小説『数ページ 読みきりもの』
作者:下宮 夜新()

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「先生ー、太山がやらしいことをしてます――」
 融通の聞かないメガネ君がふざけて茶化すように教育ママ先生に言いつける。先生はなんだか大変そうねといった表情をしただけで去っていった。
「俺は何も――!!」
 むしろ俺は近井さんにこんなことをされて困っているくらいだと声をだして言いたい。
「えっと……近井さん。俺は『じい』って名前じゃ」
「じい」
 何だか宝物が入手できた喜びを表すかのように俺の体に抱きつくのをやめない近井さん

 そんなことを続けられていたら、俺の恋の火がヒートアップしそうだった。
「もうドコにも行っちゃイヤよ、私のそばでコキ使われ倒しなさい」
 近井さんの表情が一変したかと思うと、睨(にら)むような目つきになって命令してくる。
『じいって何者!?』
 俺は近井さんの睨みが怖すぎて心の叫びをあげたいし、泣きたい気持ちになった。


「じい……良く豪邸とかにいるお手伝いさんみたいな人かなぁ……」
 俺は数学の授業中、今日授業でやっている計算問題は得意なので近井さんが話していたじいについて想像している。
「近井さんは豪邸にいるお嬢さんで、ある日じいと呼んでいたお手伝いさんが逃げちゃったとか?」
 じい(イメージだけど)が金目のものを持って逃げる様子を俺は深く想像していた。

「しかしなんでまた間違えるんだか〜。そんな似てんのかな〜、その前に年齢が合わなさそうな〜」
 想像した人物像と俺は似ていると思えないというだけでなく、他の可能性とか考えているうちに俺は悩みの坩堝(るつぼ)に入る。
『私のそばでコキ使われ倒しなさい』
「こ……ここは早めにじいじゃないことをわかってもらわねば!」
 彼女の有無を言わせない雰囲気、逆らえなさそうな目つきを思い出して俺の身体に何やら寒気のようなものが走った。

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