「にーくーいー!」
「あ……ぐっ! な、なにお……!?」
さっきまで倒れ込んでいたホームレスは突然身を起こし、憎悪に満ちた掛け声を発したと同時に、真堂の首を両手で締め上げ襲いかかってきた。
「憎いぃ! 純潔! 善人! 聖人! 光! 太陽! 憎い……全てが憎い!」
「なにを……あっぐ……! 言ってるんだ……」
そのホームレスが言っていることは、憎悪だけを除いて他は理解不能だった。
「く、苦しいぃ……」
ホームレスは見た目以上の腕力が次第に強くなり始め、真堂の首をさらに締め上げていく。
「ぐっ……な、なんだあれ」
そのせいか真堂は意識がもうろうとし始めた時、ホームレス背中から数本の鎖のような物が見えた。それをたどって見ると、その鎖を繋げている幽霊がいた。かすかだが黒々としていて凶々しく、それでいて両目が潰れ(盲目)、体には獣毛が覆われてとがった鋭い爪が備わっている。その姿は半透明でとても人間とは思えず、まるで悪魔のような身なりで、その鎖を持ち首を締められてる真堂を笑っていた。
「く……そ」
「憎いぃー!」
『アハハハ……ん? なんだおまえ? 俺が見えるのか?』
「……え……」
ただでさえ意識を保ってるのが精一杯なのに、真堂の視線に気づいた盲目の悪魔が頭の中から問いかけてきた。
『ヒャハハハ! そうか俺が見えるのか、人間のくせに大したもんだ!』
自分が見える人間に興味を持った盲目の悪魔は、おちゃらけたような笑い声で、ホームレスに付いている鎖を引っ張る。そうしたとたん、真堂の首を締め上げてる両手の力が少しだけゆるんだが、首はまだ締められたままだった。
「ゲホッ! ゲホッ!」
『おいおい大丈夫か?』
「大丈夫なゲホッ……大丈夫なわけないだろ……この『化け物』が……」
『化け物……? ああ、この国で言う俺達のことを差す名称か』
「……え」
真堂は「じゃあこいつは一体なんなんだ」と言いたげな顔をして、なんとかこのホームレスの腕を引き離そうと行動に移すが―――
「ぬぅ〜……ハァハァ……」
『ヒャハハハ! 無駄無駄、こいつの体は今俺が操っているんだ。そう簡単にお前の腕力じゃあどうにもならねえよ』
「く……そ、どうしてこんなこと……」
『どうして? そんなの決まってるだろう、楽しいからだよ』
「な!」
『ヒャハハハ!』
真堂は今の発言でこいつは本当に、正真正銘の悪魔だと改めて気づいた。
(早くこの状況をどうにかしないと)
『あ〜あ、なんかお前にも飽きてきたな〜、もういいや殺そ』
「え?」
「―――にーくーいー!」
「あ……ぐっ!」
盲目の悪魔がホームレスの背中から繋がってる鎖を引っ張った瞬間、突然息を吹き返たように真堂の首を再び強く締め上げてきた。
「こんな……こと……やめるんだ……」
『ヒャハハハ! 無駄だってこいつは孤独死した身で取り憑いているんだ。お前がいくら声をかけたところで、死んでる奴に届くわけねえだろ』
「っ!」
真堂はこの盲目の悪魔は死んだ人の体を使って好き勝手にもてあそんでいる。という、その死人を侮辱する行為を真堂は、決してそれを『盲目の悪魔』に対して許せなくなり、とてつもない怒りが湧き始めてきた。
「ニークーイー!」
「こん……のぉ……」
『ヒャハハハ! 無駄無駄』
どんなにあがいても、真堂の首を締め上げているホームレスは力を弱める様子は見えない。それどころか徐々に力が上がっていく一方で、真堂は何も抵抗がきかなく、無力な人生の最後をおくろうとする一歩手前まで近づいていた。
「ニークーイー!」
「あ……あ……」
『ん〜、なかなか死なないな〜……よし、もうちょっと力を上げてみるか―――よっと』
「うぅ……」
真堂の幾つかの血管が浮き上がる中で、盲目の悪魔は再度ホームレスの力を上げさせる。彼の首の動脈が完全に遮断されつつあったその時、走馬灯の如く様々な思い出が脳裏によぎってきた。
(俺は……ここで死ぬのか? こんな訳の分からない状況で……、そしてこんな最低な奴の気まぐれで俺は死ぬのか?)
真堂は意識がもうろうとしているのも関わらず、自問自答を繰り返す。今迎えようとしている人生の最後に、無理もなく疑問を抱くようになる。
(違う……)
真堂は思った。
(違う!)
自ら断言した。
(俺は……俺はまだやりたいことが山ほどあるんだ! こんな所で死んでたま……る……か……―――)
『ヒャハハハ! 死んだ! 死んだ! ヒャハハハ!』
時すでに遅し、自ら心の中で断言したのはよかったが、呼吸の方が限界にきていた。その為、力をだそうにも遅すぎた決断のせいで抵抗することができずに、走馬灯は物凄いスピードで全ての記憶を振り返り、直後に心臓の鼓動が止まり真堂は息を引き取る―――はずだった―――