「それで、なんなのあの人は」
「実は……―――」
かくかくしかじかと智美に、また名無しの存在が気付かれた時と同じ話しをしたのはいいが、前と違って話しの八割は信じられなかった。
「いきなりそんなこと言われて、信じられる訳ないでしょうが!」
「ですよね〜……アハハ……」
名無しの限られた素性について、あまりにも信じられない内容に、智美は客間あるテーブルを叩き上げ断固だんことして否定した。
「いやあの……そっちが信じられなくても、こっちは正直に話してることには変わり無いのだけど……」
「でもこの家に居させるなんて、あんた人が良すぎるのも程ってもんがあるでしょ」
「それは……あの常態でほっとく訳にはいかなかったし……」
真堂のうつむき様を見て、智美は「フンッ」と鼻を鳴らしながら腕を組み直し、再び名無しをどうするかを考えた。
「ん〜、それなら一つだけ条件があるけど」
「………」
「李っちゃん?」
「うん、聞いてるよ、それでその条件ってなに?」
智美に対して冷静な返答した真堂。
「今日、一日あの人を食べさせてくれるなら―――」
「ダメ」
「大丈夫よ、ちゃんと『避妊』するから」
「ダメったらダメ!」
要するに見た目からして名無しはそこいらにいる男と違って、顔も良くておまけにほっそりとした筋肉質の持ち主だからこそ、一年間性欲処理していなかった智美とっては魅力的に感じたのである。
「いいじゃない少しくらい!」
「ダメに決まってるでしょう! あの人は記憶が無くして困ってるのに、ここに居させる為にどっかの『ケダモノ』に犯されてしまうなんて俺は見てられないよ!」
そんな自分の性欲を優先した智美に対して、真堂はその条件を却下した。
「ケダモノってあんた失礼ね!」
「だってそうだろ。何年か前に獅郎が家に遊びにきた時、姉さんが風呂上がりにバスタオルを体に巻いてる状態で、獅郎が居る部屋に入って誘惑した事あったじゃん!」
「いやーね、あれはちょっとした『スキンシップ』よ」
「いや、俺が目撃した時は、あれはちょっとていうレベルじゃなかった!」
性欲旺盛なところは智美の短所に近く、そのおかげで獅郎を強制的に大人の階段に登らせるところだった事もあり、なんとか名無しを姉の魔の手から離れさせる為に、真堂はある『策』をうってでた。
「とにかく、その条件がのめないなら、あの人は居させることはできません」
「いますぐその条件を取り消しなさい。さもなくば……」
「「さもなくば……」なによ?」
「姉さんの部屋にある隠し本棚に満たされてる『BL本(ボーイズラブ小説)』隠していること、姉さんの友達全員にばらす!」
「―――なんですって!」
真堂のその『策』というは姉の部屋にある秘密のボタンを押すと、一見普通の漫画や小説に満たされてる本棚が、回転してBL本に満たされた本棚に早変わりする仕組みになっており、そんな弱みを握っていたことに、智美は驚き二つ選択を迫われた。一つ自らの名誉を守る為に名無しを受け入れるか、一つ友人達に腐女子(痴女)だと知られてドン引きをくらうか、以上この二つを智美は選ぶ必要もなく、すでに結果は決まったも同然だった。
「わかったわよ……ただし! あんたが連れてきたんだから、なにかあったらあんたが責任をとるのよ、あたしはなにがあっても一切責任はとらないから」
「やったー! ありがとう姉さん」
「やれやれ……」
なんとか家に名無しを居させることの交渉が成立して、智美はため息を吐きながら一年ぶりに男が抱けるはずが、まるで期待を裏切られたかのように、多大なる脱力感を覚えるのであった。
「ねえ李っちゃん」
「なに?」
「どうして私の部屋にあるコレクションを見つけることができたの? たしか、ボタンは見つからない所にあったはずだけど」
「ああ、つうかあれコレクションだったんだ……いや、お正月に大掃除やったんだけど、その時に姉さんの部屋も一緒に掃除したら偶然見つけたんだよ」
(あなどれない子ね……)
「姉さん?」
「駄目よ無断でレディーの部屋に入っちゃ、今度掃除する時は私の許可をもらってから入りなさい。それにしてもお腹空いたわね」
「おやつに大福あるけど食べる?」
一見さっきの交渉が不利に思えて途中で口論になっていたが、なんとか相手の弱みが握れたことで一発逆転のチャンスで成立でき、話しをしている間に空腹になった二人は、名無しと一緒に食卓を囲んで三時のおやつを食べるのであった。