小説『【短編集】BARD Song』
作者:bard(Minstrelsy)

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【F・G・C】


 ギターを始めた。
 エレキじゃなくて、アコースティック。アコギってやつ。思ったよりも大きくて、抱えるだけで一苦労。
 別にいきなり音楽に目覚めたとか、バンドを始めたとか、そんなんじゃない。
 単純に、同じ話題が欲しかっただけ。
「あたしもギターやってるんだ。全然だけどさ」
 そう言いたかっただけ。
「今何弾いてるの?」
 ほら、乗ってきた。
「え、えっと、コード表見て練習してるだけ。曲とかは全然」
「ふうん。じゃあ、楽譜は持ってないんだ」
「うん。何弾いたら良いか解んなくってさ」
 そう答えた翌日、あいつは一枚の楽譜を持ってきた。
 几帳面な字で書かれたそれは、少し前に流行ったラブソング。
「やるよ」
「良いの?」
「これなら簡単だし。感謝しろよ、俺のお手製だからな」
 言われなくたって、感謝するに決まってる。ありがとう、と消え入りそうな声で言って、クリアファイルにしまい込む。あいつのところからは逆光だったから、あたしの顔が赤くなってた事に気付いてないはず。
 自分の部屋で、その楽譜を眺めて、何度も何度も思い返していた。綺麗な字。メロディラインがあって、ちゃんとコードも書いてくれてる。
 あたしのために書いてくれた。それだけで、弦を押さえる指が痛くても気にならなかった。早く弾けるようになりたかった。
 ある日、あいつがギターを持ってきた。
 あたしとは違う、エレキギター。思ったよりも可愛らしい見た目に、少しだけ驚いた。同じギター仲間の男子と盛り上がるのを横目に、あいつが弾くギターの音だけを聞いていた。
 弾いているのは、あたしにくれた楽譜の曲だ。
 アンプを繋いでいないから、消え入りそうなくらい小さい音。だけど、あたしよりも上手いんだって解る。
 男子の輪が解散したのを確認してから、あたしはあいつに話しかけた。
「何コレ。ぞうさんギター?」
「そういうデザインなんだよ。安いし練習用だし、まだ本格的なのは買えないよ」
「ふうん。可愛いね。女の子でもいけそう」
「持ってみるか?」
 あいつはそう言いながら、あたしの返事を待たずにギターを渡してくる。
 思ったよりも軽い。そして、アコギよりも細い弦。指が切れてしまいそうだ。
「良いよ、弾いてみても」
 言われるままにコードを押さえて弾いてみる。ボディが小さいからか、アコギよりもやりやすい。
「あの曲、どう?」
「うん、結構出来るようになった」
「やってみろよ。俺より上手いかどうかテストしてやるよ」
 え、と固まるあたし。上手くできるかどうかよりも、あいつがあたしを見ている。その事に凄く緊張する。
「人前でやるの初めてだからなぁ……」
 ごまかしてみる。ごまかす声が震えた。
 楽譜は頭に入っている。息を吸って、コードを押さえる。
 前奏からメロディラインへ。
 かすれる程の小さな声で、なぞるように歌う。あいつも、あたしのヘタクソなギターに合わせて歌う。


 放課後の教室 二人きり
 眩しすぎたのは 夕陽なんかじゃない


 今の状況そのままの歌。狙ったんじゃないの、て言いたくなるくらい。
 声が震える。


 気付いて だめ 気付かないで
 せめぎ合う心の声が聞こえる

 
 ヘタクソなギターに合わせて、歌が教室に広がっていく。いつまでも浸っていたくなる。
 ずっとこの瞬間が続けばいい。あたしはそう思っていた。
「あ、ここに居たんだ」
 そんな願いは叶うはずもなく。
「遅いって言うから待ってたんじゃないか」
 仲良く会話をする二人。
 入ってきた別のクラスの女子は、よく知らない子だった。でも、あいつはよく知っている。
 二人の雰囲気は、まるで。
「あの、ギターありがとう」
「ん? ああ。結構上手いじゃん」
「……ありがとう」
 何故だろう。褒められたのに、ちっとも嬉しくない。
「じゃあ、また明日な」
「うん」
 一緒に教室を出て行く二人。
 あたしはそっと廊下を覗く。
 階段の方、見えなくなるギリギリのところで、二人は手を繋いでいた。
「……なぁんだ」
 ドアを閉めて、そこに持たれながら座り込む。
「……ちぇ」
 涙が出そうで、出なかった。多分、帰ってから出てくるんだろう。
「痛っ」
 指先に痛みを感じて確かめる。切り傷。ギターの弦で切ったんだろう。
 薄く滲む血を舐めながら、あたしはあの歌の続きを歌った。


 だけど あなたとは友達でいたいから
 この想いは閉まっておくの
 苦い味の痛みと一緒に
 ずっと心に閉まっておくの

-5-
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