桜色の奔流が止まり土煙が辺りを包む。
「ハァハァ……」
レイジング・ハートを強く握りしめていたなのはちゃんの肩が揺れる。
地面に散らばる空薬莢とレイジング・ハートから残留した彼女の魔力が尽きたところでようやく我に返った。
「なのはちゃん何しとんのや!!」
「だって!!アイツが!!アイツがライトくんを!!」
「ホンマに夕君がしたって言うんかい!!」
「アイツ自身が言ってたじゃない!!」
ダメだ。私もだけど、この子も思考を放棄している。
彼はしていない。そう思っているだけで心のどこかでは彼を疑っている。彼を信じているが、彼自身が言ったのだ。
「はやて……まえ…、」
「…え?」
土煙が晴れた先に立っていたのは左手を前に突き出している夕君だった。
直立して立つ彼は怪我一つ無く、ソレを信じることを否定する様になのはちゃんがカタカタと震え出した。
そして、その夕君は左手を静かに下ろして溜め息を吐く。
「……まったく、思い通りにはならんな」
そう一言呟いた夕君はコチラを見て、再度溜め息を吐く。
「夕君…」
「…あぁ、そうか。そうだよな」
「大丈夫か?大丈夫なんか?」
「大丈夫だ。傷があるように見えるか?」
見えない、見えないけれど。
両腕を広げた夕君がニヒルに笑う。その顔にいつもの気だるさも無く、いつものどこか心配しているような瞳もない。
「一度解析された攻撃なら、一度目よりも完璧に、二度目になら全て吸収できるさ」
「ユウ…?」
フェイトちゃんが訝しげに声を出した。
「ユウ…フフ、そうだな。フェイト・テスタロッサ」
また夕君が嗤う。まるで馬鹿にするように、馬鹿にしたように、バカを見るように。
「さて、処理をするか」
まるでゴミを片付ける様に、夕君が言う。そしてテクテクとこっちに向かって歩き出す。
一歩、二歩、三歩…。こちらに向かってくる毎に私の頭の中が警鐘を鳴らす。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ」
カタカタと震えていたなのはちゃんの周りに桜色の弾が顕れる。
幽幻の様に揺れるソレは彼女の頭の中の様に混濁として揺れていたが、しっかりと、六つの弾は夕君に直線に向かった。
「……まるで稚児か」
夕君がまた呟き、迫る桜色の弾を一つだけ左手で弾いた。
その一つが他の弾に当たり、誘爆して別の弾に、そしてまた別の弾に。
何事も無かったように夕君は歩く事を止めない。
「ツマラんなぁ、高町なのは。大切な人間を殺した人間が目の前にいるのだぞ?貴様の手で殺したいとは思わんのか?」
「あ…あ、あぁ」
「夕君……ホンマに…夕君やんね……?」
私の一言で夕君が立ち止まり、冷たい視線をこちらに向ける。
ガンガンと鳴り響く警鐘。頭の中が『こいつは夕君ではないのでは?』と否定する。同時に夕君であることを肯定している。
「御影夕以外に、見えるか?」
「見えへん…見えへんけど、違うんや……違うって言うてや…」
「また思考停止か…ツマラナイな……そうは思わんか、フェイト・テスタロッサ」
「……」
フェイトちゃんはバルディッシュを握りしめて、真っ直ぐに夕君を見ている。ただ、真っ直ぐ夕君を見ている。
「さぁ、お前はどう答える?」
「ユウは……ユウだよ」
「クク、なるほど…なるほど……今しがた、何処かのバカの気持ちがわかったよ」
また嗤いだす夕君。
そして私達に手を向けて口を開く。
「そこにいる子供二人を殺せ。さすればお前に世界の半分をやろう」
冷たい一言が辺りに響く。たった一言で、背筋が凍った。
ガンガンと鳴り響く警鐘が更に大きく響く。
「なんだ、殺せんのか。ツマランナ、見世物にでもなれば人形でも楽しめたというのに」
「お前……誰や…?」
「先もいっただろう?我は御影夕だと。お前も肯定したではないか」
「違う!!夕君はそんな事言わん!!」
「言わない?実際に言ってるではないか、現実逃避か?相変わらず殻に篭る事は上手いじゃないか」
「違う!!お前なんか、夕君であるわけがない!!」
私は叫ぶ。必死で叫び自分の頭の中にある迷いを消し飛ばす。
消し飛ばした迷いを肯定するように、夕君の声が響く。
「クク、ケケケ、クキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!!これでは宿主も浮かばれんなぁ!!信じていたモノにも否定され!!間違われ!!ククク、滑稽だ、滑稽すぎる!!」
「ユウ……」
「その名で呼ぶな、いや、呼んでも構わんのだぞ?それにより貴様らが勝手に喰われるだけなのだから、ほら、もう一度呼んでみるがいい」
「夕君の声で喋んな!!」
「我に指図するか!!夜天の王よ!!若輩の貴様が!!永遠ともとれる時間を生きた我に指図するとは!!コレは面白い!!」
「やど…主…」
「そうさ!!さぁ!!思考しろ!!我の存在を!我を誰かを!!我の名を叫んで喰われろ!!クキャキャキャキャ!!」
こいつは、夕君ではない。夕君を宿主として存在していた、そういうモノだ。
ソレの名を私達は知っている。知ろうとしていた存在の名前。
「アン……ヘル……」
「貴様がそういうならばそう言う存在なのだろう!!我の呼び名など幾千に及び、我が存在は零へと帰着する!!」
ズルリとアレの左腕から赤黒いナニかが生える。ソレは夕君の体を包み込み、そして赤黒いマントを形成した。
未だにグジュリ、グジュリと水分の含んだナニカが彼の左手を這う。
「さぁ!!我に喰われろ!!宿主と同じくして、世界を壊す養分に成り上がれェ!!」
アンヘルが振りかぶり、下ろした左腕は私達の前の地面を大きく削った。
ゾクリとする。もしもこの攻撃が当たってしまった時を考えてしまう。
―フェイト!はやて!!なのは!!
―アリシアちゃん!?
―良かった。結界が急に解けたんだ
―アリシア、ユウが…
―うん、今こっちで解析してる
―アリシアちゃん!ライト君が怪我してるの!!
―なのは、少し落ち着きなさい。今は目の前に集中して
―でも!?
―アンタも殺される?今なら目の前の存在が世界ごと壊してくれるわよ
なのはちゃんは俯き、ライト君を大事に抱きしめる。
「ふむ、なかなかにしぶとい宿主だ…今までとは違うな」
「え?」
「ユウが…」
―ユウちゃんのリンカーコアは生きてるよ
―じゃぁもしかしたら!!
「まぁ目の前の餌を喰ろうてからでも遅くはない。じっくりと、宿主を制圧するとしよう」
「……まだ、ユウは助かるんだね」
「宿主を?助ける?クキャキャキャキャ!!また面白い冗談を言うじゃないか人形!!我を殺すということは宿主を殺すと同義!!既に遅いのだよ、人形が」
「…私は、人形じゃないよ」
「聞こえんなぁ?誰かの為だけに作られ、誰かの代わりに生きて、誰かの指示に従う。コレを人形と言わず何と言うか?」
「お前!!」
「大丈夫だよ、はやて」
スっと出した手で、私の足は止まる。
フェイトちゃんは相変わらずアンヘルだけを見ていて、そしてバルディッシュをアンヘルに向ける。
「私は、アリシアの為に作られた。アリシアの代わりに生きた。母さんだけ指示に従った。昔は人形以下の存在だったと思う」
「では今はなんと言う?ようやく人形になれたとでも言うのか?」
「…ソレを聞くために、ソレを確かめるために、ソレを認めてもらう為に、私は、あなたを倒します」
「我を倒すと言うのは宿主も一緒に倒れるが?」
「それは……私よりもいい解決方法を知ってる人に頼みます。
私は、今の状況を見てユウが思う事を、きっとユウが望んでる事を……アナタを、倒します」
「ククク、人形風情が随分と人間らしいことを言う。ソコにただ唖然としている人間よりも随分と口が回るじゃないか」
ガジャコ、と重厚な音が響いて、バルディッシュから煙が溢れる。
フェイトちゃんが腕をあげて、斧が開き鎌になる。
「さて、独りで戦うのか?」
「一人じゃありません。ユウが、まだ戦ってます」
そうだ。まだ、夕君がコイツの中で抗っているんだ。そんな状況で、ただ呆然と座ってられない。
立ち上がり、私はしっかりと杖を握りしめて、アンヘルに向ける。
「現実逃避は終了したか?夜天の王よ」
「……」
「さぁ、貴様の幕はどう開く?どう上げる?」
「…信じたくない。夕君がお前なんかに喰われるなんて」
「現実逃避か?またそうやって目を背けるのか?」
「まぁ、そうやね。やから、私は次見れる朝を幸せにする為に、アンタを倒すわ。
夜天の王が災いを全て払った朝を彼に与える為に……倒すよ。アンヘル」
「ククク、フーハッハッハッハッハッハッハッハハ!!面白い!!この化け物に歯向かうというのかね!!お荷物二人抱えて!?」
「…なんや、これ以上のハンデでもいるんか?」
「戯け小娘!!よかろう、そこまで言うのならばそこの荷物二人はお前らを喰らった後にじっくりと弄り喰ってやろう!!」
なんとか二人の安全は確保できた。
これだけプライドの高い存在だ。自分の言った言葉は守るだろう。
フェイトちゃんに目配せをして二人を少し遠くに移動させておくように頼む。
「クク、逃げるのか?」
「アホか」
「まぁいい。この世界は結界で閉じ込めているからな。出入りは出来んはずだ」
「……ご丁寧にどうも」
「なに、逃げられては困るのでな…ククク」
アンヘルは嗤う。夕君の顔で、夕君の声で、夕君とは一切違った嗤い方で。
アンヘルは、嗤う。
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〜アトガキ
どうも、前話も今回も中途半端なところで止めてドSと言われたドMです。
さて、今回の話の内容を少しだけ書きます。と言っても、見てわかる通りに超展開です。超展開乙乙。
と、実際、読んでる方がどれほどわかるかわかりませんが、
超展開回だと感じた方は普通の人です。
シリアス回だと、暗い話だと感じた方は訓練された読者様だと思います。
まぁ読者様視点だとそうなるように書いたので、仕方ないことです。
もしも、ユウの本質を理解していて、尚且つ先の展開が読めた方は、その内容を感想で避けて頂けるとありがたいです。たぶん、芝刈り機が足りなくなります。