第三十七話『臨海学校終了』
Side〜ウリア〜
あの英霊が霊体化してからすでに一時間ちょっと経過していますが、未だに一夏は目を覚ましません。
ISの操縦者絶対防御、その致命領域対応が発動すると、ISのエネルギーが回復するまで目を覚まさなくなります。
なので、一夏が起きないのはまだ白式のエネルギーが回復していない証拠です。
「……ん……」
「一夏!」
一夏がくぐもった声を上げました。
目を覚ましたんですね。
「……ウリ……ア……?」
「はい、ウリアです。 一夏、目を覚ましたんですね」
「あ、ああ……」
まだ寝ぼけているんでしょうね。
「ようやく目を覚ましたか、マスター」
「ん、ああ……………………って誰だお前!」
やっぱり寝ぼけていました。
英霊に返事をしたら、身体を起こして驚いていました。
でも、やっぱりこの不快感は慣れませんね。
というより、一夏は不快感を覚えないのでしょうか。
あ、一夏がマスターなので効かないのかもしれませんね。
「私はお前に召喚された英霊だ。 未熟な魔術師よ」
「はっ? 俺が、召喚した……? それに、未熟な魔術師って……」
「一夏、事実ですよ。 彼は貴方が召喚した英霊です。 一夏の右手の甲にある令呪がその証です」
一夏は自身の右手の甲を見て、口を開いた。
「これが……これが令呪って奴なのか?」
「そうですよ。 私にもありますから」
私は左手の甲に掛けていた魔術を解除する。
すると、魔術で隠していた令呪が顕わになります。
「これが私の令呪です。 英霊を召喚した者のみが持つ刻印です」
「そう、か……。 じゃあ、俺はウリアと同じ力を手に入れたんだな?」
「はい」
どこか嬉しそうな一夏。
そんなに英霊を呼べたことが嬉しいのでしょうか?
「俺は、これでウリアに守られているだけじゃなくなれる。 やっと、ようやくウリアの隣で戦える力を手に出来たんだよな……」
あ、そういうことですか。
一夏、私を守ろうと、いつも必死になっていますからね。
納得です。
「あ、そういえば、お前の名前って何なんだ? 一応マスターである俺は未熟というかド素人なんだが、そんな俺に呼ばれたお前の名前は何なんだ? お前は俺と一緒に戦ってくれるのか? 俺の力になってくれるのか?」
「そう一度に複数の質問をするな。 まず、私の名はアレイスター=クロウリー」
「アレイスターですって!?」
まさかこの英霊があのアレイスター=クロウリー!?
過去、世界最高級の魔術師であり、今や伝説級の魔術師と言われるあの?
世界最大悪人と呼ばれたあのアレイスター=クロウリーなんですか!?
「……続けよう。 っと、その前に、まだマスターの名を聞いていなかったな」
あ、そういえばそうですね。
ってあれ?
不快感が無くなっていますね。
何故でしょうか?
「俺は織斑一夏。 魔術師ですらなかった、ただのIS乗りだ」
英霊は現代に召喚される際に、必要な知識は与えられます。
なので、ISについても知っているでしょう。
「君は相当稀有な存在のようだな。 まあ、そんなことはどうでもいいか」
いいんですか!?
「お前が望むのなら、私はお前の力になろう。 私はただ単に、世界を見届けるのが目的だからな。 マスターであるお前に従おう」
「……貴方、本当にあのアレイスター=クロウリーなんですか?」
世界最大悪人と叩かれたアレイスターとはとても思えません。
「……まあ、当然か。 私は本物だ。 だが、平行世界の、だがな」
平行世界、ということは、この世界のアレイスターではないみたいですね。
並行世界の英霊なら、葉王やシロウもそうですから、驚きません。
「まあ、その辺りはまた今度話すとしよう。 人も来たようなのでな」
そう言うとアレイスターは霊体化しました。
「アレイスターは?」
「霊体化したんです。 英霊は死んだ人を召喚したものなので、実体を持たないんですよ」
「そうなのか」
一夏には、魔術を教えなければなりませんね。
これだけの魔力を暴走させたら、一夏は死んでしまいますからね。
「織斑、起きたか」
「千冬姉か。 ゴメン、心配掛けた」
「ふん、そのセリフはアインツベルンに言ってやれ。 福音を倒してから、ずっとお前といたのだからな」
「そうだったのか?」
「そうですよ。 私が一夏が怪我をして眠っているのに、一緒にいないわけが無いじゃないですか。 私は一夏が生きてくれているだけで幸せなんですから」
「二人とも。 悪いのだが、話をしてもらいたいのだが、構わないか?」
「構いませんよ。 ただ、全てはお話できませんが。 それでもよろしいのなら」
「構わない」
では、話しましょうかね。
☆
昨日の夜、千冬義姉さんにある程度のことを話しました。
一夏が英霊を召喚したこと、その英霊が一夏の怪我を完璧に治したこと、魔力がなぜか急に増えたことを話しました。
一夏の魔力コントロールの特訓なら、多少のサボりは見逃してくれるそうです。
まあ、魔力が暴走したら、最悪の場合死人が出てしまいますからね。
一番の被害者は一夏ですが。
で、私たちは朝食を食べた後、ISおよび専用装備の撤収作業に当たりました。
そうして十時を過ぎた頃に作業が終わり、全員が各クラスのバスに乗り込み、今の状況になります。
昼食は、帰り道のサービスエリアで取るらしいです。
「なあウリア」
「何ですか?」
「飲み物無いか? 買い忘れちまってな。 今から買いに戻るのは怒られそうだから、持ってないか?」
「私の飲みかけでよければありますよ。 ペットボトルの紅茶ですけど、それでもいいのなら」
「それでいいさ。 ありがとう、ウリア。 ちょっと貰うな」
先ほど買っておいたのが役に立ちましたね。
少し口をつけてありますが、一夏なら気にしません。
むしろ大歓迎です。
<ウリアスフィール、最近キャラがおかしくなっていませんか?>
(そうですか?)
<一夏に対しては変態的思考になっているぞ>
(そうですか? では、少し気をつけましょう)
一夏になら基本何をされても大丈夫なんですが、少し気をつけたほうがいいでしょう。
「ねえ、織斑一夏君とウリアちゃんっているかしら?」
「あ、はい。 俺たちですけど」
そんなときに現れたのがナターシャさんでした。
詳しい年齢は知りませんが、二十歳ほどの女性で、ブルーのカジュアルスーツを着ています。
「お久しぶりです、ナターシャさん」
「ええ、久しぶりね」
「ウリアはこの人と知り合いなのか?」
「はい。 この人はナターシャ・ファイルスさん。 『銀の福音』の操縦者です」
「へえ、この人が。 無事だったんですね」
まあ、宝具の攻撃を受けていますから、心配はしますよね。
「ええ。 まさか宝具を連発されたなんてね。 それを聞いた時は、よく生きているものだと思ったわ」
まあ、ISを纏っていたのと、威力を抑えていたので、死にはしません。
「威力を下げて撃ったんですから、生身じゃない限り生き残れますよ。 最大出力だったらバラバラだったでしょうけど」
『赤原猟犬』と『偽・螺旋剣』の直撃、それに『無毀なる湖光』と『約束された勝利の剣』での乱撃を受けてましたからね。
「さらっと恐ろしいこと言うなよな。 ウリアが殺人なんてするのは嫌だからな?」
「大丈夫ですよ、一夏。 一夏が嫌がることはしませんから」
「あら、仲がいいのね。 恋人かしら?」
「そうですよ。 ナターシャさんも早く相手を見つけてくださいね」
「ええそうね。 ……喧嘩売っているのかしら?」
少しこめかみを引きつらせて聞いてきます。
どうやら私はナターシャさんを怒らせてしまったようです。
「そんな訳無いじゃないですか。 ただ、ナターシャさんほどの女性が恋人のいないことが不思議なんですよ」
ナターシャさんは美人ですし、性格もいいですから。
「ウリアちゃん、貴女は本心でそう言ってるかもしれないけど、傍から聞くと喧嘩を売られてるようにしか聞こえないから注意しなさい」
「すみません、ナターシャさん」
素直に謝っておきます。
「……にしても、いい男ね」
「いくらナターシャさんと言えど、一夏は私の恋人です。 もしも本気で狙いに来るのなら、一切の容赦も情けも無く消しますので、そこのところは承知しておいてください」
もし一夏に色目なんて使ったら、問答無用で『エア』をぶっ放しまくります。
葉王がいたらいいんですが、残念ながら今は御爺様の英霊です。
なので『エア』を連発します。
「だ、大丈夫だからそんな病んだ目で私を見ないで」
「ウリア。 俺はウリア以外にはなびくことは無いから安心してくれ」
「一夏……」
やっぱり一夏は最高です!
「……いつもこんな感じなのかしら……?」
こんな感じで悪いですか?
「はぁ……。 お二人さん、末永くね。 じゃあ、またね。 バーイ」
そう言うとナターシャさんはバスを降りていきました。
Side〜ウリア〜out
Side〜三人称〜
バスを降りたナターシャは、目的の人物を見つけてそちらへと向かった。
「昨日の今日でもう動いて平気なのか?」
そう声を掛けてきたのは千冬であった。
「ええ、それは問題なく。 ―――私は、あの子に守られていましたから」
ナターシャの言う『あの子』とは、暴走で今回の事件を起こした福音のことであった。
「あの子と私はまったく望まない戦いに身を投じた。 強引なセカンド・シフト、得体の知れない何かから他のISたちに影響を出さないためにコア・ネットワークを切断……あの子は私や他のISのために自分の世界を捨てた」
言葉を発するナターシャは、先ほどまでの陽気な雰囲気とは違い、鋭い気配を纏う。
「だから、私は許さない。 あの子の操り、全てのISの敵に見せかけた元凶を―――必ず追って、報いを受けさせる」
福音はコアこそは無事であったが、暴走を起こしたことに変わりは無いので、凍結処理されることとなった。
「……なによりも飛ぶことが好きだったあの子が、翼を奪われた。 相手が何であろうと、私は許しはしない」
「あまり無茶はするなよ。 この後も、査問委員会があるのだろう? しばらくはおとなしくしておいた方がいい」
「それは忠告ですか、ブリュンヒルデ」
IS世界大会『モンド・グロッソ』。
その総合優勝者に授けられる最強の称号・ブリュンヒルデ。
だが、千冬はその名で呼ばれるのが好きではなかった。
「なに、ただのアドバイスだ。 私の思うに、敵は想像以上の強敵であるということは忘れるな」
「そうですか。 それでは、大人しくしてましょう。 ……しばらくは、ね」
一度だけ鋭い視線を交わした二人は、それ以上の言葉は無く互いの帰路についた。
Side〜三人称〜out