小説『数ページ 読みきりもの』
作者:下宮 夜新()

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 その日から今日でちょうど2ヶ月になる。由歌は僕の隣でずっと微笑みを絶やさない。
「――でね」
 由歌が話をしてくれていると思ったら急に黙った。
「ん? どうしたの?」
「……ううん……えっと何だかこの頃ずっと……何か足りないような……」
「そりゃあ全く悲しんでないんだから自覚がないかもしれないけど……」

 車道側を歩いていた僕に飲酒運転の車がぶつかってくる。
(あ………………まずい由歌が――この状況は由歌が悲しむんじゃないか……。彼女は……本当はとても泣き虫で……今、彼女はどれほどの辛い表情をしていなければいけないんだ……?)

「……あ、良かった起きたっ。おはようっ!!!」
 微妙に複雑そうだが由歌が笑みを作っていた。
(――あれ!?)
「頭と足の少しの怪我ですんで大丈夫だって」
 俺は病院のベットに横たわったまま由歌に聞く。
「お前……何でそんな笑顔で……」
「えっ、変かな1?」
 由歌がどことなく辛そうな表情をしていた。

「あなたが一番辛いのに私が辛そうな表情をしたらダメかなって……」
 不意に足りなかったことを思い出した由歌の優しげな笑みを素敵に感じる。
「あっ、わかった! この頃ずっと足りなかったもの。同じようにあなたがちゃんと笑っていなかったんだね」
(そうか……何より大切にすべきだったのは)ただ、純粋な笑顔ふたつ
 布団の中に入れた僕の手を握ってくれた由歌の手のぬくもりに自然と僕は微笑んでいた。

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