「な!」
「そんな……バカな!」
確かに大体当たる射程まで入っていたはずだった。だが矢島が撃った弾丸は少年に近くにつれ、ゆっくりとスピードを落ちていき、わずか数十センチのところで止まった。そのことで力つきたように地面に落ちて、チャリンという金属音の後に恐ろしいほどの静けさを報せた。
「ああそうそう、言っときますけど、私には銃は通用しませんよ」
ご丁寧に少年は自分の能力について説明し、再び両手を尖らせ、両腕の先端を前方に向けてかっこいいポーズをとり、どこからか大剣を飛ばし真堂に向かった。おそらく目撃者を消す為に行動に移ったのだろう。そしてかなりのスピードで近づいてくる大剣に、なんの対処できずにいた真堂は―――
「真堂さん!」
「は―――グエッ!」
急に真堂の横からプロのアメフト選手並のタックルをされた。おそらくかばったつもりなのだが、逆に強力な体当たりになるとは思ってはいなかったろう。
「いてて……な、名無しさん!」
「一体なにやってるんですか! 帰りが遅いと思って探してみたら、串刺しになって死んでいる人がいるわ、おまけに友達は拳銃振り回しているわで俺にはなにがなにやら―――」
「真堂ソイツは!」
「とにかく落ち着いて、な……名無しさん!」
「え? ―――グボバッ!」
名無しに叱られてなにも気付かなかったが、黒いスーツを着た少年がすぐさっそうと近くに迫り、名無しをすぐさま鉄の壁に目掛けて蹴りあげた。それに達した直後どこからかに取り寄せた大剣を振るい、黒いスーツの少年は俊敏な身のこなしで、一気に胸筋の何千本の繊維が切れた生々しい音がしながら、名無しの胸元から心臓にまで正確に貫いた。
「がはっ! しん……さ……」
「名無しさん!」
大剣の切っ先は名無しの心臓だけでなく、鉄でできた壁にまで刺さり、完全に貼り付け状態になった。
「助けに来なければ死なずに済んだものを……」
「まずいぞ真堂、ここは逃げるしかない!」
「矢島そんな……!」
まさに絶体絶命の状況でどうすることもできない真堂達は、いっせいに逃げようとするその瞬間だった。
「次はあなた達です―――」
「いっ……てぇ……なあ……」
「ん!」
「てんめえのせいで……ちょっと気絶しちまったじゃねえか!」
「なっ、バカな! 心臓を刺されて生きているはずが―――ブッ!」
謙吾と同じく串刺しで貼り付けになっていた名無しが、急に息を吹き返したと同時に、人が変わったように刺された大剣を無理やり引き抜いた。そのことで怒り狂った名無しは走り出して、刺した本人で動揺する黒いスーツの少年を殴り着けた。
この時、知らなかったであろうが、記憶を失った無能者の覚醒によって、初めてこの物語の主人公がそろった瞬間でもあった。