第一章 黄昏の瞳を持つ少年と長髪の均衡者
第一話 解かれた封印と試練の始まり
「はぁ……―――」
2004年4月15日。木曜日
あれから一週間。真堂はあの頭痛以来、ある事に悩んでいた。
『あ〜だるいわ〜』
「う……っ!」
『杉山先生、今日もいい乳だったな〜』
「うう……」
『そうだ、今日『月刊エレメンタル』の発売日だ!』
「ううぅ……」
昼休み。一年三組の教室の窓越しから薄い曇り空をしばらく見てから、悩める少年は自分の周りにいる人間を見回し、低い唸り声を漏らしていた。その理由は、ある奇妙な出来事によって引き起こされた。
最初はただの軽い頭痛で気にもしなかった。だが完治したと同時に奇妙なことが起こる。それは、少年・真堂李玖が一週間前に体験した事と少し似ていた。
唐突に脳裏から人の声が聞こえ、視線の会った人とすれ違った人に限定されるが、それが人の思考だとは思いもよらなかった(強く思った事に限定する)。
なぜ真堂がこのような能力に目覚めたのかは分からない。ただ一番気がかりなのは一週間前にあの『教会』で起こった事だった。
あれから獅郎に担がれて家に帰った真堂。帰宅後、兄に心配をかけてしまった事で罪悪を感じていたが、そんな事はお構いなしに兄・陽一に看病された。翌日、学校に登校して能力に目覚めた事に気付き始め、今に至るのであった。
「はぁ……どうしよっかな〜。相談しようにも獅郎はいないし……」
一週間前に獅郎が風邪で学校を休んでいた為、他の人に相談しようにもあまりこう言った相談は気持ち悪がれるか、『電波系』あいるは『中二病』と診なされるのが落ちだと思った。そのことで真堂は、人に相談するのはなるべく避けた。ちなみにこの時、杉山も風邪で休んでいた。
「……っあ! おはよう獅郎」
だが気まぐれな人間なのか、昼休みに登校してきた獅郎。
「おう……おはよう」
獅郎は相変わらず無愛想な態度で、遅れて朝の挨拶を交した。
「どうしてたの? 風邪?」
「まあな……」
「ふ〜ん……。あのさ獅郎……」
「ん〜?」
真堂は顔に似合わない薄い微笑を浮かべながら、獅郎にさっそく能力について相談しようとした。
「なんか俺……『超能力』に目覚めちゃったみたいでさ……」
「ほう……どんな能力?」
いいリアクションはあまり期待してはいなかったが、意外とその言葉を受け取める獅郎。そして珍しく興味がありそうな問いに、真堂は話しを進めた。
「……人の考えている事が分かる能力なんだけど―――」
「『読心術』ってやつか……?」
「そう! そんなところ!」
少しばかりか真堂は驚く。獅郎ついてはもうすぐ思春期を迎えてもおかしくない年頃のはずが、彼は少年特有の好奇心に大きく欠ける部分がある。
その為、こう言ったSF染みた話しは、あまり興味は無いと決め付けていた。だがむしろ獅郎の家柄上、異能関連の知識は豊富だと思い真堂は次のように問う。
「……獅郎もしかして、意外と詳しいほう?」
この一週間ただ謎の能力に踊らされていたわけではなく、上手く操る為にはかなり骨を折っていた。その結果、私生活や学業に支障がない程度に、真堂はなんとか能力を抑制できていた。主に抑える方法としては、ドラッグストアに販売してある、粉末状の睡眠薬あるいは痛み止めといった少量の物で対処している。
「いや、おれの家に似たような奴がいたからよ……」
窓に視線を向けた獅郎は、遠い目をしながら冷静な発言をする。
「似たような人? それって……お母さ―――」
「おい……!」
「あっ……ごめん……」
獅郎の母親について訪ねようとしたところ、普段から寝ぼけた目つきといっても、自分の主な素性に関して詮索されると、彼の眼差しは鋭くなり、真堂を睨みつけるのであった。
獅郎の家は代々女性が当主になり、平安時代から続く由緒ある特殊な家系であった。明治初期に財閥を立ち上げて以来、本社は京都に置いてあり、今も変わらず多くの富を得ている。そんな名家の令息である獅郎だが、親とはあまり上手くいってなく、今は親戚に引き取られていた。
そんな獅郎の複雑な理由を真堂は半分(あるいはそれ以下)しか知らないでいた。いわば彼が言った事は、親との関係が悪い獅郎にとって傷口に塩を塗り付けるようなものだった。
「ほんとごめん」
「まあいいよ……。親子関係に触られて神経質になる俺もわりいし……」
「獅郎……」
真堂の無礼を獅郎は許し、複雑な事情で親と離れて暮らしている彼にとっては、あまり盛り上がれない話題だという事に、真堂は理解した。
「……話しは戻るが……なんだ、『超能力』だっけ……?」
「はい……」
「―――あたしもちょっと聞いていいかな」