のコンバーチブルごと──消え失せていた。
「信じられないぜ、この雌犬!全て俺とクレイにおっ被せて勝手に自分だけバックレるなんて!あの後、俺達がどんな目に遭ったかわかっているのか?どんなにややこしくて大変な思いをしたか?それを今更、またしても、こんな処にいきなり現れやがって……!」
「いいから、聞きなさい」
葵里子は落ち着き払って少年をクレイの方へ押し戻した。
「あんた達は大丈夫だと思ったのよ。だって、そうでしょう?現にそうだったでしょう?私のような文無し芸術家と違って、あんた達は優秀な弁護士付きですもの。でも、私はそうはいかないわ。貧乏人は厄介事にオチオチ巻き込まれるわけにはいかないの!そんなこともわからないの?」
逆に葵里子は二人を恫喝した。
「むしろ、あんた達は私に感謝すべきなのよ!」
「な、何言ってやがる……」
「相変わらず減らず口だな?俺達があんたに、一体何を感謝しなくちゃいけないんだ?」
「私はね、身動きの取れないあんた達に代わって、私達だけが握っている情報を生かすべく色々調べ廻って来たのよ!」
葵里子は黒髪を背へ払い除けた。胸の前に、例によってカメラがぶら下がっているのをクレイとサミュエルは確認した。と言うことは──今ここにいるのは亡霊でも妄想でもなくて、正真正銘の衣通葵里子なのだ。
その葵里子が、洞窟内に並べられている彫像の一つ一つにゆっくりと光を当てて行く。
等身大よりやや小ぶりな、それらの像は全部で五体あった。
どれも右足か左足を前に出して控えめな様子で佇んでいる。
その姿が若者特有の匂いを端的に伝えていた。
戸惑っているような迷っているような、不安と逡巡……初々しさと凄烈さ……
今この時、これほど間近にいて、彼等の吐息が聞こえないのは、彼等が恥ずかしがって自ら息を殺しているせいだと錯覚しそうになる。だが──
更によく見て行くと、像には繋ぎ合わせたとわかる無慚な瑕が何箇所か見て取れた。肩や首、腕や膝、足首にも……
葵里子は体を反転させてクレイとサミュエルに向き直った。