日本。神奈川県。真堂の自宅。昼。
「―――……李っちゃん。なにやってんの?」
「ん……んぇ?」
前回のようにまた途中で元の世界に真堂は戻れた。気づいた時には、兄の部屋の入口に寝転んだような体制で気絶していた真堂は、姉の智美に起こされた。
「なんか口から血が出ているけど大丈夫?」
「ん、イタタ……」
起き上がると同時に、深夜の時に女性から強く殴られた頬をおさえ、真堂は口内の血を唾液で洗い流してから飲み込んだ。
「寝相が悪いわけでもないとしたら……、いったいなにがあったのよ?」
「んぅ〜……それが、記憶が曖昧でよく覚えてないな……」
あまりにも強力な一撃の為だったのか、真堂は深夜にあの女性を目撃した記憶が完全に飛んでいた。だが脳には大した損傷はないとはいえ、思い出すにはまだ時間が必要だった。
そんな昨夜の曖昧な記憶に引っ掛かりを持ったまま、昼食を食べ終えた真堂。このあと獅郎に呼ばれていたので、出掛けようと家のドアを開けてまともに前を見ず、待ち合わせの時間に少し遅れそうだったので、真堂は大急ぎで出ていった。
10分後。
「あ〜、昨日李っちゃんに『月刊エレメンタル今月号』買わせとくの忘れてた―――」
悔やんだセリフを口走りながら、智美は弟に頼み忘れた物を買いにいく為、外に出ようとドアを開けた。
「きゃ! あ、あの……」
ノックの寸前。ドアが急に開いたことで驚いた青い瞳の女性は、目前にいる智美に対して一時言葉を迷う。
「あら? あなたもしかして陽一の……」
それに気づいた智美は、目の前の女性が顔見知りだとわかった。
「殿難美麻です。陽一……じゃない、弟さんとは一時期交際していた者です」
自宅には真堂李玖が不在のまま訪ねてきた殿難美麻。かつて交際相手だった真堂陽一の死を知ったのを契機に、彼女は遅れたタムケをしにきたのであった。
彼女が初めて幕が上がったばかりの舞台に出てきたことで、ある少年の成長を促す予兆でもあった。