「西園寺の好きな寿司ネタってなんだ? 俺は無難にマグロかなあ……あ、でも大トロとかじゃなくて赤身がいいんだ」
「…………」
日寄子の元に罪木から電話があってからさらに3日経過、予備学科にきてからでは6日目である。
日寄子の体はあれからも痛みをあげている。
特に寝てる時が酷い。
あまりの激痛に目が覚めてしまう。
起きている時はそこまででもないのだが、寝不足により体は日に日に弱っていくばかりだ。
それでも強くあろうとする精神力で日寄子はなんとか日常生活を送っていた。
そして相変わらず日寄子は日向創につきまとわれていた。
彼はなかなか口を割らない日寄子に対して、こちらから話を広げていこうという作戦を実行していた。
そんな事情により、現在繰り広げられているのは日向による寿司談議である。
「あと、ボイルエビも捨てがたいなー。生エビもいいけど、やっぱボイルが一番だな。西園寺はどう思う?」
「…………」
日寄子は日寄子でこのようにだんまりを決め込む事にした。
押してダメなら引いてみな。
口喧嘩の世界でもそれは適用される法則であり、激しく罵るより、徹底的な無視の方が相手に効く事もあるのだ。
ただ、ひたすら無視し続けるというのも良くない。
「……なあ、西園寺。そんなずっと無視しないでもよくないか? ちょっと前みたいになんか悪口言った方がまだいいんじゃ……」
そら引っかかった。
弱みを見せた途端に日寄子は牙を向く。
「あれれ〜、もしかして日向おにぃは私に悪口言われたかったの? なんだ、そうだったんだ。キャハハハ、ごめーん、まさか日向おにぃが罵られるのが気持ちいい変態ドM野郎なんて気がつかなかったよ」
「な、違っ」
「だって今言ったよね? 悪口言われたがいいってさ……。それってつまりそういう事じゃん」
「うぐっ」
してやったり、と心の中で笑う日寄子。
狙い通りにハマってくれた日向を見て満足感に満たされる。
だが、しかし。
「……はあ、ま、いっか。もうドMでもなんでも、久しぶりに会話成立したし」
「……っ!」
日向にはさほどダメージは通ってないようだ。
むしろ、久々の会話成立を喜んでいる。
日寄子は、これまで薄々と感じてきた事を、ここで確信した。
"この男は危険だ"
日寄子が他人を寄せつけないないよう、悪口で虚勢の壁を張っているというのに、この男はそれをいとも簡単に打ち破って近づいてくる。
せっかくの壁に穴を開けられてしまっては、そこから日寄子に対して悪意を持つ者の侵入を許してしまうかもしれない。