小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

気づくと浜辺に立っていた。
 いつもの?自分の場所?の近く。熱い砂の中に倒れ込む。
 「落ち着け、落ち着くんだ……」
 砂を握り締めながらサミュエルは自問した。アレは何だった?エルンストだ。あのクソガキ、よりによって俺の父親の居間で殺されやがって……!
 殺される?そうだ。どう見たって、ありゃ、殺されてた……!
 目の当たりにしたエルンスト・オレンジの死体にオーバーラップしてサミュエルの脳裡には新聞のグロテスクな見出しが次から次へと浮かんでは消えた。『連続殺人鬼』『右足切断魔』『飛び石のように移動して行く犯行現場』『犠牲者は全員青少年男子』……
 
 サミュエルが自分のバッグについて考えが及んだのは浜に駆け込んでかなり経ってからだった。
 エルンストの有様にあまりに衝撃を受けて、取り乱していたので、居間にそのまま置き忘れて来たのだ。
 取りに戻ろう、と頬についた砂を擦り落としながらサミュエルは決心した。そして、それから?
 (警察に連絡しなければ……)
 父の電話を使って、あそこ、プレローズ屋敷から直接通報するんだ。見た通りのこと、有りのままの事実を逐一報告する。それが第一発見者である自分の義務だ。
 馴染みの潮風に吹かれて、多少なりとも冷静さを取り戻したサミュエルは勇気を奮い起こすと父の邸へと取って返した。

 ポーチに立ってジィーンズの尻ポケットから鍵を引っ張り出す。
 手が震えているせいかポケットの縁に2、3度引っ掛かって少年は悪態をついた。漸く鍵穴に差し込んだところで、玄関に鍵を掛けていなかったことに気づく。思えば後も見ずに飛び出したのだから、これは当然と言えば当然だ。
 リビングルームのドアも慌てて逃げ出したそのままに、大きく開いていた。
 できる限り何処にも触れないように身を硬くして摺り抜けるとバッグを探した。
 けれど、バッグは何処にも見当たらなかった。
 「変だな?」
 声に出してサミュエルは呟いた。「確かにこの辺りに落したと思ったんだけど。クソッ、ここ以外の何処に──」
 だが、見つからない物は実はバッグだけではなかった。
 改めて周囲を見渡してサミュエルは気がついた。勿論、見たいものでは、けっして、ない。でも……
 そこにさっきは確かにあった、エルンスト・オレンジの死体も消え失せているではないか。
 再び襲い来る戦慄──

               5

 「お帰り」
 コテージの玄関で、両腕を組んだままクレイはサミュエルを出迎えた。
 「一体、何処ほっつき歩いていたんだ?心配したんだぞ?」
 それから、腕を解いて、サミュエルの背中を押してキッチンのテーブルへと導く。
 「晩飯できてるぜ。腕に縒りを掛けた、これぞ〈クレイズ・スペシャル〉だ!」
 出て行く際、料理用ストーブに乗っていたシチューは最高に美味しかった。でも、最初それを見た時ほど幸せな気持ちになれないのは、エルンスト・オレンジの死体のせいだ。
 皿から掬い上げるたびにスプーンが幾度も宙に停止して、サミュエルは考えずにはいられなかった。
 (何処行っちまったんだよ、エルンスト?)
 小刻みに震える銀のスプーン……
 クレイはロールパンを契りながらそんなサミュエルを横目で見ていたが、口に出しては何も言わなかった。

-8-
Copyright ©sanpo All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える