小説『ゼツボウロジック 〜西園寺日寄子の場合〜』
作者:かりべ?()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

〜プロローグ〜


「西園寺日寄子さん、君を予備学科に異動することが決定した」
「……え?」

とある一室。
多くの書類が纏められたファイルを収納してある棚があり、その上には厳しい顔をした老人達の肖像画がずらりと飾られている。

ここはいわゆる学園長室と呼ばれる部屋であり、その部屋の奥にある厳かな机には若い男が一人、神妙な面持ちで腰掛けていた。
男はこの部屋の主である学園長と呼ばれる職に付く男で、名を霧切仁といった。

そしてその霧切と対面する形で一人の少女が佇んでいる。

少女の名前は西園寺日寄子といい、歳は十七歳の高校二年生である。
しかしその容姿はとても幼いもので、人によっては小学生にすら見えてしまう程に小柄だ。
日寄子はもちろん自分の体型の事を理解していた。
ましてその事をコンプレックスとせず、自分の長所だと捉えてる節もある。
現に彼女の髪型は幼く見えてしまうツインテールとなっている。
自分を俯瞰で見て、いかにすれば他人から好意を持たれる容姿となれるかを考えられるなど、日寄子は見た目に反して大人びた思考を持ち合わせる少女であった。

そんな日寄子はある日突然、この部屋に呼び出された。
なぜ呼ばれたのか、その理由を日寄子はある程度察していた。
しかし、決して認めようとはしなかった。
自分に限ってそんなことはありえない。
きっと思いもしなかった別の理由があるに違いない。だがそんな逃避も虚しく、霧切から告げられた
言葉は非情な現実だった。

&quot;予備学科への異動&quot;−−−−これは日寄子にとって予想以上に最悪な出来事であった。

「な、なんでよ!? なんで私が大した才能もない凡人どもがいる予備学科に行かなきゃなんないの!? おかしいじゃん!」

認めるわけにはいかない。
そんな衝動から放たれた日寄子の反論だったが、霧切は眉一つ動かさずそれを突き放した。

「それについては君自身がよく分かっているはずだ。ここ最近の君の不調についてはね」
「それは……」

分かっていた理由を他人から改めて聞かされ、日寄子はなにも言えなくなってしまう。
そう、今回の事はまさしく日寄子の最近の不調から招かれた事であった。

日寄子は日本舞踊の名門、西園寺家の一人娘であり、そして歴代の西園寺家においてもっとも才能があると称されていた。
一度舞えば、そこにはまるで桜がなだらかな風に揺れて華やかに散っていくような春の風景が彼女の周りに突如として現れると言われ、その容姿も相成り、今まで日本舞踊に興味などがなかった若年層のファンもいるほどであった。

しかしその素晴らしき才能はここ最近の日寄子からは嘘であったかのように失われてしまったようだった。

幼い頃から身にしみているはずの動きに体が追いつかない。
より正確に言えば、まるでその動きを体が拒否するかのように激しい痛みが伴うのだ。
体の節々で起こる激しい痛みから、日寄子は日本舞踊における初歩とも言うべき所作すら困難となっていた。

そんな最近の日寄子の様子を、彼女の通う学園は見逃したりなどしなかった。

「……突然で申し訳ないがもう決まったことなんだ。さっそく明日から君には予備学科に異動してもらい、そこで授業を受けてもらう」

淡々と決定事項を告げる霧切、対して日寄子は小柄な体がさらに小さく見えるほど弱々しく震えていた。
なにも言えず、目には今にも決壊しそうなほどの涙を溜め、だが日寄子はそんな姿に反して、目の前の男にとんでもない殺気を放っていた。

霧切は、この少女のどこからここまでの強い感情が生まれるのか、いや何が原因で生んでしまったのか、そんな事を考えつつも日寄子に伝えるべき事項を伝えていった。

実は、この霧切という男、本来なら退学すら検討されていた日寄子の待遇をなんとか学園に留めるよう尽力していたのだが、もちろん日寄子はそんな事は知らない。
また霧切も日寄子にそれを告げるつもりもなかった。

保身のための言い訳などはするつもりはない。
あくまで教育者として正々堂々とありたいというのが霧切の考えだったからだ。

「……と、私からの説明は以上だ。なにもないのならもう出て行きなさい」
「はい……」

弱々しく呟いたが、依然として日寄子からは強い殺気が放たれている。
それは、これから学園内で無差別殺人でも行うんじゃないかと思ってしまうほどのものであった。

そんな状態で学園長室をあとにしようとする日寄子を放っておく事が出来ず、霧切は思わず声をかけた。

「なあ、教えてくれないか。今のような状態になったのは初めてなんだろう?」
「……そうですけど」
「それならなにか原因があるはずだ。以前の君は間違いなく希望溢れる素晴らしい才能をもっていたのだからね」
「…………」

なにが言いたいんだとばかりに退室しようとしていた体を反転し、霧切を睨む日寄子。
対して怯まず、かつ日寄子を刺激しないよう言葉を選びながら霧切は話を進める。

「個人的に協力してあげたい。私はこうみえて調べ物に関しては大の得意でね。君が才能を発揮できなくなってしまった原因を探ってあげてもいい」

霧切は教育者として決定事項をしっかりと伝えたが、また同じく教育者として窮地に立っている生徒を救いたいという思いもあったのだ。

「まあ得意といっても、今この学校に在籍している“超高校級の探偵”や“超高校級の諜報員”といった者達には敵わないけどね……。それでもなにかしら君の力に……」
「いらない」
「え?」

言い切らないうちに聞こえてきたのははっきりとした拒絶。

「あんた達みたいな無能な役立たずの力なんていらないもん。私一人でなんとかしてやる」

そう言い放ち、日寄子は勢いよく学園長室をあとにした。

その間、霧切は一言も発することなくただ驚いていた。
日寄子の性格に難があることはプロフィールから把握していたが、まさかあれほどまでに啖呵を切っていくとは予想ができなかったのだ。

が、同時に安心もしていた。あの様子ならすぐにでも彼女はこちらに戻ってくるだろう。
そんな事を思いながら、一人となった学園長室で霧切はふぅ……とため息をついて、
「頑張れよ」
と独り言を呟いた。

-1-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える