小説『ラグナロクゼロ(シーズン1〜2)』
作者:デニス()

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「……誰?」

後ろを振り向き、腰掛けられるほどの小さな岩に座る謎の男。その妙な姿からして真堂は、唖然としながら男に訪ねる。

「ぼくかい? ん〜……」

名前を訪ねられた謎の男は簡単な質問のはずが、急にそのことに対して悩み始めた。謎の男の見た目は二十代後半で、格好は腰のまわりのみに衣料を装着し、まるで古代ローマ人の着用してそうな衣服だった。そしてわずかに露出した体つきは、肋骨が見えるほどやせ型の筋肉質でいる。顔つきと髪型の方は、まるでベテランの彫刻家が丹念に創作した石像ような顔つき。それでいて優雅に流れる川の如く、サラサラとした長い金髪をしていた。

「そんなに悩むほどじゃないでしょ?」

「いやねえ……無いんだよ」

「は?」

「名前が―――」

男の言葉に思わず耳を疑う。人であれば誰だって持っているはずの『名前』が、なぜか「無い」と返答され、真堂は目を丸くして驚いた。

「そんな、名前がないなんてありえないでしょ」

「んなこと言われてもな〜、無いものはないし……」

ふざけている様子もなく、どうやら本当に名前がないことを真堂は渋々理解する。

「もしかして、元の世界にいた時の記憶がないとか?」

「なんじゃそりゃ? 僕は存在し始めた時からここにいるよ。それか、僕の今の常態が記憶喪失とでも言うのかな?」

「いや……そんなこと唐突に言われても……」

この世界の住人であるフェルメールと同じ境遇かと思えたが、男は否定して次の訳のわからない質問に、真堂は理解に苦む。

「でも、記憶が無いわりには、けっこう知識が豊富なんだよな〜」

(なんかさりげなく自慢し始めたぞ……)

男は自らの存在に関する重要な記憶を、ほっぽるような口調で、今持っている記憶を自慢げに明かし始める。

「ん〜……、なら僕は『ロキ』とでも名乗っておこうか」

「ろき?」

「なんだ知らないの? 北欧神話のラグナロクにでてくる神だよ」

「いや俺は歴史はともかく、神話はかなりうといんだけど……」

 「え〜」

さっそく自ら用いている知識の一部を明かした男改めてロキ。一方で神話について知識が浅かった真堂に対し、ロキは子供のような苦い顔をする。

「っていうかなんで北欧神話?」

「響きが新鮮でカッコいいから!」

「………」

個人的な意見をロキが述べた後、今の状況を再確認した真堂は(なんでこんなことになったんだろうか……)と、他愛のない会話をしている自分に呆れながら、心の中で自問した。

「どうした?」

「いや……、よくこんなところでやっていけるなって……」

「ああそっか、ここにいてもなにも遊ぶ物はないから、僕がいつも退屈してると君は思っているんだね」

まるでここの生活を予測したような真堂の物言いに、なにか自慢したいことでもあるのか、ロキは不敵な笑みを浮かべる。

「『君』じゃなくて、俺の名前は真堂李玖。呼びようによっては李玖でいいから」

遅い自己紹介をした真堂に、ロキはさらに笑いジワを深くし、自らちょっとした自慢話をする。

 「それじゃあ李玖君。君はこの世界をどう思うかね?」

突然、先生口調で真堂に問うロキはこの灰色の世界について話し出す。

「ん〜……、あんまり詮索したことないからどうにも」

「だめだな〜、もうちょっと好奇心を持たないと―――」

個人的にムチャな事を押し付けられてるように、真堂は少し困った心情で聞き流した。

「―――オホンっ。いいかね、これはあくまで暇潰しにやっていることだが、僕はこの世界を調べている探求者だ!」

「そうですか……」

「ん〜、もうちょっとリアクションが欲しかったな〜。まあいいさ、とにかく僕はこの世界に存在してから、自分についての記憶は一切ない。ただその分、君がいたと思われる世界の知識が、なぜかこの頭の中にぎっしりつまっているんだ……」

 若干テンションが高かったロキ。喋っていくうちに段々下がっていき、最後にはため息混じりに説明を終える。

「まさか……、最初は自分でその知識を持ってる事が良いことか悪いことなのか、わからないんじゃないですか?」

「おっ! 以外と鋭いね」

(やっぱり……)

当てずっぽうな悟り方をした真堂が言うように、ロキは最初にその知識を持った時から、「この知識はなにか? なんの為にあるのか?」と自問しながら、一時期困った時があった。その事をロキは真堂に告白する。

「―――これをきっかけに僕は探求者になった訳よ」

「実際……なにか探し当てたんですか?」

 「そうそう! ちょうど50時間前に分かった事があったんだ!」

この世界に来ても、特になにもやることはなかった真堂は、暇潰し程度でロキの見解を聞くことにした。

「一体なんです?」

「話は長くなるんだけど、まず最初にこの世界のわずかな物質である『灰色の砂』以外、他の物質が存在したという痕跡は一切ない。あるのは周囲一帯に広がる砂漠とたまに見かける石ころだけだ。李玖、君と僕が今いるこの灰色の砂地なんだけど、実はこれ『砂』じゃないんだよ」

「確かに……、普通の砂の手触りとはどこか違うところがありしましたね。あなたが言うように、これはなんなんですか?」

この世界に広がっている謎の『灰色の砂』に触れた時、どこかしら普通の『砂』とおかしい感触がした。そのことで、なにか元の世界とは違う『異物』でできた物ではないかと、真堂はわずかに理解していた。

「おそらくこれは、物体を焼け尽くした後に残る粉状の物質、つまりは『灰』だね。そのことで僕の推測だと、以前この世界は『火の海』だったと思うんだが李玖、君はどう思う?」

「『火の海』……か、この地に満たされている灰だったら、なにか燃えていなきゃおかしいですね。まさかとは思うけど、ここはもしかして『地獄』だったりしません……?」

冷や汗をかきながら真堂は、個人的に恐ろしい推測をロキに言う。

「いいや、それはない。『地獄』だったら当然『悪魔』がいるはずだ。故に君の推測は間違えている」

「ならいいんですけど……」

ロキの考えが一枚上手だったことで、なんとか真堂が出した恐ろしい結果は避けられた。

「そういうことだ。あとは個人的な見解なんだけど、『地獄』に悪魔がいるように、『天国』には天使がいる。それともうひとつ、『君の世界』はそうだな……『人間界』という一般的な名前があるだろ。三つとも名前があるように、僕達の今いるこの『灰色の世界』の名前はなにか、君にはわかるかい?」

「ただの『灰色の世界』じゃ?」

この『灰色の世界(正式な名前ではない)』に名称が無いことに、不満を持っていたロキはあることを提案する。

「ダメだね! そんな見た目だけを由来にした名称なんて。僕だったらもっといい名前が付けられる!」

あくまで自分が決めたことを貫くロキ。

「それじゃあ、もう勝手に名前は付けたんですか?」

「「勝手に」なんて人聞きの悪いこと言うなよ……」

それに対して真堂の放った言動に、いささか凹んだロキはそのまま話を続ける。

(ああ……早く元の世界戻れないかな〜)

「ゴホンッ。話は戻るが、とにかく僕は『この世界』に名前を付けた。その名は『ラグナロクゼロ』―――」

ロキのこの世界の名前を口にしたその瞬間、真堂は急に目の前が真っ暗になった。そして―――

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