サミュエルは父の豪奢なリビングルームに立っていた。ナイキのボストンバッグを抱えて。
ピカピカに磨かれて家具の影を映している床には塵一つ落ちていない。あのキチガイ染みたパーティなど存在しなかったかのようだ。
背後で物音がした。振り返ると、ドアの前にエルンストが立っていた。
「そこにいたのか、エルンスト!」
この男を見てこんなに嬉しかったことは過去一度もなかった。サミュエルは素直に歓喜の声をあげた。
「捜したんだぞ!一体、何処へ行っていたのさ?」
「俺も」
咽喉が潰れたせいでエルンストは掠れた声で答えた。
「探し物をしていたのさ。これ」
従兄弟が重そうに手にぶら下げていたのは血だらけの右足だった。
「うわ──っ……!」
汗グッショリになってサミュエルは跳ね起きた。
夢だと理解するまで暗闇の中でシーツを握り締めていた。夢だと納得してからも震えは中々収まらなかった。
横を見るとポッカリ空間が空いている。そこに寝ていたはずのクレイ・バントリーの姿がなかった。
最初、バスルームかと思って裸足のまま部屋を突っ切り、サイザル織りのラグを敷き詰めた階段を降りてそっちを覗いてみた。が、そこも空っぽだった。
暗い廊下を引き返そうとした時、玄関のドアの軋む音がしてクレイが帰って来た。
クレイは荒い息をして汗びっしよりだった。まるで泳いで来たかのように。でなきゃ、自分と同じく悪い夢を見たかのように。
「……クレイ?」
吃驚してサミュエルは叫んだ。
「サミーか?」
クレイも驚いたらしく闇を透かしてサミュエルを見つめながら顔を顰めている。
「もう起きていたのか?」
「おまえこそ──」
トランクスの上に、脱ぎ捨ててあった恋人のシャツを羽織っただけの魅力的な姿で少年は駆け寄った。
「何処へ行っていたんだ、こんな夜中に?」
クレイは短い笑い声をあげた。
「夜中?朝だよ、もう」
サミュエルの前を素通りしてキッチンに入ると冷蔵庫から牛乳を取り出す。「見た通りジョギングさ。そうら、スパーキィ。おまえも喉が渇いただろ?」
スパーキィも自分用の青い皿に牛乳を入れてもらった。
冷蔵庫に寄り掛かったままクレイは首に巻いていたタオルで乱暴に顔を拭った。白いTシャツに灰色のジャージ。誰が見たってジョギング帰りだとわかる。にも拘らずサミュエルは訊かずにはいられなかった。
「いつも走っているのか?こんな時間に?」
訊きながら考えた。クレイがいつもと何処か違って見えるのは、灯りも突けない薄暗がりの中のせいか?それとも、ラフな格好のせいだろうか?
東海岸スタイルを絵に描いたようにいつも隙のないクレイ・バントリー。渚を、犬を連れて散歩する時でさえ素足に履くのは青いヌバックのビット・モカシンとくる。それなのに今は──トレッキングブーツだって?
サミュエルの質問に、まあな、とクレイは答えた。
「気が向けばだけど。夜明け前のこの時間帯が浜辺は一番ひとけがないんだ。空いてていいぜ」
サミュエルはまた考える。声のせいかも。クレイの声ときたら今まで聞いた覚えがないくらいザラついている。
その聞き覚えのない声で今度はクレイが訊いてきた。
「おまえこそ、サミー、どうかしたのか?」
「べ、別に」
サミュエルは頭を振った。違っているのは俺の方かも知れないや。でも、それはしかたがない。変な物見て……変な夢見て……
それで神経が過敏になっているんだ。