第十九話 幼き居眠り少女と小悪魔少女。そして………え?モロ?(後編)
僕には昔好きな人がいた。
その子の名前は“椎名京”。今は僕たち風間ファミリーの大事な仲間の一人になっている。
京のことを初めて見かけたのは僕がある日図書室に借りていたライトノベルを返しに行った時のことだった。
彼女は図書室の机に一人で座って静かに本を読んでいた。特別なにか珍しいことをしていたわけじゃない。特別オシャレをしていたというわけじゃない。
でもそのどこまでも透き通った瞳に僕は惹かれていた。
一目ぼれだった。
そんな彼女に突如不幸が舞い降りる。彼女がイジメの対象になったのだ。
理由は、彼女の母親が淫売だったから。
…正直意味がわからなかった。
なんで彼女がそんなことでイジメられなきゃいけないのか。なんで関係ない彼女がそんな目にあわなければいけないのか。
彼女を助けたいと思った。でも僕にはできなかった。
怖かったのだ。自分が次のイジメのターゲットにされるのが。
だから僕は彼女がイジメられているのをずっと見てみぬふりをしてきた。これはしょうがないことなのだと
そうでもしなきゃ罪悪感で耐えられなかったから。
そんな時だった。四季が彼女をファミリーの遊び場に連れてきたのは。
篠宮四季。大和が上級生と喧嘩をする時に助っ人として呼んだモモ先輩と一緒にいた仲間の一人で、モモ先輩と同等の実力者だった。
そんな彼は、他のメンバーを説得して(といっても反対していたのは大和くらいだったけど)彼女をファミリーの一員にひきいれて、次の日からは彼女をイジメているやつがいれば、皆と一緒にやっつけて、彼女へのイジメを完膚なきまでに根絶していた。四季は彼女を救ったのだ。
正直嫉妬してしまった。四季のその強さに。でもそれ以上にその強さに憧れたんだ。僕もこんなふうに強くなりたいって。
だから僕は四季に頼んだ。僕を強くしてほしいと。四季には「お前には才能がないから強くなるにはなかなか難しいぞ?」と言われたがそれでもかまわなかった。僕が憧れた四季の強さは、別に腕力とか、そういうモノだけじゃないから。…恥ずかしくて本人には言ってないけどね。
それからは毎日ランニングをやったり、筋トレをやったり四季の指示したとおりのトレーニングを始めた。最初はきつかったけど慣れてくるとそうでもなくなってくるもので、今では早朝に起きて昔とは考えられないほどの長い距離を走れるようになった。ただ、四季が護身術っていって稽古をつけてくれるようになったのだが、これが少し後悔するほどきつかった。…手加減してくれないんだもんな四季。
まあそれでもいまだに頑張って続けてるけどね。
もし今度同じようなことがあれば、彼と同じように助けられるように。
だから、偶然通りかかった公園で泣かされていたこの子を放っておくことなんて僕にはできなかった。
その日は前から予約していたゲームの発売日で、四季の誘いを断り、朝から予約していた店に並んでいた。
そのかいあって、目当てのゲームを手に入れ、さっそく家に帰ってやろうと思って歩いていたら、近くの公園で、三人の男の子が一人の女の子を取り囲んでいたのを目撃したのだ。
昔の僕なら、可哀相に思いながらそのまま素通りするか、せいぜい大人を呼んでくる程度しか行動しなかっただろう。でもその時は違った。なぜなら、その囲まれていた少女の姿が、
あの時の京の姿とダブってしまったから。
「なにをしているんだお前ら!!」
気づいたら僕は叫んでいた。
「その子に手を出したら僕が許さないぞ!!」
そんな僕を見て、三人の男の子のうちの一人が脅すように僕のことを睨みつける。
「なんだよお前!邪魔すんじゃねぇ!!」
「そうだそうだ!」
「引っ込んでろ!」
僕はそんな男の子たちの言葉を無視して囲まれていた女の子に近づいて話しかける。
「大丈夫?怪我はない?」
「ん、うん…。あ、あんただれだよ?」
女の子は驚きながら僕にそう聞いてきた。僕は女の子の言葉に笑って答える。
「僕の名前は師岡卓也だよ、よろしくね。君の名前は?」
「え?えっと、う、うちの名前は…」
女の子が戸惑いながらも自分の名前ををいおうとしていると、無視をされて苛立ったのか、三人組のうちの一人が僕に詰め寄り、肩を掴んだ。
「おい!無視してんじゃn、てええいてええええ!?!」
「うるさいな」
ただ肩に置かれた手を思いっきりつねっただけじゃないか。そんなにさけばなくても。
僕は、男の子たちのほうに視線をむける。
「で?君たちはなんでこの子のことをイジメてたのさ?恥ずかしいと思わないの?男が女の子を三人でとか」
「うるせえな、てめえには関係ねえだろ!」
「おい、こいつ生意気だぜ。やっちまおう」
「そうだなやっちまおう」
そういって男の子たちは、僕を逃がさないように囲む。
僕の後ろから、「だ、大丈夫なのか?」という声が聞こえたから、僕は「大丈夫だから少しこれ持ってて」といい、今日買ったばかりのゲームが入った袋を手渡す。
実際、四季と小雪以外に戦うのはこれが初めてだけれど不安はない。
相手は三人とはいえ、ぼくとほぼ同年代のただの子供。四季との地獄の組み手にくらべたら、全然大したことはない。…いや、あれとくらべることが間違ってんのかもしれないけどさあ。
「くらえ!」
一番がたいのいい子が僕に殴りかかってくるが、やっぱり遅い。
僕はそれを避けると、四季に習った通りにジャブをくりだす。
ちなみに僕が四季に習っているのは、キックボクシングもどき。なぜというと、四季やモモ先輩が使っているような気の素養が全くない僕では、四季の使っている技(鬼道流っていったっけ?)の習得は難しく、筋力もつきにくい体質らしいので、蹴り技のあるムエタイやカポエイラ。キックボクシングのほうが強くなれるということなのだ。
ジャブで狙うのは相手の顎。僕はパンチ力がないから、こういう人体の急所を狙って撃つように教えられている。…鍛えてくれたことについては感謝するけど、結構四季ってえげつないよね。
ジャブはちゃんと狙った顎にヒットし、僕のジャブをくらった相手は、そのまま尻餅をつく。
「あ、あれ?」
「だ、大ちゃん!?」
どうやら脳を揺さぶることに無事成功したようだ。彼の視界は今せいだいに歪んで見えていることだろう。
「く、くそ!くらいやがれ!!」
三人の中で、一番身長がある細い男の子が、いつの間にか手に持っていた木の棒を僕にむかっておもいっきり振り下ろす。
「危ない!?」
女の子が悲鳴じみた声をあげるが、僕は落ち着いて体制を低くして後ろをむきながらその回転の勢いを利用して後ろに蹴り抜く。
『後ろ回し蹴り』。四季が武器を持った相手用に教えてくれた技だ。それがうまくきまり、木の棒を持っていた男の子が「ぐえ!?」という声を上げながら軽く吹き飛ぶ。
内心「少しやりすぎたかな?」と思っていると、
「動くな!」
後ろからそんな声が聞こえてきたので振りむくと、先ほどの女の子が、最後の背の低い男の子に人質にとられていた。
男の子はにやつきながら口を開く。
「こいつをひどい目にあわせたくなきゃ動くんじゃねえぞ!」
そんな男の子の言葉に、しかし僕は慌てなかった。
なぜなら、
「誰をひどい目にあわせるって?」
僕の師匠がそこにいたんだから。
あれから辰子と一緒に天という辰子の妹さんを探し回ったがなかなか見つからず、一度辰子と妹さんがはぐれたという公園に戻ってみようとやってきたのだが、そこで見たのは意外な光景だった。
それは、俺たちファミリーの中で一番おとなしいモロが、女の子を背に喧嘩をしている場面だった。
「モロ!?」
「天ちゃん!?」
俺と辰子は、同時に驚愕の声を漏らす。
俺たちは、それに顔を見合わせた。
「四季君、あの男の子のこと知ってるの?」
「あ、ああ。友達の師岡卓也っていうんだ。というか天ちゃんってことは…」
「う、うん。あの子が私の妹の天ちゃん…」
こいつは驚いた。まさか今日知り合ったばかりの身内同士がまた知り合いになってるなんて。こんな偶然あるんだなー。
モロのほうを見るとちょうど相手の拳を見切って避け、カウンター気味に相手の顎にジャブを打ちこんだところだった。…まあ俺があそこまでやって鍛えたんだ。それくらいやってもらわないとな。
だが、モロが後ろ回し蹴りをきめたところで最後の一人が女の子を人質にとった。
さすがにこれは見逃せないので、俺はこっそりと人質をとって得意げになっているガキの後ろに回りこむ。
「こいつをひどい目にあわせたくなきゃ動くんじゃねえぞ!」
「誰をひどい目にあわせるって?」
俺はそういうと、女の子を人質にとっていたガキの手首をねじり上げる。
モロはその間に、人質となっていた女の子を助け出す。
それを見た俺は、ガキの手を離しそのままデコピンをくらわす。
「ギャッ!」
デコピンをくらったガキは軽く一メートルほど吹っ飛んだ。
なにか変な声を発していたが、俺は気にせずに先ほどからこちらの様子をびくつきながら見ていた残り二人のガキにも視線をむける。
ガキ1とガキ2が俺の視線をうけてビクッとしてたけど気にしない。
「さっさとこいつをつれて失せろ。さもなうとーーーーーー
ーーーーーー潰すぞ?」
☆
「天ちゃーん!心配したよ〜!」
「ちょっ!苦しいって辰姉!?」
目の前では、辰子と件の少女、板垣天使が再会を喜んで抱き合っている。
いやーいい光景だ。あの三人に説得して帰ってもらったかいがあったな。
「いや、あれって説得っていうの?」
「細かいこと気にすんなよ」
俺は隣にいるモロに視線をむける。その顔は、なにかをやり遂げたようなそんな男の顔をしていた。
「……吹っ切れたような顔してんな」
「まあね。…今回は守れたからね」
俺の言葉に、モロはほほ笑みながら答える。
俺はモロに強くしてほしいと頼まれた時に、こいつが強くなりたい理由を聞いたことがある。
詳しくは教えてくれなかったが、モロは俺にこういった。「もう理不尽を見て見ぬふりをするのは嫌」なのだと。
奇しくもそれは俺が父さんに鬼道流を習うと決めた理由と似ていた。だから俺は心を鬼にしてモロを鍛え上げたのだが、どうやらそれが役に立ったようだな。
と、そんなことを俺が考えていると、そこへかかる声が。
「あ、あの…」
「ん?」
といっても声のかかったのは俺ではなくモロのほうだったが。
少女、板垣天使はもじもじしながらモロの目の前に立っていた。
天使嬢は、真っ赤な顔をして言葉を開く。
「あ、あのよ。た助けてくれてサンキューな」
「え、う、うん。別に気にしないで」
「そ、そういうわけにはいかねえよ!助けてくれたんだもの。お礼は言わせてくれよ!」
「そ、そう、ならうん。どういたしまして…かな?」
………なんだこの甘甘な空間は。
「どうやら天ちゃんに春が来たようだね〜?」
「うぉっ!?」
気がついたら、俺の後ろに辰子がいた。びっくりした〜。
しかし春が来た。春が来たって……。
「そういうことか?」
「そういうことだね〜♪」
なるほどねえ。辰子の声に楽しげなものが混じっているのは、妹にそういう相手ができたからか?まあそういう俺も顔がにやつくのを抑えられないが。
そうか、あのモロにもそういう相手がねえ…。
ただ一つきになることがあるんだが。
「なあ、辰子」
「なあに〜?」
「なんでお前俺に抱きついてんだ?」
そう、なぜだか知らないが、辰子は現在俺の肩に顎を乗せたまま、俺に背中から抱きつくような感じになっていた。
辰子は「ん〜と」と考えるような顔をしながらニパーと笑って俺の問いに答えた。
「なんか四季君の近くにいると落ち着くから〜♪」
「……あ、そうすっか」
その純粋な笑顔に俺はそう答えるしかなかった。
俺は溜息をつきながら、周りを確認する。
未だに顔を真っ赤にしながらモジモジしている天使嬢とモロ。
俺の背中にひっつきながら鼻歌を歌っている辰子。
それをどこか諦めたような瞳で見ている俺。
………なんだ、このカオス?